2023年08月01日 18:10 弁護士ドットコム
中東シリアで武装組織に3年以上も拘束されて、その後解放されたジャーナリストの安田純平さんのパスポート(旅券)が"没収"されたままだ。安田さんは8月1日、東京・丸の内の日本外国特派員協会で記者会見を開いて「私にとっての拘束は今でも続いている」と訴えた。
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安田さんは2018年10月に解放されて帰国した。2019年1月、拘束中に没収された旅券の再発行を申請したところ、同年7月、外務省から旅券法にもとづいて拒否された。そのため、2020年1月、旅券法の条項は違憲だとして、国を相手取った裁判を東京地裁に起こした。
安田さんの代理人をつとめる岩井信弁護士によると、(1)旅券法13条1項1号(※)に該当する事実がない、(2)旅券法13条1項1号は憲法違反である、(3)仮にこの条項が憲法違反でなくても、今回のケースに適用する処分は違憲である、(4)裁量権を逸脱して違法な処分である――と主張している。
すでに提訴から3年以上が経ったが、東京地裁の審理は続いている。前回の期日では、安田さん本人の尋問があった。次回の期日(10月5日)で、原告・被告の双方が最終書面を提出して結審するといい、判決は年明けごろになるという。
安田さんは「現在も旅券がなく、日本から出国することができなくて、世界中のどこへも行くことができない」「紛争地の取材に行こうとすると旅券を没収されるのではないかと萎縮する効果がある」と述べて、ジャーナリストへの影響を懸念した。
(※)旅券法13条 外務大臣または領事官は、一般旅券の発給または渡航先の追加を受けようとする者が次の各号のいずれかに該当する場合には、一般旅券の発給または渡航先の追加をしないことができる。1号 渡航先に施行されている法規によりその国に入ることを認められない者
以下、会見冒頭で安田さんが語った言葉を紹介する。
1997年から新聞記者で、2003年からフリーランスとして、イラク、アフガニスタン、シリアなど紛争地を中心に取材して、雑誌やテレビで発表してきました。
2015年から3年4カ月、シリアで拘束されて、2018年10月に帰国しました。武装勢力の拘束はそれで終わりましたが、私にとっての拘束は今でも続いています。
(拘束中に)旅券を奪われたため、帰国後の2019年1月に新しい旅券の発給を申請しましたが、2019年7月に外務省に発給を拒否されました。
現在も旅券がなく、日本から出国することができなくて、世界中のどこへも行くことができません。また、旅券は身分証明証ですので、外国のみなさんにわたしが日本国民であると証明する手段もないということです。
理由というのは、トルコから入国を禁止されたからです。日本の旅券法13条1項に該当するためとされています。
しかし、トルコから入国禁止をされたために、世界のすべての国への渡航を禁止されるという処分には納得がいきません。そのため、2020年1月に旅券発給拒否の取消しと旅券発給を求める裁判を起こしました。その裁判は現在も続いています。
解放されたときに、トルコの入管施設で一泊したんですが、そこでは職員に「入国禁止になるか?」と聞いたら「ならない」と言われました。
それからトルコ政府からは私に対して、強制退去や入国禁止とは言われていません。帰国するイスタンブールの空港では、たまたまその場にいたトルコの閣僚がわざわざお祝いの訪問をしてくれました。
トルコ航空は、帰国するための代金も免除してくれています。およそ強制退去措置や入国禁止措置を受けた人に対する扱いとは思えないわけです。
裁判の中で、トルコの入国禁止措置に関する国側の主張は変遷を繰り返しています。非常に信用できない内容ではないかと。
旅券発給の申請したあとに、日本政府はトルコ政府に対して、私を入国禁止するように要請して、それを理由に発給拒否とした"自作自演"ではないかと考えています。
たとえトルコが私を入国禁止にしたとしても、トルコが入国拒否すればよいだけで、日本側が出国まで禁止する必要はないと思います。まして入国禁止を受けていない、トルコ以外の国まで渡航を禁止する必要性がまったく理解できません。
トルコ以外に渡航を禁止している理由ですが、国側によると、トルコから入国禁止となっている私に旅券を発給すると、世界のすべての国から日本政府が信用を失うからということです。国側はこれを「国際信義のためだ」と主張しています。
国側は、シリアで拘束された私は、安全確保する能力がないので、外国へ渡航すると再び拘束されるおそれがあるという主張をしています。
しかし、私が拘束された当時のシリアのイドリブ県は、世界中のメディアやジャーナリストが入ることができなかった世界で最も危険な場所だったのです。そうした場所で拘束されたことを理由に一般の日本人がごく普通に観光旅行している国でも、私だけが安全確保できなくて拘束されるんだという主張をしています。国側はシリアという紛争地の特殊性をまったく理解していません。
さらに国側は、私が2012年と2015年にシリアへ正規でない方法で入国したことを問題視して、密入国を繰り返すような遵法意識のない人間に旅券を発給すると、再び密入国を繰り返すおそれがあるという主張をしています。
密入国せざるをえなかったのは、シリアの取材だけです。隣国から密入国してシリアに入れば、密入国で出るしかありません。私がシリアを取材した当時は、内戦状態で、政府側と反政府側の地域があって、反政府側の地域に対して政府軍が無差別に攻撃していたという状態でした。
