2023年08月19日 09:31 弁護士ドットコム
ジャニーズ事務所の創業者、故ジャニー喜多川氏(享年87)による「性加害」問題を追及している『週刊文春』の取材に、初めて顔出し実名で取材に応じたのは元ジャニーズJr.のカウアン・オカモトさんだった。
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4月12日、東京・丸の内の日本外国特派員協会で開かれた記者会見において、改めて自身の受けた被害を語った。以降、これまで沈黙していた他のメディアもこの問題について注目し始め、同じような被害に遭った元ジャニーズJr.の顔出し実名での告発が続いてゆく。
カウアンさんがそれまで公にしていなかったジャニー喜多川氏による性加害を語ったのは「自分にはもう嘘をつかない。何があっても素直に答えてみようと自分の中でルールを決めた」。そんなタイミングだったという。(ライター・高橋ユキ)
ジャニーズ事務所を退所して、芸能活動を続けるなか、さまざまな人との出会いがあり、別れがあった。パニック障害を発症し、人に裏切られるなど消耗する中で「僕は何のために生きてきて、何を信じて生きていけばいいんだろう、自分の人生って何だったんだろうな、今後何を軸にして生きていこう、って初めてブレそうになって、吹っ切れたんです」とカウアンさんは振り返る。
「出来事の全てを、人のせいにするのは簡単。でも自分が何をすればそうならなかったかを考える方が大事かなと思って」
昨年、ガーシー氏とのコラボ配信の場で、ジャニー氏からの性加害を語ったのはそんなタイミングだった。
「そのときは、もう隠さず、かっこつけず。嫌われてもいい、むしろ嫌われに行こうみたいな感覚で、自分の話やジャニーズ事務所の話をしようと思っていたんです。ただ、性加害の話はするつもりはなかった。ありえないって自分のなかで思っていて。
だけど実際、配信でそのことについて聞かれたとき、考えたんです。今までの自分だったら絶対にごまかしてたと思うんですけど、そのとき過去を振り返って、また裏切られたり、孤独になるぐらいだったら、言ってから、そうなりたいと思ったんです。もう全部言った方が、自分を好きになれるのかなって。前は自分が好きじゃなかったんです。もちろん言いたくないことでしたけど」
コラボ配信で性加害を告白し、その後、英公共放送BBCがドキュメンタリー番組でジャニー氏の性加害を報じた。カウアンさんは『週刊文春』の取材に応じ、今に至る。自分に嘘をつかないと決めてから、人間関係にも、自分の気持ちにも変化が生まれた。
「まあもう、隠すことないし。全部言えるし、後ろめたさはないですよね。前の自分よりも今の自分が好き、それは間違いないです。
以前は、人にアドバイスしたり、人に勇気を与える自信がなかったんです、どこかで。エンターテインメントの中でのかっこよさを目指していたので、かっこよくアーティストしなきゃいけないとか、憧れられることをかっこいいと思っていたんです。
でも、素直になるっていうテーマで行動し始めてから、憧れられるということとは別の、救われたとか、希望を与えてくれたとか、生き方がかっこいいとか、そういうふうに自分も生きてみたいとか、人間の本質的なところに光が当たり始めたのかなと感じています」
ジャニーズ事務所やジャニー喜多川氏をめぐる問題については、カウアンさんをはじめ、性加害を訴えた人たちへの心ない批判も見られる。
SNSでも7月、デヴィ夫人がX(旧Twitter)で〈ジャニー氏が亡くなってから、我も我もと被害を訴える人が出てきた。死人に鞭打ちではないか。本当に嫌な思いをしたのなら、その時なぜすぐに訴えない。〉と発信。
これに対し、カウアンさんは「その出来事は簡単に打ち明けられるものではありません。もし勇気を振り絞って言ったとしてもあなたのような人に否定されるからです。一生言えなくて苦しむ人がほとんどです。」と返す事態になった。
「デヴィ夫人はそういえばジャニーさんとすごく仲が良かったな、と思い出した。シンプルに苦しいだろうなと思ったんです。自分の友達がこんなことになるのは悲しいだろうし、それで感情的になっちゃったんだろうなと。
