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世界的ポップスターが求めるエイリーズ・モロスとは何者か? ロンドン在住デザイナーの仕事哲学

2023年07月24日 18:10  CINRA.NET

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Text by 後藤美波
Text by ヨシノハナ

DisclosureやOne Direction、サム・スミス、H.E.R.など錚々たるミュージシャンのMV、ステージセット、ビジュアルなどを手がけてきた、ロンドン在住のイラストレーター / デザイナー / アートディレクターであるエイリーズ・モロス。2000年代半ば、タイポグラフィーを大胆に使ったカラフルでポップなフライヤーやレコードジャケットなどによってロンドンのインディーミュージックシーンで頭角を表し、現在はユニクロやニューバランスをはじめとするビッグクライアントともコラボを行なう。日本ではAIのアルバム『和と洋』(2017年)のビジュアル制作を手がけている。

数年前にノンバイナリー / トランスジェンダーであることをカミングアウトしたモロスは、自身のスタジオ「STUDIO MOROSS」を経営するビジネスオーナーとしての顔も持つ。さまざまなコマーシャルワークに携わる傍ら、より良い職場環境・インクルーシブな職場環境をつくるための探究にも力を入れ、クリエイティブ業界の改革、若い世代への機会創出にも積極的に取り組む。

ここでは、来日したモロスへのインタビューを前後編にわたってお届けする。前編はMySpaceの時代から現在までの音楽業界におけるアートディレクターの役割の変化、自身が一番好きだという「アーティストの世界観づくり」の仕事の醍醐味について、そして2019年に参加したSPICE GIRLSの再結成ツアーの裏話も教えてくれた。

エイリーズ・モロス

エイリーズ・モロスは、ロンドン在住のイラストレーター、アートディレクター、デザイナー。2008年より、カラフルでエネルギッシュな作品の数々が注目を集め、最もコラボレーションしたい作家として多くの人達から引っ張りだことなった。以降、ミュージックビデオ、テキスタイル、アイデンティティ、ミューラル、ファッション、雑誌のカバーなど幅広いジャンルで活躍。また、イギリスのポップミュージシャンであるONE DIRECTIONのツアービジュアルや数々のミュージシャンのビジュアルやアイデンティティーなどを手がけるSTUDIO MOROSSも立ち上げた。コマーシャルワークを行なっていない時は、インスピレーションをテーマに世界各国でトークショーなども行っている。

─私は2000年代半ば、テムズビートやニューレイヴと呼ばれた音楽が流行していた頃のイギリスのインディーシーンを通してあなたの作品に出会いました。当時はさまざまなバンドのアートワークやTシャツ、イベントのポスターなどを手がけられていましたね。どのようにしてキャリアをスタートさせたのでしょうか。

モロス:2000年代半ば、私はロンドンの大学に通いながらイラストの仕事などを引き受けていました。当時から音楽業界に携わりたいと思っていたけど、私はミュージシャンではなくて(笑)。でも絵を描くことが好きでした。

あの頃はMySpaceの時代だったけど、毎晩新しいパーティーがあって、みんながDJで、みんなが自分のクラブイベントのためにロゴやポスター、フライヤーを必要としていたんです。そこで、フライヤーなどをデザインする機会をもらうようになってこの仕事を始めました。

CAP:2006年に手がけたイベントフライヤー。KLAXONSやCAJUN DANCE PARTYなどの名前が並ぶ(エイリーズ・モロス公式サイトより)

─2009年にはSimian Mobile DiscoのMVを手がけ、その後も映像やアニメーション、現在はライブ演出などの仕事も行なっていますよね。クライアントもビッグネームなポップスターが並んでいます。どのようにして仕事の領域を広げていったのでしょうか?

モロス:途中で行き詰まったんです。プロのイラストレーターとしての仕事はうまくいっていたけど、私は飽きっぽいので、いろんなことをやりたいし、新しいことも試したかった。私はレタリングやグラフィック、イラストレーションの仕事で知られていたのですが、自分一人で仕事をするのではなくて、多くの人とコラボレーションしながら、もっと大きなプロジェクトをやりたいと思っていました。

スタジオがあれば、より多くの人を巻き込んで、映像やアニメーションやライブなどほかの領域に仕事を広げていけるという思いもあって、2012年に自分のスタジオをつくりました。

モロス:それからいろんな仕事をするなかで、私が一番楽しいなと思えるのは、「ワールドビルディング(world building)」──つまりプロジェクト全体の世界観をつくるようなクリエイティブディレクションの仕事だと気づきました。そして、私にとってそれに一番適しているのが、ポップミュージックのフィールドだったんです。ポップミュージックには、大きなオーディエンスがいるし、グッズやライブなど、つくるものがたくさんありますから。私は、いろんな点をつなげて、一つのデザイン世界をつくるのが好きなんです。

─大学ではイラストレーション、グラフィックデザインを学ばれていたと思うのですが、アニメーションや映像は独学だったのですか?

