2023年07月18日 17:41 弁護士ドットコム
かつて「銭湯絵師見習い」として活動していたアーティストの勝海麻衣さん(29歳)と父親が起こした裁判で、東京地裁(伊藤正晴裁判長)は7月18日、被告の「銭湯アイドル」の女性に計50万円の損害賠償を支払うよう命じた。
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勝海さんは東京藝大大学院生だった約4年前、モデルや銭湯絵師見習いとしてメディアで目にしない日がないほど多忙にしていたが、「盗作騒動」で大きなバッシングを受けた。
自らの非を認めて謝罪し、活動再開しようとした勝海さんを襲ったのは、いわれのない"デマ"を発端とした再度の炎上。それは家族や大切な人まで傷つけたという。
事実の訂正をもとめ、"デマ"を投稿した銭湯アイドルの女性に法的措置をとってきた。刑事に続き、このたび民事でも名誉毀損が認められたことを受けて、勝海さんはこれまでの経緯を語った。
勝海さんは2017年夏ころから、銭湯絵師・丸山清人さんの弟子として、現場を手伝うようになった。学生・モデルと「3足のわらじ」の「美人絵師見習い」をメディアも放っておかなかったが、世間の風当たりは「盗作騒動」で大きく変わった。
2019年3月24日、大正製薬のライブペインティングイベントで「虎の絵」を描いたことで、イラストレーター「猫将軍」さんの作品を盗作したと批判を受けて、「パクリ」などと厳しい指摘がSNS上に相次いだ。
勝海さんは同29日にお詫びしたが、沈静化すると思われた「炎上」は、また違ったかたちでさらに激しく噴き上がった。
「銭湯アイドル」の女性が翌月上旬、Twitterで、勝海さんの弟子入りの経緯をめぐるさまざまな投稿を繰り返すと、それを発端とした誹謗中傷が起こった。
勝海さん側は、一連の投稿の概要を次のように説明し、それらは事実無根だと主張する。
・勝海さんが「丸山さんの弟子になりたい」と言ってきたため、丸山さんの弟子であるにもかかわらず、女性が弟子ではないことにされた
・丸山さんと勝海さんから「弟子になったことは事実ではない」と謝罪を強要された
・勝海さんは銭湯絵に興味はないのに、売名のため銭湯業界に入ってきた。弟子入りには勝海さんの父親が関与しており、丸山さんの知人に強引にプロモーションをしかけた
・実績も実力もないにもかかわらず、勝海さんのバックには、医師の父親、銭湯愛好家の団体、大手広告代理店などの巨大組織がついており、東京五輪の舞台で脚光を浴びようとしている。愛好家の団体から誹謗中傷されている女性は、こうした巨大組織からも過激な嫌がらせをうけており、命の危険に晒されている
・こうした証拠を持っており、トークライブでそれを明らかにする
女性はツイートや、賛同者の投稿のリツイートを10日間も繰り返したという。結局、女性のいう「証拠」は示されることもなかったようだが、投稿を発端として、銭湯絵師業界の師弟関係をおもしろおかしく取り上げた記事や相関図がネット上にあふれ、今も訂正されないまま残っている。
投稿の深刻な影響について、勝海さん本人が弁護士ドットコムニュースのインタビューに答えた。
まず、盗作騒動は、自身の知識のなさが原因であったとして改めて謝罪の言葉を口にした。「猫将軍」さんにも当時謝罪を受け入れてもらい、今後もアーティストとして活動を続けていくにあたり、知的財産、著作権の勉強を続けている。
ライブペインティングの内容は、イベント主催サイドも了解のうえでおこなわれたことだというが、今回のような取材を受けたり、発信することで、また勝海さん自身が批判されることも覚悟している。
ただ、自らの過ちと向き合い続けることはできても、非のないことで誹謗中傷を受けて、大事な師匠や家族まで攻撃されることは耐えられず、刑事告訴や民事裁判を起こしたという。
勝海さんによると、大きな銭湯絵にあこがれ、知人を通じて丸山さんに弟子入りをもとめた。
「ずっと弟子をとってなかったと聞いていたのですが、半年ほどして(他の人の前で)『弟子なんだよね』と紹介してもらえるようになりました」
2017年夏ころから1年半ほど、銭湯絵の現場を30~40回は一緒に回ったそうだ。
女性の投稿が始まってから、その矛先が勝海さんだけでなく家族や丸山さんにも向かったという。
勝海さんと父親の代理人をつとめる沼田美穂弁護士は「女性は『自分が弟子だったのに麻衣さんが来てから追い出された。それは何かの権力をもつ集団の力が及んでいる』などと事実無根の主張を始めました。麻衣さんだけでなく、父親も師匠も巨大広告代理店と絡んでいるとの内容を発信し、そのデマが事実かのように取り上げられ、そこからは多くの人が好き勝手に騒ぎ、多くの誹謗中傷が起こりました」と説明する。
嫌がらせの電話が丸山さんの自宅にも相次いだことから、丸山夫妻は心労で寝込み、勝海さんは師弟関係を解消されるに至った。
