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労働法を度外視したビッグモーターの「生殺与奪権」 労働弁護士が「経営計画書」を斬る

2023年07月24日 18:11  弁護士ドットコム

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中古車販売大手・ビッグモーターの保険金不正請求をめぐり、連日報道が相次いでいる。国土交通省は7月26日に聞き取り調査をおこなうと発表。政府が動く事態に発展している。


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そんな中、テレビ朝日が7月20日に報道したビッグモーターの「経営計画書」が話題となっている。報道によると、組織の方針などが記されたもので、会社が毎年社員に配る冊子だという。



具体的には、毎日口に出して言う言葉として「幸せだなあ!俺はツいてる!」といった記載があり、会社と社長の思想を受け入れない場合には「今、すぐ辞めてください」とも書かれていた。また、会社行事の不参加者は人事評価を下げるといった記述もあった。



こうした内容は、どのような法的問題があるのだろうか。労働問題に詳しい笠置裕亮弁護士に解説してもらった。



●労働法令の遵守は度外視されている

——「経営計画書」の内容をどのように見ましたか。



報道によると、経営計画書には、この会社の経営のエッセンスが表現されていると思われる「経営の原点12カ条」が示されています。高い売上目標を掲げ、サービス残業をいとわずに(4誰にも負けない努力をする、5売り上げを最大限に、経費は最小限に)完遂することが求められていることがわかります。



経営計画書では、業務を進めるにあたり、従業員には会社と社長の思想を理解し、受け入れることが求められ、受け入れられない場合には、いくら能力があろうとも、即刻辞職するよう明記されているようです。



経営方針の執行権限がある会社幹部には部下に対する「生殺与奪権」が与えられているとも明記されているようです。つまり、会社方針に従わないと幹部に判断されてしまうと、いつでも解雇されうるということを意味します。



他にも、会社行事の不参加者の人事評価は下げられ、結婚式のような人生の一大イベントでも、業務を最優先して予定を組まなければならなかったと報道されています。



このようなことからわかることは、とにかく会社の業績目標達成が絶対視され、その障害となるような労働法令の遵守は度外視されているということがうかがわれます。  



●精神論を従業員に刷り込む意図は?

——毎日口に出して言う言葉として「幸せだなあ!俺はツいてる!」といった記載もありました。



従業員らは、毎日「幸せだなあ!俺はツいてる!やってやれないことはない。やらずにできるわけがない」という言葉を唱和するよう命じられていたようですが、「幸せだなあ!俺はツいてる!」という言葉からは、厳しい目標達成に追われる毎日を根拠なく「幸せ」と思わせることで、無理やりにでも業務を続けさせようという意図が透けて見えます。



「やってやれないことはない。やらずにできるわけがない」という言葉からは、目標の完遂を強く求める精神論を従業員に刷り込み、会社の方針が悪いのではなく、達成できない自分が悪いのだという考えを従業員に抱かせる意図があるのではないかと思われます。



このような考えを抱かせることに成功すれば、従業員は安い条件で目標達成に向けて盲目的に働いてくれるわけですから、経営者としてこれほど楽なことはありません。経営陣が命じていなくとも、目標達成ができない一般社員に対し、自動的に厳しい指導をしてくれる管理職が増えてくれるかもしれません。



●自分の思想・内心を経営者に売り渡す必要はない

労働契約とは本来、労務を提供することで、対価としての賃金を得るというだけの契約であるはずです。労働者が提供しなければいけないのは、あくまで労務だけであり、不合理に高い目標の達成ができなければ賃金が得られないということはありません。自分の思想・内心を経営者に売り渡す必要もまったくありません。



労働者の個人の尊厳や奴隷的拘束・苦役からの自由、思想良心の自由はいずれも憲法により保護された人権です。これを侵害された場合、労働者は、使用者に対して損害賠償を求めることが可能です。経営者と同じ思想を持たなかったことが「解雇理由」として法的に有効になるはずもありません



結婚式のような人生における最重要ともいえるイベントでも、業務への影響が出ないように日程を調整しなければならないとのことですが、労働契約法3条3項に定められた仕事と生活の調和への配慮の理念と真っ向から反するものです。



業務のために私生活を犠牲にしなければならない社風であることが、このことに端的に表れていると言わざるをえません。



●第三者委員会の報告書をどう評価する?

