2023年08月12日 07:50 弁護士ドットコム
夏に活動が盛んになるのが働きバチです。東京都のカナコさんは旅行中、山の麓にある蕎麦屋さんに行ったところ、ハチがブンブン飛んでいるのを見ました。刺されたら…と思うと怖くて、息を殺して早歩きでお店を出たそうです。巣が近くにあった可能性があります。
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今年6月には、埼玉県幸手市の河川敷で除草作業していた男性がスズメバチとみられるハチに刺され、死亡する事態が起きました。2018年には橋の上で巣を作っていたスズメバチに刺された女性が損害賠償を求め、町の管理責任が一部認められた判決もありました。
ハチに刺されて被害を受けたら、管理者の責任はどのような場合に認められるのでしょうか。前田泰志弁護士に聞きました。
2018年の判決では、(1)スズメバチの巣が橋の上で作られていないか確認できていなかったこと、(2)注意喚起の看板が汚れていた上、別の看板と重なる位置にあり、見づらくなっていたことなどから、町が責任を一部負う形になりました。
ーー裁判例のように吊り橋のような公共物にハチの巣があった場合、行政の責任はありますか?
法律上は責任があると考えられます。国家賠償法2条1項には「道路、河川その他の公の営造物の設置又は管理に瑕疵があったために他人に損害を生じたときは、国又は公共団体は、これを賠償する責に任ずる」と規定されています。
「設置または管理の瑕疵」とは、「営造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいい、これに基づく国および公共団体の賠償責任については、その過失の存在を必要としない」とされています( 最高裁昭和45年8月20日第一小法廷判決・ 民集24巻9号1268頁)。
過失の存在を必要としないとされているので、基本的には行政が巣の場所を把握していなかったとしても責任は免れないものと考えられます。
ーー公共物でなく、民間が管理する場所にハチの巣ができた場合はどうなるのでしょうか?
これまで国賠法2条1項にいう「設置・管理の瑕疵」についてお話ししてきましたが、これは民法717条に定める「設置・保存の瑕疵」と同義とされていますので、この点では違いはなさそうです。
そうだとすれば、巣をつくった場所が、建物など「土地の工作物」といえる場合には、その管理者に責任が生じるものと思われます。
なお、土地の工作物について「占有者」と「所有者」が異なる場合は、原則として「占有者」が責任を負い、占有者が損害の発生を防止するのに必要な注意をしたときは「所有者」が責任を負うことになります。
――ハチの巣の駆除まで行政や民間の管理者の責任なのでしょうか。
巣の駆除が可能であればそうでしょうが、さしあたり注意を喚起する看板を設置するとか、高い木の上にあるなど駆除が困難な場合には、スズメバチに刺されないような代替措置をとればいいとも考えられます。例えば、スズメバチが入って来ないような囲いやネットをする、スズメバチが近寄ってこないようなグッズ(殺虫スプレー、木酢液、ハッカ油、燻煙剤など)を設置する、などがありそうです。
――埼玉県幸手市の事故のようにハチに刺されて死亡した場合、除草作業を委託していた自治体や、男性の所属していた会社の責任はどうなるのでしょうか。
委託契約や雇用契約等に付随して安全配慮義務違反の責任を問われる可能性は考えられます。
――埼玉県の杉戸県土整備事務所によると、被害男性は当時、殺虫剤やポイズンリムーバーを持っていたといいます。装備の不備があれば、被害者側が責任を問われることはあるのでしょうか。
そういうものを準備するのは、委託契約や雇用契約等に付随して安全配慮義務違反の責任を問われる可能性のある「除草作業を委託していた自治体」や「男性の所属していた会社」でしょう。被害者が、準備するように言われていたのに、それを怠って、持っていかなかったとすれば、被害者側の過失として、過失相殺が認められる可能性はあるでしょう。
ーーそもそも巣が近隣で見つからないにもかかわらずハチに刺されてしまった場合は、被害者は補償を求められるのでしょうか。
事故発生の回避可能性がない場合には、設置又は管理の瑕疵がないとされています。スズメバチの「巣が近隣で見つからない」場合には、回避可能性がないので、国賠法2条の「公の営造物の設置又は管理」や民法717条1項の「占有者」は責任を負わないことになると思われます。
【取材協力弁護士】
前田 泰志(まえだ・やすゆき)弁護士
東京大学法学部卒業。2002年弁護士登録。第一東京弁護士会所属。2010年独立し、事務所開設。企業法務を中心に業務を行いつつ、最近は行政訴訟にも取り組んでいる。
事務所名:前田綜合法律事務所
事務所URL:http://maeda-sogo.jp/