また、弟子入りを無理やり仕向けた張本人として、勝海さんの父親が経営する病院にも、Googleマップの口コミに「人権を蔑ろにする親子の医療機関、信用できません」などと多数書き込まれたほか、報道陣が押しかけ、営業に支障が出るほどだったという。
病院のスタッフの写真、家族写真もネットに晒され、もはや勝海さん1人の問題ではなく、周囲の多くの人が傷つく事態となった。
苦しいのは、元をたどれば、自分の行いにも原因があることだ。そのために大切な人が攻撃され、尊敬する師匠と縁が切られた。
勝海さんの精神はズタズタに切り裂かれ、学業と仕事にも支障をきたした。いまも精神科病院に通っている。
「炎上は3~4か月続きました。精神的に立ち直れず、当時は大学院の2年生で卒業制作をつくる予定でしたが、通うことができなくなり、2年間休学しました」
父親の陳述書には、「SNS上での誹謗中傷によって女子プロレスラーである木村花さんが自死されたという悲報に接した際、私は直ぐに麻衣のことを思いました」とある。
家族はすぐに勝海さんを家に呼び戻し、目を離さないようにした。
「お風呂に入るなどのまともな生活ができなくなり、家の中をうろうろしていた。立ち止まると彼女が投稿した言葉が頭に浮かぶので、止まっていられず、眠ることもできない。生理が止まり、体重は14キロ減って36キロになり、家族からは死ぬんじゃないかと心配されました」(勝海さん)
スマホからTwitterのアプリも削除した。もうSNSは見れず、自身の公式アカウントは代理の人間が運営している。
楽しかった銭湯絵はもう描けない。「富士山のモチーフが描けないし、見れなくなった。銭湯を思い起こさせるものも見れない」と話す。
「通っている精神科では、当時のことを思い出して向き合う方法も教えていただいた。でも、師匠の思い出も今でも大事なはずなのに、思い出したくないものになってしまったのが一番悔しいです」
父親や家族の支えもあり、勝海さんは動き出した。
関係者の名誉を回復するため、事実と違うことを書いたと女性の口から発信し、謝罪してもらうことを目指した。
「私と父の感覚だと、刑事事件になるのは大きなことです。相手は告訴の取り下げを求めて、相手とは何がなんでも示談や和解の交渉を求めてくると思っていました」
捜査が進む中で、勝海さんの代理人が女性と電話しているが「トイレにいるので無理です」と切られてしまったり、話し合いのアポイントもドタキャンされるなどしたそうだ。
「そのまま特に交渉もできないまま、罰金刑で前科がついてしまった。結局有罪になったけど、それは勝海さんは望んでいない。略式命令だから、女性は罪を認めているわけですが、我々にはなんらの謝罪もなかった。なにより事実を公表してほしい。できれば本人がやってほしい」(沼田弁護士)
「勝海麻衣さんは一度も丸山さんの現場に見学に来られたことなどなかったです なのになぜインタビューなどでは2017年7月に弟子入りと嘘をつくのか 少なくとも2018年に入るまでは姿を見たことがなかったです」などの投稿で勝海さんの名誉を毀損したとして、さいたま簡裁が2021年12月22日、女性に対して名誉毀損罪で罰金20万円の略式命令を出している。
女性は検察の取り調べで「勝海さんが現場に来たことがないなどという嘘を書き込んでしまった」と供述した。
「女性は丸山さんから『弟子になるか』と冗談で言われたようです。それなのに、丸山さんの弟子だと発信し続けていた。しかし、本当に弟子になってないのは彼女自身もわかっているのに、麻衣さんが現れて、自分が弟子だったのに追い出されたと主張しているとうけとめています」(沼田弁護士)
民事では、計450万円の損害賠償と謝罪広告をもとめる裁判を起こした。
東京地裁は7月18日、謝罪広告の掲載は認めなかったが、投稿が勝海さんや父親の社会的評価を低下させるものと認め、女性に対して、勝海さんに40万円、父親に10万円の支払いを命じる判決を出した。
女性の代理人は途中で辞めており、裁判でも女性側から主張らしい主張は示されていない。
弁護士ドットコムニュースは7月18日までに、女性のSNSにDMを送ったうえで、訴状記載の住所を訪れてコンタクトを試みたが、返信などはなかった。
刑事・民事で名誉毀損が認められたことを受けて、勝海さんは「彼女が責められてほしいわけではありません。事実を認めて、訂正すべきところは訂正し、丸山さんの名誉を傷つけたことをしっかり謝罪してほしい。丸山さんの名誉回復のため、自身の言葉で発信してほしい」と願っている。
「『盗作騒動』の批判と、『師弟関係の経緯のデマ』について、ひとまとめにして考えている方がいると思う。事実と、事実でないことを整理して説明する機会がずっとほしかったんです。
目の前で、私の名前をスマホで検索した人の顔に、同情や戸惑いの表情が浮かんだことがあります。一生こうした苦しみを背負っていきたくはありませんでした」
略式命令が出たあとに、丸山さんに謝罪の手紙を書いたが、返事はなかったという。改めて報告したい考えだ。
今後も絵を描く仕事を続けていく。