モロス:ほとんどが独学です。あとはコラボレーションを通してですね。やり方がわからなければ、わかる人と一緒に仕事をしてその人たちから学んだり、その人たちと一緒に学んだり。

─フライヤーなどの仕事を始めた当時と比べて、現在はリリックビデオやInstagramのリール、TikTokなど、デザインが求められるアウトプットの種類も増えているのではないでしょうか?

モロス:そうですね。かつてのオールドスクールなデザイナーは、レコードジャケットとポスターをつくるくらいだったかもしれないけど、時が経つにつれていろんなプラットフォームが現れて、急にデジタルキャンペーン全体を手がけなくてはいけなくなりました。

─ご自身やスタジオとしては、どのようにその変化に適応していったのでしょうか?

モロス:私たちが会社を始めたときのUSP(Unique Selling Point、独自の強み)は、まさにその変化に対応できる、ということでした。当時の私たちは若くて、世の中の動きと接続していて、その動きの一部でもあった。一つひとつのプラットフォームを理解し、複数のフォーマットにデザインを適用することができるという点において私たちは先駆けていました。しかも値段も安くて(笑)、いつもワクワクしていて、新しいことを試している。私たちはそこから始まったという感じですね。私にとってデザイナーに求められることの変化は、立ち向かうべき課題というよりもチャンスでした。

でもアーティストと信頼を築き、その人がかたちにしたいと考えているアイデアを理解するという意味では、根本的にいまも昔も同じことだと思います。カオティックにも思える、小さくて多様なアイデアを拾い上げて、ファンの人が楽しめるような一つものとしてつくり上げる。そこがこの仕事の楽しいところなんです。

─音楽業界だけでなく、いまはファッションブランドや大企業などさまざまなジャンルのクライアントワークをされていますが、そのなかでも音楽の仕事はあなたにとって特別なものですか?

モロス:はい。ミュージシャンと一緒に仕事をすることはクリエイティブで、芸術的で、抽象的なところもあって、自分にとってとても重要です。なにより私は音楽が大好きですから。

ミュージシャンとの仕事は制限も少なくて、より実験的なことができる。だからライブショーの仕事はとても楽しいですね。鑑賞体験をつくる仕事だから。楽曲に対してビジュアルの世界観をつくりあげることは、よりスピリチュアルでかたちのない仕事でもあって、ポスターやCDのデザインとはまた違った感覚があるんです。

─2019年のSPICE GIRLSの再結成ツアーは、まさに大きなオーディエンスを相手に一つの世界観をつくり上げる仕事だったのではないでしょうか。子どもの頃からファンだったという彼女たちの復活ライブのアートディレクションを手がけるのはどんな体験でしたか?

モロス:本当にすごい仕事でした。NDA(秘密保持契約)を結んだときのことをいまでも覚えているんですが、クレイティブディレクターを務めたリー・ロッジから「このNDAにサインして折り返して」ってPDFが送られてきて。そこには「SPICE GIRLS」っていう言葉が一切使われていなくてコードワードが使われていたんです。それでなんの仕事かわからないままサインして送ったら、電話でSPICE GIRLSの仕事だって言われて。本当に信じられなかった。これは私のキャリアのなかで一番でかい仕事だって思いました。

私はまさにSPICE GIRLSで育った世代だし、とくにこれは再結成ツアーで、大きなスタジアムショーでもあるから、厳しい批判も覚悟しました。すごいプレッシャーでしたね。6か月間の仕事のあいだに、彼女たちに会って、アイデアをプレゼンして、振付や衣装なんかのクリエイティブチームに関わって……終わった後はしばらく休息をとったくらい大変な仕事でした。でもとても成功したので、結果には満足しています。

2019年に行なわれたSPICE GIRLSのUK&アイルランドツアー『SPICE WORLD』。STUDIO MOROSSはスクリーンやステージのアートディレクション、デザインを担当した Photo by Luke Dyson & Timmsy

─それほどのプレッシャーとどう向き合っているのでしょうか。そのような大きな仕事がきたとき、「自分にはできないかもしれない」と不安になるようなことはありますか?

