パチンコホールの労働環境について、以前も記事を書いた記憶がある。昔は時給も高かったが、今はそれ以外の業種も時給を高めているので、以前ほど金額面で優れているわけではないというような話を。
パチンコホールは、少し前までは社会から爪弾きにされた人たちにとっては貴重な労働現場だった。僕は2000年代初頭にホールで働いていたけれど、借金取りから逃げ回っている前歯の無いおじさんとか、嫁と子供を抱えつつもタトゥーだらけでまともに働けない人。何らかの理由で地元に住めなくなった夫婦などが集まる、なかなか人間模様に見どころのある環境だった。
そして不思議と、そういう人たちと一緒に働くのが楽しかった。今日は今となってはもう遠い過去になっちゃった、少し前のパチンコホールを形成していた人たちの思い出話をしていきたい。(文:松本ミゾレ)
「学歴不問 未経験者歓迎 住み込み可 夫婦歓迎 タバコ1日2箱まで支給」
普通には生きられない事情を抱えている人がたくさん働いていたのがかつてのパチンコ店だった。事情は人それぞれ。元々社会性が欠落していたり、前科があったり、就労中だろうと手を1時間ぐらいかけて洗うみたいな変な人もいた。要はそういう人の社会復帰のための受け皿のような側面も、ある時期においてはあったのだ。
たとえば僕が子供の頃、昔刑務所に入っていた近所の人が社会復帰しようにもなかなか就職できずに悩んでいたところ、パチンコ屋が受け入れてくれたというような話も聞いたことがあった。
先般、5ちゃんねるに「昔のパチンコ屋はこうだった!76」というスレッドが立っていた。
スレッドには昭和から平成の初期辺りまでのパチンコ屋あるあるについて触れる書き込みもある。ちょっと引用させていただきたい。
「学歴不問 未経験者歓迎 住み込み可 夫婦歓迎 タバコ1日2箱まで支給」
「当たったら店員のマイクパフォーマンスがあった」
「昔のパチ屋とか面接して即決だったし2食賄い付きで勤務すればタバコ支給だったしな。売上高いと大入り手当てで給料と別に10000円出勤しているスタッフ全員に現金でくれてた」
「90年代にパチ屋で1年ぐらいバイトしたが、社員もバイトも給料日の翌日から突然来なくなる奴を何人も見てきた」 「店員がタバコ吸ったり缶コーヒー飲みながら接客」 「箱の上げ下ろしから出玉交換までほとんど客がやってたな。店員にしてもらうのはご老人だけだった」
と、こんな具合で思わず「あ~、懐かしいな」とか思っちゃった。こういう店員さんって2000年代初頭まではあちこちにいたのだ。こういう人たちのいる店で打ってると、なんか不便だけど落ち着いたんだよなぁ。
それこそ今は店員さんがさっぱりとしたダサい髪型にこれまたダサい制服を着用し、型通りの接客と嘘くさい笑顔で接客するのが当たり前。だけどそのせいでなんか落ち着かないんだよね。今のパチンコホールと昔のパチンコ屋って、業態は一緒だけど血がまるっきり入れ替わってると感じる。
世捨て人が嫌々働くパチンコ屋。そこに見た魅力とノスタルジー
僕があるパチンコホール企業に新卒で入社したのは2003年の春。その時点でのパチンコホールの印象とは「タバコの煙が酷い」、「客層も悪く店員も柄が悪い」、それから「警察が定期的に巡回して、犯罪者が逃げ込んでないかチェックしている」というようなものだった。
中にはレッテル張りみたいな印象もあるけど、実際に中に入ってみても、この頃はちょうど大手が「ホテル並みの接客を」みたいなことを言い出し始めた時期だったこともあって、ちゃんとしてる社員と滅茶苦茶なバイトさんといったような二極化が目立っていた。
社員にはしっかりとした人材教育だのマナー講習だの、今思うとパワハラ丸出しのメニューを課せていたが、一方でバイトさんたちに対しては本社もそこまで強く物言いはしなかった。
当時18歳で社員だった僕は、自由に働くバイトの人たちを見て「なんか自分がバカみたいだな」とか思ってしまった。それが間違いなのは分かってるんだけど、職場に借金取りからの督促の電話が掛かってきてもしれっとしてる人とか、将来のことなんて何も考えずにインカムで冗談ばかり言っている人、付き合っていた男に騙された愚痴を常連にずっと言い聞かせているおばちゃんを見ていると、どこか魅力的だった。
まあ実際は、彼らは日々を全力で生きてることに精一杯で、多分税金とかも払えてなかったんだろうけどね。そして「こういう人達って、パチンコ屋以外ではどうやっても浮いてしまうんだろうな」みたいなことも考えてしまった。
今はほとんどのパチンコホールがアルバイトにも教育を徹底している。もうあんな破天荒な世捨て人なんか、そもそも面接落ち確定なんだろう。それは全くもって当たり前で正しい世の中の流れなんだけど、一方で僕は、もう一度ああいうダメダメな雰囲気の人ばっかり働いてるパチンコ屋を訪れたいという思いも抱えている。