被害者にもいろんな人がいます。自分のことが嫌になる人もいるし、相手を責めてしまう人もいる。自分にも相手にも感謝してる人もいるし、家族のような存在だから恨めないという人もいる。僕自身は乗り越えているというか、赦している。赦さないと自分がずっと引きずっていくことになるから。
被害者の思いは様々で、それが当たり前だし、違うからといって悪いことじゃない。そして僕はこう思わないけどっていうこともある。デヴィ夫人のおっしゃることも、自分はそうは思わない、というところについては書かせていただきました。
デヴィ夫人は、もともと好きで、いつかコラボしたいなと思っていたぐらいなので、むしろ今後お会いする機会があったらぜひお話ししてみたいです」
一連の問題は法整備に向けた動きも生んだ。立憲民主党は5月、カウアンさんと、同じく『週刊文春』で過去のジャニー氏による性加害を告発した橋田康さんを招き国会内でヒアリングを行った。カウアンさんはこのとき「未成年を守る法整備」を求めていた。
「たとえば学校で違法薬物の授業はあるのに、性加害については詳しく教えてくれないですよね。ドラッグの危険性を授業で教えてもらえるように、性加害を受けた時の断り方や、相談窓口、どんなボディタッチをされたら普通じゃないのか、とか、そういった性被害のことをしっかり授業で教えてほしいなって思いますね。
僕はジャニーさんの性加害のことを言ったら、絶対自分が逮捕されると思ってたから。自分が悪いことをしたと思っていたし、言ったら自分が訴えられるんじゃないかと思っていた」
いっぽうのジャニーズ事務所は一連の問題を受けて5月末に「外部専門家による再発防止特別チーム」を設置した。被害者や事務所幹部へのヒアリングを行うと会見で明かしていたが、カウアンさんも6月末にヒアリングを受けた。「内容はあんまり言わないでほしいと言われたんですけど、1時間以上話して、基本的な事実関係などをお伝えしました」という。
藤島ジュリー景子社長が5月に動画でコメントを発表して以降、同事務所の公式な見解等は示されていないなか、国連人権理事会の「ビジネスと人権」作業部会が元所属タレントらに聞き取り調査を行い、8月4日には「数百人が性的搾取と虐待に巻き込まれるという、深く憂慮すべき疑惑が明らかになった」との声明を発表した。
同日、同事務所は「できるだけ早く今後の取り組みなどについて、記者会見で説明することを予定している」とのコメントを発表している。
国連作業部会のヒアリングの依頼は、カウアンさんのもとにはきていないという。また、他の元所属タレントらが加わっている『ジャニーズ性加害問題当事者の会』にも入っていない。
「ネガティブで終わるんじゃなくてポジティブに変えていきたい。僕が未来のために何ができるかって考えると、僕は音楽で勇気を与えながら、また自分の言葉を発信しながら、それを届けていきたい」。そんな考えからだという。加えて、事務所に所属しているタレントたちへの思いもある。
「今もアンチやいろんな人に『お前が最初に言い出したんだから責任取れよ』みたいなことも言われますが、今いるタレントたちが嫌な思いをするのは違うから。彼らがやりたいんだったらジャニーズで続けていけるような環境が整えばいいと思うし。僕が先頭に立って、それを突き詰め始めたら、最終的に事務所を潰すことになってしまいかねない。潰れることが目的じゃないですから。
ジャニーさんが生きていればまた別の話ですけど、亡くなってしまった。事務所の連帯責任もあるでしょうけど、これから事務所がどう生まれ変わるのかを見ていきたい」
カウアンさんは8月9日に書籍『ユー。ジャニーズの性加害を告発して』(文藝春秋)を出版した。現在、アーティストとしての活動も続けている。日系ブラジル3世の両親のもとに生まれた彼はポルトガル語も堪能。「ブラジルと日本、そしてそれ以外の国でも、エンターテインメントを繰り広げていきたい」と未来を見据える。
「僕が音楽をやっている理由でもありますが、音楽ってやっぱすごいんですよね。1時間喋ってもいいけど、3分の歌で伝わるものがある。それはジャニーズから多く学んできたこと。性加害があったから、ジャニーズや自分を全て否定する、生きてきた道を全て否定するようなことはしたくない。
反省するのはいいと思うんだけど、自分を否定するのではなくて、ジャニーズにいてよかった、自分はこうやって生きてきてよかったって本当に思えるためには、自分に正直になって、表現していくことが大事なんじゃないですかね」