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「VTuber=ひとつの人格」理解広がって 「ANYCOLOR」が取り組むネット中傷対策

2023年07月19日 12:01  弁護士ドットコム

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インターネットの誹謗中傷をめぐる問題の中でも、まだ比較的「新しい領域」とされているのが、VTuber(バーチャルライバー)の権利侵害の問題だ。


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VTuberとは、YouTubeなどの動画配信プラットフォームで、コンピュータグラフィックスのヴィジュアルを用いて配信活動を行う配信者の総称である。



名前や顔を出さずに、キャラクターを通じて活動することから、VTuberへの中傷は「キャラクターへの中傷」とみなされ、「人間への中傷」となかなか理解されてこなかった。



VTuberグループ『にじさんじ』・『NIJISANJI EN』運営の「ANYCOLOR株式会社」(東京都港区)は所属VTuberへの権利侵害対策に取り組むチームを2年前に立ち上げた。



今では匿名の投稿者に対する法的措置が成果をおさめるようになった。同社の対策チームにこれまでの活動や課題、所属VTuberの思いについて聞いた。(ニュース編集部・塚田賢慎)



●普段は自制できる人でも、VTuberにはひどい言葉を投げてしまう

ANYCOLORは2022年に東証グロース市場に上場し、今年6月にはプライム市場に区分変更した。同月発表の2023年4月期業績も好調で、約150人ものVTuberを抱え、国内のみならず海外事業にも注力している。





そんな人気の高まりと前後して、YouTubeのコメント、SNS、インターネット掲示板を中心に誹謗中傷が多発していた。



名誉毀損や侮辱、脅迫・殺害予告だけでなく、VTuberの素性を暴露するプライバシー権侵害や、つきまとい行為もあり、それに思い悩み、活動をやめようとする人まで出てくる中で、組織的な対応がもとめられた。



悪質な行為の内容は多岐にわたる。



VTuberの名前をハッシュタグにして、グロテスクな画像とともにTwitterに連投するような嫌がらせや、ビジュアルを性的に改変したり、死を連想させるようなイラストを投稿するものもある。



VTuber個人での対応には限界があり、法務やマネジメントを中心として「攻撃的行為及び誹謗中傷行為対策チーム」が立ち上がったのは、2020年9月のこと。



テレビ番組に出演したプロレスラーの木村花さんが亡くなり、ネット中傷が大きな社会問題になった時期だった。ただ、顔や本名を出さない人の権利保護はまだ注目されているとは言えなかった。





対策チームの社内弁護士(以下、断りがない限り、かぎかっこの発言は対策チームのもの)は「リアルな人間への誹謗中傷は自制できても、VTuberには心無い言葉を投げてしまう方もいるようです」と指摘し、さらに当時の捜査機関の渋い対応を振り返る。



「2020年ころは『VTuberに対する誹謗中傷を人間に対する誹謗中傷だと言えるかが問題ですね』と警察として対応に悩んでいる様子がうかがえました」



⚫️それならば、判例を作っていくしかない

VTuberに対する権利侵害を認める判決が出され始めていたこともあり、そうした事例も研究しながら、まずは民事訴訟に取り組んだ。



「『VTuber』という概念が司法の場に浸透していなかったので、裁判所の受けとめ方も最初のうちは『(投稿は)人間をバカにしているわけではない』というものでした。しかし、社外の弁護士とも協力し、VTuberが1人の人間としての人格をもつ存在であるということを主張し続けたところ、以降は『顔を隠した人間への誹謗中傷であっても、それは1人の人間に対して誹謗中傷をしているのと同義である』という判断がされるようになっていきました」



現在でも、常に多数の発信者情報開示の手続きを進めているという。





チームが手がけたものの中には、YouTubeの配信中に脈絡のないコメントを複数連投するような「荒らし行為」の投稿者を特定したケースもある。



「厳密に名誉毀損や侮辱とは言えないコメントであっても、それを配信中に悪意をもって無数に投稿することは『嫌がらせ』と同じであり、配信活動によって生計を立てているVTuberにとっては『営業権』の侵害以外の何物でもありません。



『荒らし行為』を権利侵害であると認めた裁判例は非常に珍しく、VTuberだけでなく、荒らしに悩んでいるYouTuberの方々にも役に立つ判決かと思います」



ほかにも、ネット掲示板においてプライバシー権侵害にあたる投稿を行った人物を特定し、300万円を超える賠償金の支払いで示談が成立した事例もある。ANYCOLORでは、特に悪質なものは刑事告訴も辞さず、すでに受理されているものもあるという。



