2023年07月13日 10:10 弁護士ドットコム
「撮影罪」(性的姿態等撮影罪)が7月13日に施行された。正当な理由がないのに、ひそかに性的な部位や身につけている下着などを撮影する行為を処罰する法律だ。
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昨今、スポーツ選手を性的な意図を持って撮影する「アスリート盗撮」が問題となっているが、競技中のアスリートの股間等を撮影する行為は、着衣の上からの撮影のため、今回新設された「撮影罪」の対象にはならない。
対応に苦慮する現場からは「学生が純粋に競技ができる環境を整えてあげたいが、撮影機材や手口はどんどん新しくなり、いたちごっこの状態だ」という声が上がる。
日本の大学陸上を統括する「日本学生陸上競技連合」(通称・日本学連)は、長らく「アスリート盗撮」の対策に追われてきた。
障子恵理事によると、日本学連が対策を始めたのは、赤外線カメラで選手を透過撮影したDVDが販売されているのを確認したことがきっかけ。2006年から盗撮防止ポスターを掲示し、競技場内の巡回を始めた。
当初、撮影禁止エリアを決めていたが、通路を挟んですぐ隣の席から撮影したり、望遠レンズで撮影したりするケースが出てきた。そこで、スタート位置やフィニッシュなど撮影方向を制限したほか、競技中以外(スタート前やフィニッシュ後など)の撮影を禁止するようにした。
大会中は日本学連の委員らと学生補助員が協力して巡回をおこなっているが、限界を感じている。撮影ルールに反している撮影者を見つけた場合、移動のお願いや撮影ルールの説明をするが、声かけした学生が怒鳴りつけられたり「バカにしやがって」と逆ギレされたりすることもあった。中には、「金返せ」と学生から入場料を奪って帰った人もいたという。
「競技中ではなく、(選手が)お尻をあげたときや倒れ込んだときにシャッターを切る人がいます。声をかけると、『たまたま手ブレした』『顔を狙っていたけど、カメラが下に向いてしまった』と言い分を主張する人もいれば、無言で何も言わない人もいます。ただ、あくまでお願いですので、できる対応には限度があります」(障子理事)
被害にあっているのは、女子選手だけではない。男子選手も下半身を狙った撮影被害にあっている。
2019年の個人選手権からは、カメラ撮影者に名前と連絡先などを書いた撮影申請書を提出してもらい、証明書等で本人確認をして撮影を許可している。しかし、最近は双眼鏡にビデオカメラがついたものやカメラ性能が高いスマホもあるため、撮影者の特定ができないケースも出てきており、いたちごっこになっている。
一般観客の撮影について、9月開催の日本インカレ(第92回日本学生陸上競技対校選手権大会)でどのような対策を取るか、現在検討しているという。
障子理事は「現状は迷惑撮影であって盗撮ではないため、法律の盾がなく、素人としては対応に限界がある。法的に整備されれば、警察がもっと関与してくれるのではないか」と話す。
こうした「アスリート盗撮」の問題で必ず出てくるのが、「ユニフォームも問題だ」という指摘だ。上下が分かれており、お腹部分が開いているユニフォームは「セパレート型」と呼ばれ、女子陸上選手の主流となっている。
ミズノの美濃辺淳さんによると、オリンピックや実業団のトップ女子選手のほとんどが「セパレート型」を着用している。20年以上前にオリンピックで女性選手が着用したことから流行り始めたという。
人気の理由は、動きやすいためだ。巷で言われている「空気抵抗を減らすため」という理由については、数値の検証まではできていないというが、縦横によく伸びる素材が使われていることも動きやすさの一因だ。
中学生や高校生はランニングシャツと短パン(ランニングパンツ)が多いが、高校のトップ選手や強豪校になると、セパレート型が主流だという。学校単位でウェアを揃えるため、指導者が採用することが多い。
この数年「アスリート盗撮」の問題が注目されるにつれ、ミズノにも「お腹が隠れるものを作れないか」といった指導者からの問い合わせが数件寄せられているという。
「現状、個別に相談いただいた高校や大学の意見を収集している状況です。幅跳びや短距離の選手からは、下のショーツがめくり上がりやすく、気になるという声もあります。今のユニフォームの形を変えることになりますが、走っていてもつっぱり感がなく、動きやすい素材や設計を模索しているところです」(美濃辺さん)
美濃辺さんは「高校時代がポイントになるのではないか」と話す。
「選手に話を聞くと、高校時代からずっとセパレート型で下はショーツで慣れてしまったので、今さらタイツを履くと丈が長くて邪魔だと感じるという声がありました。セパレート型デビューをする高校時代から、指導者側が選手の好みによってユニフォームのバリエーションを増やしてあげるといった気遣いが必要になってくるのではないでしょうか」
日本陸上競技連盟(JAAF)も今年4月、「デザイン、配色が同一であれば、選手によりユニフォームのタイプを選択することは、ルール上問題ありません」とし、指導者に対して「選手がユニフォームタイプをそれぞれ選択できるような環境づくりにご協力をお願いいたします」と呼びかけている。
衆議院・参議院それぞれにおける「撮影罪」の附帯決議(政府が法律を執行するに当たっての留意事項を示したもの)では、アスリートやCAの盗撮が社会問題となっている実情を踏まえて、衣服により覆われている部分を性的な意図を持って撮影する行為の規制についても検討するよう言及された。
ただ、これまでの法制審議会の議論では、あとから一部だけを強調して加工できることなどから、処罰する対象を明確に規定できるのかという懸念も示された。
これまでアスリート盗撮の取り締まりには、「卑わいな言動」を禁じる各都道府県の迷惑防止条例や建造物侵入罪が適用されてきた。着衣の上からの撮影行為でも、執拗にされた場合には、「卑わいな言動」として迷惑防止条例違反になることを認めた最高裁判例もある(平成20年11月10日)。
日本学連理事の工藤洋治弁護士は「最高裁では、『不明確だ』という被告人側の主張に対して、『不明確とはいえない』と判示されています」と指摘する。
「着衣の上からの撮影は線引きが不明確という意見に対しては、最高裁も不明確ではないと言っていると反論したいところです。最高裁判例を参考にしながら、今後処罰すべき行為を明確かつ適切な表現にする必要があります」(工藤弁護士)