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アニメスタジオクロニクル No.4 パインジャム 向峠和喜(代表取締役 / プロデューサー)

2023年07月28日 15:10  コミックナタリー

コミックナタリー

アニメスタジオクロニクル Vol.4 パインジャム 向峠和喜
アニメ制作会社の社長やスタッフに、自社の歴史やこれまで手がけてきた作品について語ってもらう連載「アニメスタジオクロニクル」。多くの制作会社がひしめく現在のアニメ業界で、各社がどんな意図のもとで誕生し、いかにして独自性を磨いてきたのか。会社を代表する人物に、自身の経験とともに社の歴史を振り返ってもらうことで、各社の個性や強み、特色などに迫る。第4回に登場してもらったのは、パインジャムの代表取締役・向峠和喜(むかいとうげかずき)氏。設立から10年に満たない制作会社ながら、「かげきしょうじょ!!」や「Do It Yourself!! -どぅー・いっと・ゆあせるふ-」と話題作を立て続けに発表してきたパインジャムの、成長の裏側を追った。

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取材・文 / はるのおと 撮影 / 武田和真

■ 設立当初は部屋も借りれなかった
パインジャムと言えば近年では「かげきしょうじょ!!」や「Do It Yourself!! -どぅー・いっと・ゆあせるふ-」がアニメファンの間で評判となったアニメスタジオ。同社の代表取締役である向峠和喜氏はエイトビットでプロデューサーとして活躍していたが、2015年に独立する。

「独立するにしてもまず仕事がないと始められないので、『ヤマノススメ セカンドシーズン』で一緒にお仕事をしていたアース・スター エンターテイメントの方に『何かお仕事を』という相談をさせていただきました。それで同社の『魔法少女なんてもういいですから。』を紹介していただき、パインジャムでアニメ化させてもらうことになったんです。ショートアニメだったこともあり、制作自体で特に苦労しませんでしたし、独立に際してそれまで仕事していた方が『一緒にやろう』と言ってくれたことがうれしかったですね。

ただ制作以外の、会社設立に関連した苦労はありました。例えば『魔法少女なんてもういいですから。』が動く前に下請けする作品も何本かあったんですけど、作業する場所が確保できなかったんです。最初は西荻窪で部屋を借りようと思っていたんですけど、不動産屋に『なんの実績もないやつに貸さん』と……言われてはいないんですけど(笑)、審査で落とされちゃって。結局、今も仲良くさせていただいているチップチューンという会社に2、3カ月くらい間借りさせていただいて、業務をスタートできました」

その後、パインジャムは無事に現在と同じ阿佐ヶ谷のビルのフロアを確保することができ、本格的に始動する。だが、向峠氏にとって社長とプロデューサーの二足のわらじを履くことは意外な面で大変だったようだ。

「どちらかと言うと、プロデューサーの業務は物事をグイグイと突き進めることだけど、社長の業務は振り返り的な側面が大きい。それぞれ求められる性質が違っていて、『突っ走っていきたいな』と思ってもなかなか踏み出せなかったりして、メンタル面で苦労はしました。

だからと言ってプロデューサーを辞めようと思ったことはありません。むしろプロデューサー業ありきというか、それがないと会社をやっている意味がない。そもそもお金を稼ぎたいという理由で会社を作ったわけではないので、社長に専念してお金稼ぎに精を出したいとも思いません。自分が、他人に渡せばいいような業務も自分でやっちゃうので、なんでもやりたがりなんでしょうね」

■ 苦い経験が活きた「グレイプニル」からの3作品
「魔法少女なんてもういいですから。」以降、現在までパインジャムはいくつもの元請け作品を手がけてきたが、その中で向峠氏はターニングポイントになった作品として「グレイプニル」を挙げる。2020年に放送されたラブコメアクションだ。

「パインジャムは一時期、元請けを離れたタイミングがありました。そこからの立て直し……というか、元請けの復帰1作目はしっかりとしたクオリティのものにしたいという思いを持って作ったのが『グレイプニル』です。そこからの『かげきしょうじょ!!』『Do It Yourself !! -どぅー・いっと・ゆあせるふ !!-』と合わせて、この3作品で『パインジャムはこういう会社です』と表現したかったんです。

