Text by 辻本力
Text by 吉田薫
Text by 鈴木渉
2020年に『第57回台湾アカデミー賞(金馬奨)』最多5部門受賞を果たした傑作コメディ映画『1秒先の彼女』が、監督・山下敦弘&脚本・宮藤官九郎コンビによる大胆なリメイク作『1秒先の彼』として生まれ変わり7月7日から公開される。男女のキャラクター設定を反転し、舞台を京都に移すことで生まれた独自の味わいについて、そして物語を駆動する「1日が消える」という大きな謎の裏側に向けられた、この2人ならでは視点について、話を聞いた。
—お2人は、これまでも監督・役者という関係でのお仕事は多々あったと思うのですが、監督・脚本というかたちでタッグを組むのは今回が初めてですよね。映画『1秒先の彼』の企画は、どのようにして動き出したのでしょうか。
山下:最初はぼくがお話をいただいて、「ぜひ、やらせてください」とお引き受けして、そのあとに宮藤さんに脚本をお願いすることになって。
宮藤:声をかけていただいた時点では、じつはぼく、まだオリジナル版に当たる台湾映画『1秒先の彼女』を見ていなかったんですよ。でも、山下さんが監督なら大丈夫だろうと、お引き受けする前提で映画を見たら、これがすごく面白くて。あと、ことさら不安だったわけではないんですけど、思えばぼく、リメイクをやるのは今回が初めてだったんですよ。
山下:ぼくも初めてでした。だから正直なところ、まったくノープランでのスタートでした。
山下敦弘(やました のぶひろ)
大阪芸術大学映像学科に卒業後。卒業制作として監督した長編作品『どんてん生活』が、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭オフシアター部門でグランプリを受賞。主な監督作品に『リンダリンダリンダ』(2005)、『天然コケッコー』(2007)、『マイ・バック・ページ』(2011)、『苦役列車』(2012)、『もらとりあむタマ子』(2013)、「コタキ兄弟と四苦八苦」(2020)など多数
—舞台を京都にしたのには、どんな理由があったのでしょうか。
山下:うろ覚えなんですけど、最初の打ち合せのときに、ぼくが提案したらしいです。
宮藤:オリジナル版を見たときに、台湾の海を効果的に使ったシーンが印象的で、日本にこんな雰囲気のある場所ってあったかな? どうするんだろ? とは思った。でも、山下さんに京都って言われて、「なるほど、それならアリかも」と妙に納得したんですよね。というのも、台湾は「島国」なので、ある意味、周囲から独立した存在じゃないですか。そして京都も、住んでいる人が土地に対してすごくプライドを持っていて、京都人として「ほかとは違う」という強い自負があるように見える。流れている空気も含めて、独特な磁場みたいなものがあるという意味では、この2つの土地には通ずるものがあると思ったんです。
宮藤官九郎(くどう かんくろう)
1991年より劇団「大人計画」に参加。主な脚本担当作品にテレビドラマ『木更津キャッツアイ』、『あまちゃん』、『いだてん~東京オリムピック噺~』など、話題作の脚本を多数手がける。企画・脚本・監督を務めたドラマ『季節のない街』が8月9日よりディズニープラス「スター」で独占配信スタート。
衣装/スタイリスト:チヨ(コラソン)
山下:確かに、京都に行くと、東京で過ごしているときとは明らかに違う感覚になりますものね。独特の時間が流れている、というか。
宮藤:「京都時間」みたいなのがありますよね。京都は、学生街という側面もありますけど、平気で7回生とかまで学校に残っている人がいたりするイメージも根強いじゃないですか。でも、それが「人生の無駄」のようには捉えられず、むしろ「青春を謳歌している」ように映る。どこか「現実なんだけど現実じゃない」みたいな、「京都だから許される」的な空気がある気がして。本作の、SFっぽい展開も、京都を舞台にしたからこそ自然に描くことができたのかもしれないですね。
—リメイクは、どうしても先行作品のイメージが強く、つねに「オリジナル」という存在が目の前に立ちはだかっていることから、つくるうえでご苦労も多かったのではないでしょうか。
山下:たしかに、チェン・ユーシュン監督のオリジナルがあまりに完成されていたので、「これをどうすれば?」というのは大きなハードルとしてありました。それに、ユーシュン監督にはすごく独特のセンスがあって、ある種の子どもっぽい感じ、映画全体で遊んでいる感じが魅力でしたが、ぼくにはああいうセンスがないんですよね。だから、いずれにせよ、まず同じにはならないだろうな、というところからのスタートでした。
—ここはオリジナルを踏襲するけれど、ここは変えるんだ、みたいなズラし具合が面白かったです。後者については、登場する2人の主人公の性別を入れ替える、という大胆な改変を行なっていますね。そして、それに伴い、タイトルも「1秒先の“彼女”」から「1秒先の“彼”」になっています。
山下:岡田将生くんに演じてもらった郵便局員の皇一(すめらぎ・はじめ /以下ハジメ)という役は、オリジナル版では女性で、逆に清原果耶さんに演じてもらった長宗我部麗華(ちょうそかべ・れいか/以下、レイカ)という役はオリジナル版では男性で、しかも本作では大学生ですけど、元はバス運転手という設定なんですよね。
