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第169回 芥川賞・直木賞受賞式レポート 受賞作品の評価ポイントは?

2023年07月19日 20:40  リアルサウンド

リアルサウンド

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  日本文学振興会主催による第169回芥川賞・直木賞の選考会が7月19日、築地「新喜楽」にて開かれ、芥川賞は市川沙央『ハンチバック』(文學界5月号)』に決まった。直木賞は垣根涼介『極楽征夷大将軍』(文藝春秋)、永井紗耶子『木挽町のあだ討ち』(新潮社)が選ばれた。


 今回の選考を務めたのは(50音順・敬称略)、芥川賞の選考委員(五十音順)は小川洋子、奥泉光、川上弘美、島田雅彦、平野啓一郎、堀江敏幸、松浦寿輝、山田詠美、吉田修一。直木賞の選考委員(五十音順)は、浅田次郎、伊集院静・角田光代・京極夏彦(新任)・桐野夏生・髙村薫・林真理子・三浦しをん・宮部みゆき。


 芥川賞を受賞した市川沙央は、1979 年生まれ。早稲田大学人間科学部(通信教育課程)卒。2023 年に『ハンチバック』で第 128 回文學界新人賞を受賞しデビュー。市川は先天性の難病をもつ重度障害者で、人工呼吸器や電動車いすを使用。デビュー作『ハンチバック』で、芥川賞受賞という快挙となった。


  芥川賞の選考委員を代表し、平野啓一郎が講評を述べた。受賞作について、「最初の投票から選考委員会ら圧倒的な支持を得て、最初の投票で決まりました。作品としての強さが選考委員から語られました」と、選考経過を説明。続けて、内容について「本作の主人公は特殊な困難を抱えて生きています。重度の障害をもつ作者の実際の状況と作品、社会との関係が高いレベルでバランスがとられた稀有な作品として支持を集め、受賞が決まりました。否定的な評価は無かったが、解釈に関してはいろいろな意見が提示されて議論が盛り上がり、2作受賞の可能性も検討しましたが、最終的には1作のみの受賞となりました。作者が今後どのような作品を書くのか、期待する声も大きかったです」と述べた。


  先立って行われた芥川賞の受賞会見で、市川沙央が登壇。「訴えたいことがあって、去年の夏に初めて書いた純文学が『ハンチバック』です。芥川賞の会見の場にお導きいただいたことを嬉しく思います」と、受賞の喜びを語った。そして、「受賞は姉に真っ先にLINEしました。(受賞は)私にとって自信になると思います。小説を書き始めて20年の中で、芥川賞を目指してはいなかったので驚いています。会見はニコニコ動画で最近予習していましたので、感慨深いです」と述べた。


  また、記者からの質疑応答があり、「重度障害者という当事者性を出すことはOKです。当事者がいないことを問題視して書いた小説ですし、2023年になって芥川賞に重度障害者が受賞は初めて受賞したのか、みんなに考えてもらいたいと思っています」と述べた。また、執筆の手段について、「自分に合った機器を見つけるまでは苦労しましたが、現在はiPad miniが一番合っています。また、障害者が読みたいものが読めるよう、読書バリアフリーへの環境整備も進めて欲しい」と語った。



 


  直木賞を受賞した垣根涼介は、1966 年、長崎県諫早市生まれ。筑波大学卒。2000 年「午前三時のルースター」で第 17 回サントリーミステリー大賞と読者賞をダブル受賞し、デビューした。これまで、『ワイルド・ソウル』で第 6 回大藪春彦賞、第 25 回吉川英治文学新人賞、第 57 回日本推理作家協会賞(長編及び連作短編集部門)受賞。『君たちに明日はない』で第 18 回山本周五郎賞受賞。『光秀の定理』で第 4 回山田風太郎賞候補。『室町無頼』で第 6 回本屋が選ぶ時代小説大賞受賞、第156 回直木賞候補、第 7 回山田風太郎賞候補。『信長の原理』でも第 160 回直木賞候補となっている。


