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『薬屋のひとりごと』アニメ化近づく大人気”後宮ミステリー”の多彩な魅力を考察

2023年07月13日 12:01  リアルサウンド

リアルサウンド

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   待ちに待ったTVアニメが10月にスタートする日向夏のライトノベル『薬屋のひとりごと』(ヒーロー文庫)。中華風の帝国にある後宮を舞台にした物語がいろいろ出ている中で、シリーズ累計2100万部という群を抜いた人気ぶりを見せている。


(参考:【写真】10月にスタートするTVアニメ『薬屋のひとりごと』のティザーカットと声優を見る


薬学や医学の知識を持った少女が後宮で起こる事件に挑むミステリーで、国を揺るがす陰謀を美貌の宦官と共に暴くサスペンスで、そんな2人の関係を追っていくラブロマンスでもあってと、幾つもの読みどころを持っていることが大勢のファンを引きつける理由なのか?


  着飾った女官が口に何かを含んで陶酔した表情を見せたあと、にたりと笑って「これ、毒です」と言うPVが、『薬屋のひとりごと』のアニメ化発表と同時に公開された。「毒です」と言っているキャラクターが主人公の猫猫。演じているのは悠木碧で、キャスティングを聞いた100人が100人ともピッタリだと感じて快哉を叫んだ。


  さらわれて後宮に売り飛ばされたというのに慌てず、下働きの仕事をしながら何かを企んでいる図太さを持った猫猫というキャラクターに、これ以上はないというマッチングぶりを持った声を聞かせてくれたからだ。そしてこの何事にも動じない芯の強さが猫猫の魅力であり、同時に『薬屋のひとりごと』という作品の面白さの核になっている。


  ある事情から花街で生まれた猫猫は、養父になった羅門が営む薬屋で育つうちに薬に興味を持つようになった。薬の原料には草木もあれば動物や昆虫もあるから、虫が怖いとか蛇が苦手といったインドアな性格からは遠くなる。加えて好奇心も旺盛で、毒の効果を自分の体で試すようにしていたこともあって、毒への耐性も身に着けてしまった。


  そんな暮らしを続けて来た猫猫だからこそ、人さらいにあって後宮に売り飛ばされても、年季が明ければ解放されるからと慌てず騒がず、前と変わらない態度で居続けることができた。この図太さにまず惹かれる。戸惑う中を必死に生きようとするキャラクターは同情を誘うが、困難をものともしないで颯爽と生きるキャラクターからは勇気をもらえる。そうなってみたいと思わせてくれるのだ。


  ましてや猫猫は、後宮で起こった事件の謎を持てる知識で解いてしまって、壬氏という美形の宦官から関心を持たれるようになる。己の才覚で道を切り開き、出会いも得てしまうその活躍ぶりに惹かれない人などいない。そしてこの壬氏が曲者だった。宦官でありながら何か秘密を隠していて、自分の美貌に靡こうとしない猫猫に興味を持っていく。そこからシンデレラストーリーにも似たドラマが浮かび上がって、展開への興味を誘うのだ。


  幾つもあると言った『薬屋のひとりごと』の読みどころのうち、ミステリーとしての面白さは、日常の中に起こる事件を、後宮の誰も分からない中で猫猫が解いてしまうところにある。ふたりの上級妃から同じ頃に生まれた子どもたちが、そろって体調を崩してしまった原因を花街育ちの猫猫はすぐに気付き、こっそりと解決法を書き置きする。


  誰とも知れない者からの書き置きを信じなかったひとりの妃の子どもは死んでしまうが、聞き入れたもうひとりの妃の子どもは回復する。この違いに気づいた壬子が書き置きの存在を知り、書いた猫猫を見つけ出したことから、後宮を舞台に猫猫が探偵として活躍するストーリーへと進んでいく。


  後宮に現れる幽霊の正体は。呪いのような不気味な色で木簡が燃えた理由は。そうした謎をひとつひとつ解き明かしていった先、子どもを救ってあげた玉葉妃の毒味役として臨んだ園遊会の席上で、陶酔しながら「毒です」と告げるシーンへとたどり着く。いったい誰が仕込んだ毒なのか。どうして玉葉妃は狙われたのか。後宮に暮らす女性たちにとって皇帝の寵愛を得られることが何よりの誉れだからこそ起こる事件の謎が、ひとつひとつ暴かれていくスリリングな展開を楽しめる。


  そこに、皇帝の寵妃を送り出し世継ぎが生まれでもしたら、一族の繁栄につながる状況がもたらす謀略も加わって、『薬屋のひとりごと』を後宮が舞台の愛憎劇に留まらせず、政治ドラマのようなスケールの大きい物語へと発展させていく。小説の10巻から始まる西都編では、壬氏とともに西都へと赴いた猫猫が、西都で直面した大蝗害に対応したり、そして壬氏を西都へと招いた領主代理の玉鶯が巡らせる企みに巻き込まれたりする。もはやスペクタクルロマンだ。


  ここで気になるのは、後宮で働く宦官の壬氏がどうして西都に行くのかだが、理由はシリーズの途中で明らかになり、猫猫とのラブロマンスと言って良いストーリーが紡がれるようになる。花街で育って人の恋路の裏も表も知り尽くしているせいか、色事よりも薬や毒や酒に強く惹かれる性格に育った猫猫だ。壬氏に惹かれ尽くすようにはすぐにはならないが、そんな猫猫の才能を認めて近くに起きたいと願う壬氏の思いを受け止めることで、少しずつ変化していく関係を楽しめる。


  10月からのTVアニメでは、壬氏を『【推しの子】』のアクア役で注目を集めた大塚剛央が演じると発表になって、その声が聞けるPVも流れ始めた。誰だってなびきそうになるイケメンボイスだが、生い立ちゆえの高貴さと立場ゆえの達観をどのように声に乗せて聞かせてくれるのか。本編で動く姿とともに話される言葉を聞くのが待ち遠しい。


  壬氏に限らず多彩なキャラクターも『薬屋のひとりごと』の楽しみどころだ。子どもを救ったことで猫猫に感謝し侍女に迎えた玉葉妃は美しくて聡明で、壬氏の猫猫に対する思いに感づいて弄って楽しんでいる。多くの妃たちが登場し、裏で謀略もめぐらされる中にあって輝き続ける太陽のような女性だ。


  壬氏を支える高順は、どれだけ主人や玉葉妃や猫猫に振り回されても動じず、堅物ぶりで淡々と仕事をこなすところに安定感を覚える。猫猫がおやじどのと呼ぶ養父の羅門は、花街の薬師に留めておくには惜しいほどの医術の腕と薬師の知識の持ち主。過去を聞けばそれも納得の経歴で、猫猫が薬学や医学の深い知識を持つに至ったこともよく分かる。ただ、いたって温厚な人物で、猫猫のふてぶてしさは誰に似たのかが気にかかる。


  そこで絡んで来るのが、軍師で将軍の地位にある羅漢という男。変人として知られていて、派閥を持たず誰にも与していないにも関わらず、才覚だけでその地位まで上り詰めた。原作では第2巻から登場して来て壬氏に絡み、猫猫にも絡もうとしてウザがられるその正体は? TVアニメに登場するまで待てないという人は、原作を今から読み始めておこう。たとえ小説の内容を知っていれば、その世界を表情も声も含めてて見事に再現してくれるアニメで新たな発見を得られるはずだから。


(文=タニグチリウイチ)