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妻は、私への逆恨みで殺された… 94歳弁護士が被害者のために動き続ける理由

2023年07月24日 10:01  弁護士ドットコム

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7月は、犯罪や非行をした人の立ち直りについて理解を深める「社会を明るくする運動」の強化月間だ。東京都世田谷区では、12日に「新全国犯罪被害者の会(新あすの会)」代表幹事の岡村勲弁護士(94歳)が講演した。


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被害者のために奔走して20年以上。そんな岡村弁護士も、妻・真苗(まなえ)さん=当時(63歳)=を殺人事件で失った遺族のひとりだ。加害者のことは「憎い。赦そうとは思わない。『汝の敵を愛せよ』ということばがあるが、できない」と思いを吐露した。



それでも「加害者の再犯防止に向けた更生への手助けは否定しない」としたうえで、被害者支援の拡充を訴えた。



●被害者について考えたこともなかった

「道路を歩いているとき、誰かが襲ってくると思う人はいないが、現実にはある」。こう語る岡村弁護士は、妻を失うまでは被疑者・被告人のために刑事弁護に励んできた。「被害者について考えたこともなかった。遺族になり、権利がないことを悟った」。



事件は1997年10月に起きた。その日は百貨店で展覧会を見た後に、宝石店に立ち寄った。「結婚当初は貧乏で、結婚指輪を買ってやれなかった。そろそろ買ってやろうと思って」。希望の指輪が見当たらなかったため、事務所に戻って仕事をした。



家に帰宅すると、倒れている妻の姿があった。第一発見者だったため、警察の取り調べも受けた。マスコミに囲まれ、捜索のために家に入ることもできなかった。当時、娘は家庭を持っており、息子は受験勉強の最中だった。



加害者は、株を買って大きな損失を被ったのに賠償してもらえなかったとして、証券会社の顧問弁護士である岡村弁護士に一方的に恨みを募らせた男性だった。たまたま不在だったため、妻が殺害された。「どうやって妻に詫びればよいのかばかり考えていた」。



顧問先の社長は「先生、しっかりしてくださいよ。もしものことがあったら、喜ぶのは犯人ではありませんか」と言葉をかけた。娘は「私たちをみなし子にしないで」と涙した。



生きねばーー。そう思った。



●低すぎる被害者への補償、成人式に「着るものもない」

被害者への経済的支援は少なく、裁判上の権利もほとんどないことを知った。「運が悪い」「夜に出歩くことが悪い」など、加害者よりも被害者を叩く風潮もみられた。



現状を変えよう、と立ち上がった。2000年に「全国犯罪被害者の会(あすの会)」を設立し、犯罪被害者等基本法の制定、刑事裁判での被害者参加制度の実現などに取り組んだ。



2018年に20年以上にわたる活動に終止符を打った。しかし「裁判上の権利が確立されても、1日の生活に困るようでは被害者はやっていけない」との思いから、2022年に「新あすの会」を再結成した。補償の拡大などを訴えている。



被害者遺族となった女性からの手紙は今でも思い出す。女性の夫は、阪神大震災で職を失ってから家族に暴力をふるうようになった。彼女は、夫の元を離れることを決意し、息子と娘を連れて家を出ようとした。当時中学生だった息子は「みんなが家を出てしまったら、お父さん寂しくなっちゃうよ。僕は出ない」と父親との同居を選んだ。息子はその後、父親に殺害された。



女性はこころに傷を負っただけではなく、経済的にも追い込まれた。娘が大学に行くには生活保護を打ち切らなければならず、成人式に着るものもなかった。



日本の犯罪被害者への補償額は、諸外国と比較すると極めて低い。2020年に国民ひとりあたりが支払った額は、フランスが742円、ドイツが592円、イギリスが354円、アメリカが142円であることに対して、日本は6円だという。



「個人の力ではどうしようもない。国を動かさなければならない」。目標は、自身が生きているうちに被害者への補償を国民ひとりあたり156円にすることだ。「犯罪被害は誰が遭うかわからない。保険を出すようなもので、みんなで助け合わなければ」と語る。



すでに動きもある。5月には、自民党のプロジェクトチームが被害者への経済的支援の強化などを政府に提言している。



●「子どもは愛情いっぱいに育てて」



会場では、子育て中の女性から「被害者のために何ができるか」と質問があがった。岡村弁護士は、犯罪や非行をした人たちの多くは子どものころに愛情を得られなかったことに触れたうえで「子育てを一生懸命やってくれれば。愛情いっぱいに育てて」と答えた。



2023年4月に94歳になった。まだ、やるべきことがある。健康のために体操をしたり、緊張感を持つためにファッションに気を遣ったりしているという。「今日のコーディネートはどうでしょう」と聞くと、会場からは拍手があがった。



最前線で戦い続けるその背中を追う弁護士や被害者らもいる。思うように身体が動かなくとも、まだ足を止めるわけにはいかない。強い執念があった。