宮藤:オリジナル版のヒロインであるリー・ペイユーさんがあまりに素晴らしすぎて、 あんなに屈託のない演技ができる人って日本だと……誰?という壁にブチ当たってしまったんですよね。当たり前にオリジナルをなぞっただけでは、新しいものは生まれないし、忠実なリメイクをつくるのなら、わざわざやる意味もない。どうしよう?と。そんなときに、「男女入れ替え」案を提案されて、直感的に「岡田くんなら、それもアリですね」と答えたんです。結果的に、清原さんとのコンビは、オリジナル版ともまた違った、『1秒先の彼』ならではの味わいを生んでくれたと思っています。
—先ほど「京都時間」というお話もありましたが、本作は、オリジナル版も含めて「時間」が重要なテーマになっていますよね。それは物語の設定自体にも大きく関わっており、岡田さん演じる「ハジメ」は普通の人よりも1秒早く生きていて、清原さん演じる「レイカ」は、逆に1秒遅い人生を生きている。例えば、つねに人よりワンテンポ早いハジメは、記念撮影で必ず目をつぶってしまう。一方、つねに人よりワンテンポ遅いレイカは、写真部に所属しているのにもかかわらず、シャッターチャンスを逃し続けている。この「時間」をめぐる差異が、「ハジメが目覚めたら、日曜日がなくなっていた」という本作における最大の謎へと繋がっています。
宮藤:その謎が作品のキモであり、面白いところなんですけれど、同時に、自分にとってはオリジナル版を初めて見た時から引っかかり続けていたところでもあって。というのは、「時間」に対しての在り様の異なる2人の主人公が物語の中心にいるわけですが、彼らの間には、早く生きているわけでもなければ、遅く生きているわけでもない「ノーマルな人」というのも存在するわけです。普通に生活している、いわゆる「市井の人々」という存在が。オリジナル版は、お客さんに余計なことを考えさせない工夫がすごく巧みで、構成や演出が個性的かつ上手いから、冷静に考えだすと気になってしまうそうした部分も、映画的マジックによってファンタジックなものへと昇華されているんですよね。でも、どうしてもそこに引っかかってしまったぼくは、主人公2人を中心に起こる「1日が消えてしまう」というビッグイベントの背景にじつは存在し、でも物語的には別段必要のない一般の人々を描くシーンをあえて追加したんです。
最近の時間に対する感覚をお伺いしたところ「『時間』といえば、人と話していると、『あれ見ました?』とかすごく聞かれるんですけど、いっつも『見てないです』と言わなきゃならなくて、悔しいんですよ(笑)。みんな忙しいだろうに、よく時間あるよねって思う。充実のサブスク環境に対して、時間が圧倒的に足りなさすぎます」とご回答いただいた
山下:この「1日が消える」という現象は、考え出すと、いろいろと気になってくるのはたしかなんですよね。その消えていた間の帳尻はどうなる?みたいな意味でも。とはいえ、そこを説明し出すと面白くなくなってしまう可能性もあるし、映画って辻褄が合っていればそれでいい、というものでもないですからね。そんな具合に、お話の構造こそ同じでも、それ以外の部分はかなり違うぞ、ということに気づいてからは、オリジナルに「寄せる/寄せない」みたいなことを気にせず、自由につくれるようになっていった気がします。
最近の時間に対する感覚をお伺いしたところ「宮藤さんと違って『時間が足りない』とは思わないんですけど、1日1日が年々早くなっているのを実感してます。『あ、もう今日終わりだ!』って毎日思ってますからね。しかも最近は、それが『1週間が早い』になりつつあって。そのうちに、『1ヶ月が早い』『1年が早い』みたいになっていくんでしょうね……」とご回答いただいた
オリジナル版との違いといえば、ある日突然に失踪した「ハジメ」の父親の描き方に、『1秒先の彼』ならではの独自性を感じました。
山下:オリジナル版にも登場するキャラクターで、ちょっと不思議な存在感を放っていましたよね。でも、いろいろと謎が多くて、やっぱり心のどこかで引っかかりを感じていたんです。失踪した理由も、オリジナル版ではわかるようなわからないような、微妙な感じだった。なのでぼくらのバージョンでは、先ほどの「早く生きているわけでもなければ、遅く生きているわけでもないノーマルな人々」と同様に、父親をもう少し突っ込んで描いてみることにしました。それによって、ハジメが父親の蒸発をきっかけに大学受験に失敗して郵便局員になったことや、ハジメの母が1人でずっと夫の帰りを待っているという設定が、より具体的に、実体をともなうものとして描けたんじゃないかなと思っています。
—家族というものを掘り下げたことで、「時間」の不可逆性みたいなことも含めた、人生のビターな側面が際立っていたように思います。
山下:そう言ってもらえて嬉しいです。家族の話をちゃんと描けたことで、作品にぼくたちならではの膨らみを持たせることができたかな、と。そういったことも含めて、オリジナル版と見比べてもらっても楽しい映画になったんじゃないかなと思っています。
宮藤:日本のお客さんもそうだし、台湾の人が見てどう思うのかも、すごく気になりますね。楽しんでもらえたら嬉しいなぁ。