 直木賞の選考委員を代表して浅田次郎が、「1回目の投票で4名が残り、2次投票を行った結果、受賞作が決まった」と選考の過程を説明。そして、受賞作について「今回は両作品が時代物。垣根さんの『極楽征夷大将軍』は大変長い小説ですが、足利幕府の成立の過程を丁寧に小説としてあらわしている大変な力作。垣根さんの愚直なくらい真面目な長編に比べると、永井さんの『木挽町のあだ討ち』は大変に技巧的な仕上がりで好対照。審査員の間でも大変上手い小説と意見が出て、受賞が決まりました。2次投票で票が拮抗した結果、2作受賞となりました」と、講評を述べた。


  直木賞の受賞会見では、まず垣根涼介が登壇し、「こういうまばゆい場所に出るのがずいぶん久しぶりなので緊張しています」と笑顔を見せながら、「連載に2年半くらいかかり、最終的には原稿用紙1700枚くらいになりました。単行本化のために1350枚まで削ったのが辛かったのですが、受賞で苦労が報われました」と語った。


  また記者からの質疑応答の中で、「10年前から歴史小説を書き始めていますが、この10年で今までに他の賞を5回くらい候補に挙がっていますが、すべて受賞に至りませんでした。6度目でこうして壇上に居られて、ほっとしています。今回の小説は、読んでいる方に笑って読んでくれればいいと思って書きました。いつも、面白おかしく読んでもらい、読後に何か残る小説を書けるように努力しています」と述べた。


  続いて永井紗耶子が登壇。  永井紗耶子は、1977 年、神奈川県横浜市出身。慶應義塾大学文学部卒。2010 年『絡繰り心中』で第 11 回小学館文庫小説賞を受賞し、デビュー。『商う狼 江戸商人杉本茂十郎』で第 40 回新田次郎文学賞、第 10 回本屋が選ぶ時代小説大賞、第 3 回細谷正充賞受賞。『女人入眼』で、第 167 回直木賞候補。今回の受賞作『木挽町のあだ討ち』は、第 36 回山本周五郎賞受賞を受賞している。


  永井紗耶子は「吉報を受けてから、嬉しいというのと、怖いのというのと、なんだこれというのが極まってきました。“恐悦至極”とは、こういう感じなのかなと思います。読者の方、書店の方から応援をいただいた作品ですので、会場に来る前にもみなさんの応援があるから何があっても大丈夫という気持ちでいました。ここまでたどり着けてよかったなと思っています」と、喜びを語った。永井は無類の歌舞伎ファンで、受賞の知らせはゲン担ぎのつもりで歌舞伎座の横の喫茶店で待っていたとのこと。受賞の連絡をしようとしたところ、早くも情報を掴んだ友人知人から大量の連絡があったとのことだ。


  また、記者からの質疑応答の中で、「私自身がとても楽しく書けた小説なので、読者にも楽しんでいただけると思っています。歴史時代小説は難しいんじゃないか、歴史に詳しくないからと嫌厭されることがありましたが、どんな人でも手に取ってもらえるようにと書いてきました。読みやすさには自信を持ってきましたが、評価に繋がるとは思っていなかったので、望外です」「現代社会にも通底するテーマを書きたいという思いは、常に私の中にありました。江戸時代を通じて現代社会を映し出そうと思って書いたので、それを選考で読み取っていただき、評価をいただけるとはなんて幸せなのだろうと思います」「ライターでインタビューをした経験が執筆に生きている。自分の目の前に登場人物がいて、喋らせているように執筆しました」と述べた。



今回の候補作は下記の通り。
■第169回芥川賞 候補作
石田夏穂『我が手の太陽』(群像5月号)
市川沙央『ハンチバック』(文學界5月号)
児玉雨子『##NAME##』(文藝夏季号)
千葉雅也『エレクトリック』(新潮2月号)
乗代雄介『それは誠』(文學界6月号)


■第169回直木賞 候補作
冲方丁『骨灰』(KADOKAWA)
垣根涼介『極楽征夷大将軍』(文藝春秋)
高野和明『踏切の幽霊』(文藝春秋)
月村了衛『香港警察東京分室』(小学館)
永井紗耶子『木挽町のあだ討ち』(新潮社)