それは対外的に『ちゃんとアニメを作っていける会社ですよ』と実績として示したかったのと同時に、働いている子たちにとってクオリティ面で基準値を作りたかったのもあって。『これからはこういう作品を作っていかなきゃいけない』という、プレッシャーではないけど思いを持ってほしかったんです」

向峠氏が社内にクオリティの基準値を作りたいと考えたのには特別な理由があった。設立の翌々年、2017年に放送された「ゲーマーズ!」と「Just Because!」制作時の苦い経験だ。

「『ゲーマーズ!』や『Just Because!』は……苦労しましたね。あの2作品も本当はしっかり作りたかったけど、経験不足もあってできなかった部分がありました。あと会社を設立してすぐに企画が決まった作品だったので、当時は『周囲の期待にちゃんと応えなきゃいけない』という思いが強かった。だからスケジュール的にかなり厳しいとわかりながらも『なんとかする、なんとかしなきゃいけない』という気持ちが強く強引に進めることしかできませんでした」

そんな経験を乗り越えた向峠氏が、現在のアニメ業界に対して危惧することがあるという。

「やっぱり根本的なアニメ界の人材不足ですかね。特に、アニメ制作で一番時間がかかるアニメーターが不足しています。だから、人材育成や教育をしていく必要がある。どのアニメスタジオも同じように考えていると思いますが、弊社でもそれ専用のスタジオを都内以外のどこかに作ろうかという構想をしています」

■ 昔からの人のつながりが契機に
アニメを多く観ている人であれば、「グレイプニル」以降でパインジャム作品の基準値を上げようとしていたという話には合点がいくだろう。その中でも2022年に放送された「Do It Yourself !! -どぅー・いっと・ゆあせるふ !!-」は群を抜いたクオリティだったと筆者は感じているが、それはなぜだったのか。その理由を聞くと、向峠氏は「ヤマノススメ」シリーズのキャラクターデザインで知られる松尾祐輔氏の存在を挙げた。

「松尾さんは数多いクリエイターの中でも群を抜いている方なので、もちろんキャラクターデザイン自体はすごくよくできていたし、彼が関わる作品に参加したいというアニメーターが多かったんです。もともとそうなると確信してお願いしたところもありますが……でも『Do It Yourself !! -どぅー・いっと・ゆあせるふ !!-』は放送時期が『ヤマノススメ Next Summit』が被ってしまったので、それがなかったらもっとやれたかな(笑)。でも「ヤマノススメ」は自分としても思い入れがある作品なので、両タイトルともによいものができればいいなと思っていました。

そういう松尾さんのようなクリエイターにお願いできたのは、彼がやりたいと思える『Do It Yourself !! -どぅー・いっと・ゆあせるふ !!-』という企画に関われたのと、かつて自分が『ヤマノススメ』に関わっていたというのが大きかったですね。こうした人とのつながりが活きるのが、アニメ制作の醍醐味の1つですね」

向峠氏が醍醐味として挙げた、この“人とのつながり”はパインジャムのターニングポイントとなった「グレイプニル」でも効果的に働いていた。

「『グレイプニル』でキャラクターデザインをしてくれた岸田隆宏さんもそうです。岸田さんは僕がもともとサテライトに入社した新人の頃に知り合いまして、それからずっと他愛のない話ばかりしていました。それで『Just Because!』が終わった後企画が決まっておらず、TVシリーズの企画を改めて動かそうというタイミングで相談をしたら『独立記念でキャラクターデザインやるよ』と言ってくださって。もう、めちゃくちゃありがたかったですね。それで『岸田隆宏さんがキャラクターデザインをやるから、何か仕事ください』というふうな言葉で各所に営業をしていった結果、『グレイプニル』のアニメ化を担当させてもらうことになりました。

こういったことは有名なクリエイターだけでなく、スタッフ同士でもよくあって、前に一緒に働いていた人が仕事をお願いしてきたり、逆に頼ったりすることもよくあります。そういうつながりというか、契約書にはないもので仕事がまわるときは個人的に感慨深いし、この業界にい続ける理由の1つになっています」

そして向峠氏がアニメ制作のもう1つの醍醐味として挙げたのが、「クリエイティブに携わる」ということへのプリミティブな喜びだった。

「もともとアニメの監督などをやりたいという思いがあったので、脚本会議やコンテ打ちなどで自分が発した言葉やアイデアが実際に映像に表現されるとやりがいを感じます。『Do It Yourself !! -どぅー・いっと・ゆあせるふ !!-』で採用されたものだと、本当にどうでもいい部分なんですが、ミートという豚がいるので毎回豚料理を出して震えさせましょう、とか(笑)。あとクラゲ型ロボットのくらげが俳句を詠むようにしゃべりますが、あれも僕の提案です。当時ハマっていたゲームの影響なんですけど。