——ビッグモーター事件の保険金不正請求に関しては、同社が立ち上げた第三者委員会による調査報告書(2023年6月26日付)の中で、発生原因も含めて詳細な分析がおこなわれています。



この調査報告書は、保険会社が同社に対する不正請求の指摘をおこなったことを受け、同社が立ち上げた第三者委員会により作成されたものです。



一般に、第三者委員会といっても、調査費用を出しているのはもとより会社であるうえ、本当の意味で会社とまったく無関係の委員が調査を担当するわけでは必ずしもなかったり、被害者側からの調査をまったくやらなかったりするなどの理由により、真実の究明というよりは、単に調査を依頼した会社の防御壁となってしまっているような調査報告書が出てしまうことも少なくありません。



私自身、担当事件において第三者委員会が立ち上げられ、調査がおこなわれたという経験が何度もあります。もっぱら労働者側・過労死事件の遺族側での対応をおこなっていますが、第三者委員会を妄信することは厳に慎むべきであり、こちら側からの主張や立証を独自に徹底的に尽くすべきだと考えています。



第三者委員会には、労働者側・遺族側の立場ではおこなえないような費用のかかる調査や大人数のヒアリングをおこなう権限がありますが、これに任せきりにするのではなく、第三者委員会と労働者側・遺族側の立場との共同作業を通じて、初めて真実が究明されていくと考えるべきです。



同社の調査報告書を拝見すると、日弁連が定めた「企業等不祥事における第三者委員会ガイドライン」に準拠したうえで委員が選定され(委員の先生方はいずれも大変高名な先生方ばかりです)、約5カ月にわたり合計121名ものヒアリングがおこなわれ、社内文書等も徹底的に調査されたようです(報告書p1~4)。



その結果、不正行為が日々おこなわれていたことが認定され(p11~21)、その原因として、(1)不合理な目標設定がなされていたこと、(2)内部統制が機能不全に陥り、法令遵守意識が鈍磨していたこと、(3)経営陣に忖度し、盲従するいびつな企業風土があったこと、(4)現場の声を拾い上げる意識がなかったこと、(5)人材の育成が不足していたことが挙げられています(p28~35)。



そのうえで、「経営陣には、今回のことを機に誇りを持って仕事ができる会社に生まれ変わってほしいとの、数多くの現場従業員の訴えに真摯に耳を傾けてもらいたい」という表現まで用いて、実践的な再発防止策が提言されています(p35~42)。



今回立ち上げられた第三者委員会自体、現場従業員の声に真摯に耳を傾けたからこそ、ここまで深い分析や問題提起ができたと言え、極めて高く評価できる調査報告書の一つであろうと考えます。



私自身、同社の店舗において、昨年、外国人従業員が大量に退職を強いられる事件に関する相談を受けましたが、当時はこのような社内状況であることはまったく判明していませんでした。その後、ビッグモーター事件に関して詳細な報道がされるようになり、調査報告書の中でも指摘された同社の体質が、一層明るみになってきたように思います。



労働法令との関係上、問題のある労務管理をおこなっていたことについては、おそらく多くの声が上がっていたのであろうと推察しますが、上記の(2)内部統制が機能不全に陥り、法令遵守意識が鈍磨していたこと、(3)経営陣に忖度し、盲従するいびつな企業風土があったこと、という状況の中で、異論が封じられていたのだろうと思います。



このような事態に対して、法的に保護されつつ、声を上げていく役目を負っているのが、労働組合だと思います。同社にも、労働組合が立ち上がり、労働環境の改善に向けた動きが進められていくことを願ってやみません。



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【取材協力弁護士】
笠置 裕亮(かさぎ・ゆうすけ)弁護士
開成高校、東京大学法学部、東京大学法科大学院卒。日本労働弁護団本部事務局次長、同常任幹事。民事・刑事・家事事件に加え、働く人の権利を守るための取り組みを行っている。共著に「こども労働法」(日本法令)、「新労働相談実践マニュアル」「働く人のための労働時間マニュアルVer.2」(日本労働弁護団)などの他、単著にて多数の論文を執筆。
事務所名:横浜法律事務所
事務所URL:https://yokohamalawoffice.com/