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宮崎駿『風立ちぬ』堀越二郎のモデルは4人いた? 異端のジブリ主人公はいかにして生まれたのか

2023年07月22日 07:01  リアルサウンド

リアルサウンド

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  個性的なキャラクターが多いスタジオジブリ作品のなかでも、ひときわ異色の雰囲気を漂わせる『風立ちぬ』の主人公・堀越二郎。その人物像は文学者・堀辰雄と航空機技師・堀越二郎の2人がモデルになったとされているが、実はそこにはもっと深い事情が存在した


 『風立ちぬ』で描かれているのは、戦争へと向かう激動の社会に生きた航空技術者・堀越二郎の半生だ。二郎は国家規模の戦闘機開発プロジェクトに抜擢されるが、その一方で妻・菜穂子の重い病が判明。仕事と妻のあいだで揺れ動きつつ、夢の実現に向けて挑戦していく。


  そんな主人公のモデルとなったのは、零式艦上戦闘機(零戦)を設計した実在の人物・堀越二郎。しかし作品のタイトルである『風立ちぬ』は文学者・堀辰雄の自伝的小説を引用したもので、結核を患った恋人というモチーフもこの小説から来ている。


  つまり映画『風立ちぬ』は、堀越二郎と堀辰雄の半生を織り交ぜたフィクションと言えるだろう。実際に宮崎駿は、「堀越二郎と同時代に生きた文学者堀辰雄をごちゃまぜにして、ひとりの主人公“二郎”に仕立てている」と語っていた。


  ところが話はここでは終わらず、堀越二郎の人物像には、宮崎自身のパーソナルな部分も反映されている。2013年に刊行された作家・半藤一利との対談集『半藤一利と宮崎駿の 腰ぬけ愛国談義』では、二郎の人物像に「自分の父親」を混ぜたことを告白していたのだ。


  宮崎の父・勝次は飛行機作りに携わっていた人物で、「宮崎飛行機」という工場の工場長として働き、零戦の風防などのパーツ製造を担っていた。宮崎いわく、父親は「享楽的」な性格だったらしく、戦闘機の制作に携わりながらも社会の動向に関しては他人事で、思春期の頃には口論になったこともあるという。


 『風立ちぬ』の二郎も社会的な責任に思い悩まず、ある種のファンタジーとして飛行機と向き合っている部分があったが、そうした描写は父親の姿に由来するのかもしれない。


『風立ちぬ』二郎の下地となった4人目の人物

  戦闘機の開発に携わったという点で、勝次は実在する堀越二郎と似た部分がある。しかしそれだけでなく、堀辰雄との共通点もあり、前妻を結核で失い、自身も結核を患っていた。


  宮崎自身、勝次が堀越二郎、堀辰雄と似た境遇であることを語っていたが、その3人を1人のキャラクターとして昇華したのが“二郎”なのだろう。半藤は対談のなかで、激動の時代に生きた両親を理解しようとする試みが『風立ちぬ』ではないかと看破していた。


  ただ、二郎のモデルとしてさらにもう1人の人物を重ね合わせることもできる。それは監督である宮崎駿本人だ。


  宮崎は作品以外で自分を露出しないタイプの作家で、ストイックな生き様から「職人」にたとえられることが多い。浮世離れした創作へのスタンスは、飛行機の設計に打ち込む二郎の姿に近いのではないだろうか。ちなみに映画で二郎が愛飲していたタバコは、宮崎も好んで吸っていた銘柄の「チェリー」だ。


 『風立ちぬ』が公開された際、宮崎は「何度もやめると言ってきたが、今回は本気です」と引退宣言を行った。それは同作が彼自身の人生を集約する作品だったことも関係しているのかもしれない。


  引退宣言から約10年後、最新作『君たちはどう生きるか』でカムバックを果たした宮崎。その心境にどんな変化があったのか、あらためて検討する機会が必要だろう。