もちろんそういったフランクなアイディアだけでなく、『かげきしょうじょ!!』だと真面目な提案も採用されていて。例えば第8話『薫の夏』で薫が街角のテレビで高校野球の試合を見かけて驚き、テレビにかぶりつくシーンがあります。原作ではあそこで日傘を持っていませんでしたが、彼女には夢を叶えるため肌を焼かないように日傘を持っているという設定がある。だから、そのシーンの最初の脚本はずっと日傘を差したままだったのですが、日傘を手から離すことで、1番大事にしているものを投げ捨てでも感情を動かされる表現をしたいと思って提案させてもらいました」

■ 新しいチャレンジをしつつ安定した作品作りを
クリエイター志向の強いプロデューサー兼社長に率いられて、パインジャムは今後「Paradox Live THE ANIMATION」や「姫様“拷問”の時間です」といった作品を制作していく。それらはパインジャムにとって新たな挑戦となるようだ。

「10月から放送が始まる『Paradox Live』は、これまでうちではまったくやってこなかった女性向け作品のため大きな挑戦です。個人的には『マクロスF』に関わっていたのでそのときのイメージでいるんですけど、会社としては初めての試みなので丁寧に作らなきゃいけないと感じています。今まではキャラクターのかわいらしさとか、雰囲気を見せる作品が多かったので、ギラギラとしたカッコよさをどう見せていくか。それをクリアして、『パインジャムはこういうアニメも作れるんだよ』と示したいです。

2024年に放送される『姫様“拷問”の時間です』はかわいらしいギャグ作品で比較的慣れた作風ですが、『Paradox Live』と合わせて全然別のベクトルの2作品を同時に作っています。正直なところ『グレイプニル』以降の作品でもやれることはやったという手応えはありつつ、まだ満足はできてはいないし『もう少しやれただろ』という思いもありました。今後もこんなふうに少しずつ新しいことにチャレンジしていきながら、安定していいアニメを作れるようになりたいです」

一度は作品の元請けから離れ、雌伏の時を過ごしたパインジャム。しかし「姫様“拷問”の時間です」が放送される2024年の翌年、2025年には設立10周年を迎える。

「1、2年くらい前は『10周年で大きいものをやりたいので、何か仕事ください』みたいなことを周りのメーカーさんに言っていましたけど(笑)。でも今となっては2025年まですでに決まっている仕事があるので、それらを丁寧に作り続けるだけで、何か大々的に売り出す予定はまったくないです。近くなったら何か考えるかもしれませんが……これまでの作品の映像を使った会社の記念PV? 確かにそういうのもいいかもしれませんね。でも『この会社、もう10年も経ってるのか、若くないな』みたいなふうに捉えられませんか?(笑)」

ここまで書いてきた通り、自然体でざっくばらんにパインジャムの歩みを語ってくれた向峠氏。パインジャムという社名の由来について聞いた際も、彼は茶目っ気たっぷりに秘密を明かして場を和ませてくれた。

「会社の公式サイトには『物語やメッセージに、パインジャムという隠し味が加わることでよりよいモノが生まれる。』なんて書かれていますが、あれ、実は僕が考えたものではないんですよ(笑)。確かにすごくいい言葉ですし、本当にそうしたいと思っているのですが、サイトを作っていただいた社外のデザイナーさんが考えてくださったんです。だから新卒の子が面接に来て『公式サイトにある言葉に感銘を受けて』とか言われるとこっちとしては立つ瀬がない(笑)。

それでパインジャムという社名の本当の由来はいくつかあるのですが、秘密にしているので……1つだけ明かすと、キャッチーな社名にしたかったので耳に入りやすい“ぱぴぷぺぽ”のような半濁音を入れたかったというのはあります。あとは今日のところは秘密とさせてください!」

■ 向峠和喜(ムカイトウゲカズキ)
石川県出身。株式会社パインジャム代表取締役。2008年に株式会社サテライトに入社。同年プロデューサーの独立に伴い、株式会社エイトビットに入社。2015年に独立し、株式会社パインジャムを設立する。