「裁判で身元の情報が開示された投稿者とは、損害賠償の話し合いをすれば和解に至るケースがほとんどです。支払いを拒否されれば判決を得て損害賠償を請求し、悪質なものについては名誉毀損罪、侮辱罪、業務妨害罪といった刑事責任を追及していきますが、示談金の支払を拒否されたことはほぼありません」



●ファンに広がる「VTuberの権利侵害」への理解…「証拠」が続々あつまる

対策チームはVTuber本人からの相談やスタッフによる巡回をきっかけとして誹謗中傷を発見することもあるが、同社が公式サイト上で開設する「攻撃的行為または誹謗中傷行為に関する通報」フォームを通じたファンからの情報提供も機能している。



通報フォームを通じた通報は、少なくとも1日に30~40件寄せられ、多いときには500件近くにもなり、多くのファンに権利意識が広まっているのを感じているという。



ANYCOLORは通報フォームにおいて、裁判手続において有効な証拠とすることができる「誹謗中傷スクリーンショット」の撮り方を示したところ、そのまま裁判資料として利用できるスクリーンショットが集まるようになった。





「投稿はすぐに消されることもあるため、投稿のスクリーンショットを残すことが重要です。通報フォームに寄せられたスクリーンショットや動画をそのまま裁判の証拠として活用させていただくことは多くあります。『VTuberに対する悪意のある誹謗中傷を根絶したい』という私たちの思いに賛同してくださるファンの方々が、裁判の証拠の収集にもお力添えくださっているという状況であり、非常に感謝しております」



対策チームは誹謗中傷事案の発生を認識すると、問題の投稿を確認し、必ずVTuber本人の意向を確認したうえで、対応方針を考える。本人が望まないのに、無理に法的措置をとることはしないという。





「法律の構成上、会社ではなく、VTuber本人が裁判の原告となるものもあり、裁判となれば、本人としても心理的な負担があります」



そうした事情をわかってもなお、VTuberが法的措置をとるのは「賠償金目的」ではないという。



「悪いことなんだと投稿者に自覚して反省してもらいたい。裁判をすることがほかのVTuberに対する誹謗中傷への抑止効果になる、と考えてくれる方もいます」



VTuberの本名などが相手に伝わってしまうことも裁判のハードルとなっていたが、それも法改正によって、秘匿できるようになり、誹謗中傷行為に対する裁判手続の利用の加速が予想される。



●クリエイター業界全体をあげて対策に連携する

今後の課題の一つは、海外での「誹謗中傷」だ。



「たとえば、アメリカは『表現の自由』に重きがおかれ、名誉毀損や侮辱が違法と認定されるケースは日本よりも少ないようです。海外配信や海外のインターネット掲示板における外国語での誹謗中傷も発生しています。海外での誹謗中傷も対象とした法的措置と啓蒙の重要性を認識しています」



これは1社だけが熱心に取り組んでいても、なかなか解決する問題ではない。



ANYCOLORは、同じくVTuber事業を展開するカバー株式会社とも誹謗中傷対策で連携し、これまでの法的対応などのノウハウを共有している。



「カバー社とは『VTuberが安心して活動できる環境を作りたい』という思いを同じくしています。これからも誹謗中傷の問題に対して連携を密にし、VTuberに対する誹謗中傷を根絶する環境づくりを本気で目指していきます」



また、同社は、6月末にはYouTubeを運営するグーグル日本法人、クリエイターの活動を支えるプラットフォーマーであるnote株式会社、多数のYouTuberを抱えるUUUM株式会社、上記のカバー、有識者らと「誹謗中傷対策検討会」を立ち上げた。



「私たちのような配信者の所属企業だけでなく、プラットフォームの運営企業とも連携して、より実効性のある誹謗中傷行為への対策を講じていきます」



●誹謗中傷を起こさせないことが大事…裁判で勝訴しても「傷は完全に癒えない」

対策チームのメンバーは、法的措置で成果を出してきたが、何よりも予防・啓蒙が重要だと考えている。



「誹謗中傷をされたから裁判をするという形ではなく、誹謗中傷が何も起きない状態をつくるほうが大切です。訴訟などの事後的な対応も重要ですが、予防にも力を入れていきたい。誹謗中傷でダメージを受けてしまったら、権利を回復したとしても、心の傷は完全に癒えるわけじゃないんですよね」



VTuberは配信活動を行う人間であり、VTuberに誹謗中傷をすれば1人の「人」が傷つく。悪質な行為には損害賠償が生じるだけでなく、刑事罰が科されることもあり、何もメリットはない。そうした理解を広めていくことがミッションだ。



「『VTuber=ひとつの人格』という理解、誹謗中傷が加害者にも被害者にもマイナスの結果しか生まないという理解が広まれば、誹謗中傷は減ると信じています。これからも会社の方針として誹謗中傷の対策に力を入れていきます」