モロス:チームで仕事をすることは助けになります。自分一人で責任を負うわけではなくて、みんなで一緒に取り組めるので。それと自分は自分の視点を求められて雇われているんだということを忘れないのも大事です。どの仕事にも言えることですが、自分が選ばれているんだという事実を信じて、あまり考えすぎないことですね。

SPICE GIRLSのツアーに関して言えば、大きなテーマの一つが「ノスタルジア」だったんですが、「ノスタルジア」はデザインするにあたって私が一番好きなビジュアルツールなんです。古いものに新しいレンズを向けて、現代的なものに昔の思い出やレトロなものをうまく組み合わせるのは簡単なことではありませんが、ノスタルジアをテーマに仕事をすることにはとてもワクワクしました。

─アーティストの世界観づくりという点では、カイリー・ミノーグやアン・マリー、サム・スミスなどのアルバムでは、新作キャンペーン全体のビジュアルをデザインしていますよね。そのような作品全体のビジュアル的な世界観づくりを任されるにあたって、アーティストたちからはご自身のどんな視点やクリエイティビティーを期待されていると思いますか?

モロス:たくさんのことがあると思います(笑)。第一にアーティストたちがセーフだと感じられること。私がその人たちをちゃんと理解しているんだと、かれらが感じられることですね。第二にプロフェッショナルであること。やるべきことをスケジュール通りにやり、自分のビジョンを実現させる。シンプルなアウトプットであっても、きちんと高いクオリティーで仕事をしなくてはいけません。

それから、グラフィックデザインの世界はとても男性中心の業界ですが、私が仕事をするアーティストの多くは女性です。彼女たちは男性の視点でないものを求めているということもあると思います。彼女たちは、私がアーティストとしての彼女たちをちゃんと理解し、誠実に仕事をする人だと信頼してくれている。そうやって私の視点を信じてくれていると思います。もちろん私の方にしっかりと自分の視点があるということも大切ですね。

─エイリーズさんのプロフェッショナリズムとユニークな視点がアーティストとの信頼関係につながっているのですね。デザイン業界のジェンダーバランスのお話も出ましたが、いまデザインと社会の関わりにおいて注目していることや、ご自身のお仕事のなかでやっていきたいと考えていることはありますか?

モロス:私のデザインワークを通じて社会的・政治的メッセージを伝える機会はあまりないので、エディトリアルの仕事や講演などを行なう際には、そうしたトピックを取り上げるようにしています。もっといまとは違う、多様性に富んだデザイン界になってほしいんですよね。

私たちはいま「文化の盗用」ということを理解して、ほかの文化を参照してよいときとよくないときがあることを学び始めましたよね。それによって西洋から盗まれたりすることなく、さまざまな地域のデザインシーンが表れていることには注目しています。

モロス:たとえば私は最近オーストラリアに行ったのですが、昔からの実践をイメージづくりやデザインにとりいれている先住民のクリエイターに出会いました。これまではUAL(ロンドン芸術大学)の学生が昔の記事を見て、「お、これコピーしよう」って真似して商業的なスタイルをつくり出し、それでお金を稼ぐということをしていたかもしれない。でもいまは、「それはダメだ、それはあなたが使って売り物にしていい文化じゃない」って言われますよね。

日本はいい例です。1990年代、イギリスやアメリカのグラフィックデザイナーが日本の感性を好んで、日本語を自分のデザインに使ったりしていました。それがクールだと思われていて、そこからお金を稼いだ。彼らは日本人じゃないのにその国の言葉やビジュアルスタイルを借りてきてお金に替えたわけです。

そういうことがなくなって、オーセンティックなリファレンス、オーセンティックな作品のための新しい動きがデザインの世界で大きな潮流となり、互いに盗み合うんじゃない、さまざまな文化のオリジナルなアイデアがたくさん生まれていく。そんな動きにワクワクしていますね。西洋のスタイルが支配的になるのではなく、いろんな国から生まれたグラフィックデザインの波を見ることが楽しみです。同時にそれはデザインの均質化を防ぐことにもつながると思っています。