そういう実態を取材するためには、反政府側の地域に入るしかないわけです。政府側の地域に正規で入って、そこから反政府側の地域に入って取材することはできないわけです。戦争している相手の地域ですから。
当時、世界中のジャーナリストや支援団体も、私と同じようにレバノンやトルコから密入国というかたちでシリアに入っていました。そうしないと取材も支援もできないからです。国側は、取材のためであるかどうかは考慮する必要はないとしています。事実上、日本政府は、紛争地取材そのものを否定しているということです。
旅券法13条1項1号は、非常に奇妙な法律なのですが、これが何のためにあるのか。私たちが調べた限り、1つの国から入国禁止をされると、旅券発給を拒否されて、すべての国への渡航を禁じられる法律は、少なくとも日本が属しているG7にはありません。EUにもありません。
国側も、どこかの国に同じような法律があるという主張をしていませんので、日本以外どの国にもないだろうと考えています。日本が一方的にやっていることなんですが、これが国際信義なんでしょうか、という疑問があります。
この旅券法が制定されたのは、戦後の1951年です。サンフランシスコ講和条約が結ばれて、日本が主権を回復したころです。GHQ(連合国最高司令官総司令部)の統治下にまだあった時期です。
当時の旅券は、1つの国に1回だけ渡航できるというものでした(一往復旅券)。渡航先の国が入国禁止をしていることが事前にわかっていれば、その人に出しても無駄でしょという説明を当時の政府はしていました。
旅券法はのちに改正されて、1つの旅券で5年や10年、あらゆる国に何度でも渡航できるようになったが、最初につくられた13条1項1号はそのまま残されているというわけです。
1つの旅券で、1つの国にしか渡航ができなかった時代は、たとえばA国から入国禁止されていても、B国から入国禁止されていなければ、B国に行くための旅券の発給は拒否はできなかったんですね。つまり入国禁止されていない国への渡航は保障されていたということです。
しかし、1つの旅券で、何度でもあらゆる国に渡航できることになったことで、たとえばA国に入国拒否されていれば、B国にもC国にもD国にも行ける旅券そのものを発給拒否できるようになってしまった。旅券のかたちが変わったことによって、1つの旅券、AにもBにもCにも行けるようになったので、Aに行けない人にはBにもCにも行けない状態になったということです。
戦後間もない1951年と違って、日本人の海外渡航を自由におこなえるようになっています。旅券法13条1項1号はあきらかに現代にそぐわないものであって、当初は想定していなかった人権侵害まで引き起こしているということです。
旅券法13条1項1号という異常な法律をなぜ日本政府は変えないのか。どこかの国に入国禁止されていれば、それだけで旅券発給を拒否できるという法律は、日本政府にとって便利だからだと思います。
旅券法13条1項は、1号から7号まであります。2号から7号というのは、たとえば日本で法を犯して、有罪判決が出ている人とか、非常に厳しい条件があります。それに対して、1号はどこかの国が入国禁止措置をとれば、それだけでよいということになっています。国側は裁判で、主権国家である他の国がなんで入国禁止にしたのかという妥当性については、日本と関係ありませんと言っている。
日本政府が、ある国に対して、たとえば「この人は危ない人だから渡航禁止にしてください」と要請すれば、その国はすると思いますよ。個人との関係よりも、日本政府との関係を重視すると思います。ただ、それだけで旅券を発給したり、没収したりできるようになります。
私以外にも、取材のために渡航した国で、空港で入国禁止と言われて、なぜかそこに日本大使館員が待っていて、そのまま旅券を没収されるという事件が何件も起きています。特に、ジャーナリストの取材を妨害する手段として非常に便利に使われている法律なのではないかと思います。
外国から入国禁止措置を受ける日本人はめずらしくはないです。たとえば2022年5月、ロシアは岸田文雄首相を含めて63人の日本人を入国禁止にしています。国側は、旅券法13条に該当すれば、原則旅券発給拒否である、特段の事情がある場合にだけ旅券を発給すると主張しています。
しかし、私たちが知る限り、旅券法13条1項1号をもとに旅券発給拒否された事例は私以外ないです。なぜ私だけなのかというと、大きくニュースになった人物なので、はっきり言って、見せしめ的にやったのではないかと思っています。
こういった事例があると、ジャーナリストへの影響がやはりあると思っています。紛争地の取材に行こうとすると旅券を没収されるのではないかとか、取材のためにやむをえず密入国をせざるをえない場面であっても政府から問題視されて旅券を没収されるのではないかという萎縮させる効果があるのではないかと懸念しています。
日本のメディアは、紛争地の取材に対して及び腰だというのは、みなさんご存知の通りですが、2003年のイラク戦争のときはすべてのメディアが撤収していますし、今回のウクライナの戦争でも、世界のメディアがすでに現場に入っているときも、国境付近までしか入っていなかった。かなり時間をかけてようやく入っていったということです。
政府からなにか言われることを非常におそれる傾向が以前からありますが、旅券そのものを没収するという非常に強い手段に出ているわけです。ますます萎縮効果があるのではないかと思いますし、日本政府はそれを意識していると思います。