Text by 生駒奨
Text by 稲垣貴俊
『ミッドサマー』(2019年)『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』(2022年)などで知られるA24が手がけた映画『Pearl パール』。「映画史上、もっとも無垢なシリアルキラー」というコピーがあらわすとおり、ひとりの女性が連続殺人鬼となるまでのホラー映画だ。
本作は、ミア・ゴスが主人公のマキシーンと老婆パールを一人二役で演じたスラッシャー・ホラー『X エックス』(2022年)の前日譚。しかしながら、物語はほぼ独立しているため、前作を観ていなくとも問題はない。
『X エックス』に続いて監督・脚本を務める気鋭タイ・ウェストは、今回はサスペンス・スリラーの形式で、主人公・パールの夢と挫折、その鬱屈した内面をえぐり出す。同じく続投した主演のミア・ゴスは、脚本も兼任し、圧倒的な人物造形で、殺人鬼の悲しみと怒りを余すところなく表現した。
「『X エックス』という映画の印象的な悪役」で終わってもよかった「パール」というキャラクターに、ふたりはなぜ魅了され、主役とした作品までつくりあげたのか? タイ・ウェストとミア・ゴスに直接取材し、制作過程を深く聞くことでその謎を探った。
1918年、テキサスの農場に暮らすパールは、映画スターに憧れながら日常を送っていた。彼女は厳格な母と、病気の父と3人暮らし。夫は第一次世界大戦に出征し、生死さえわからない。母の監視を受け、父を世話し、家畜の面倒を見る日々のなか、パールの楽しみは映画を観ることと、こっそりスターの真似事をすることだけだった。
『Pearl パール』は1918年を舞台に、『X エックス』に登場した老婆パールの若き日を描いたストーリー。脚本は『X エックス』の撮影前、2020年12月に完成しており、撮影は同じセットをリニューアルするかたちで、ほぼ連続で実施された。新型コロナウイルス禍の影響ゆえ、2作の撮影はニュージーランドにて行なわれている。
監督のタイは、「コロナ禍の最中、ニュージーランドは世界で唯一映画を撮れる場所でした。クルーを集め、アメリカそっくりのセットを建て、ビザを取得し、映画をつくることができたことは本当に幸運だったと思います。そこで、すべてを取り壊して帰国する前に映画を2本つくれないかと考えたんです」と振り返った。2作目で老婆パールの過去を掘り下げるアイデアも、すぐさま思いついたという。
タイ・ウェスト(写真中央)
1980年、アメリカ・デラウェア州生まれ。『The Roost』(2005年)で長編映画監督としてデビュー。『インキーパーズ』(2011年)『サクラメント 死の楽園』(2013年)といったホラー映画を数多く手がける。
タイ:パールの物語が面白かったので、前日譚をつくるのはどうかと思ったんです。そこで、ミア(・ゴス)に『もう1本撮れるならニュージーランドに残りますか?』と、そして『一緒に脚本を書きませんか?』と尋ねたら、どちらにも同意してくれました。
A24が許してくれるか、ましてや連続で撮れるかはわかりませんでしたが、ニュージーランドで2週間の強制隔離期間があったので、ホテルで良い脚本を書き上げられたら実現するかもしれないと思ったんです。だから作業は大変だったけれど、挑戦する価値はありました。何度もミアとFaceTimeで話し合い、メモを送り合いながら、一緒に脚本を書いたんです。
完成した脚本をA24が気に入ってくれたので、それから2か月間かけて、この2本を連続で撮りたいんだと説得しました。
若いパールの運命を狂わせるのは、映画の世界への憧れと、スターになる夢だ。町の映画館で映写技師と出会ったパールは、時を同じくして、地⽅を巡回する舞台のオーディションを知り、駄目元で挑戦することを強く望む。
ミア・ゴス演じるパール。隠れて母のドレスを纏い、銀幕デビューを妄想する日々を送っていた
しかし、パールの⺟はそれを許さず、彼女が恩知らずだと毒づき、散々に罵倒すると、「お前は⼀⽣農場から出られない」と吐き捨てた……。
「毒親」と形容しうる抑圧的な母親や家族との関係、裕福な夫の実家との格差、そしてスペイン風邪が流行する第一次世界大戦下で、パールの精神は少しずつ追いつめられていく。1918年を描きながら、本作のテーマやモチーフは現代社会をそのまま写し取るかのようだ。しかし監督によると、これは当初から意識したものではなく、パールというキャラクターに導かれて生まれたものらしい。
タイ:僕は脚本を書く前にテーマを考えることはしないんです。ただし『X エックス』の脚本を書き終え、年老いたパールのことはわかっていたので、そこからどんな映画になりうるかと逆算していきました。
まずは彼女の若かりしころ、1979年の60年前はどんな時代だったのかを考えたんです。当時はスペイン風邪が流行していて、それがコロナ禍と重なったのは奇妙な偶然でした。やがて、パールと周囲の関係がどうなっていくのかがわかり、ミアとアイデアを交換し、作業を進めていくうちに、さらに変化していった。執筆を進めるにつれて内容が洗練されたんです。
だから、この映画に出てくるテーマは、どれも僕自身が最初から書こうと思って書いたものではありません。
物語とキャラクターを創り出したキーパーソンであり、タイが全幅の信頼を寄せるのが、主演・共同脚本のミア・ゴスだ。しかし、ミアが脚本面でどんな作業をしたのかはわからない。彼女自身が「私のアイデアはこれとあれで……なんてことを話すのはナルシスティックで変な感じがするから」と回答を避け、監督も「ミアは大きなアイデアに関わっていますが、アイデアは影響を与え合うもの。具体的な話をするのは難しい」と語っているからだ。
もっとも2人は、今回の作業は「コラボレーション」にほかならなかったと口を揃える。タイは「パールというキャラクターへの徹底的な取り組みが共同作業の大部分だった」と言い、ミアの献身ぶりに賛辞を送った。
鬼気迫る演技でパールを演じたミア・ゴス。
タイ:役柄や演技への取り組みは、特定のシーンや台詞、設定ではなく、コラボレーションから行なわれるもの。ほぼ全ショットに登場するキャラクターを演じ、映画そのものを背負い、あれほどのパワーで前進させることは、ミアが作品にゼロから参加していなければ不可能だったと思います。映画から僕の声だけでなく、ミア本人の声が聞こえるように感じられるのがコラボレーションの醍醐味です。
興味深いのは、ミアと監督のあいだで、パールの人物像について時に意見が分かれることだ。本作はパールを取り巻く厳しい環境を描きながら、もともと彼女に独自の倫理観があったことも示唆する。結局、彼女が殺人鬼になったのは、そうした倫理観に左右された部分もあったのだろうか? この質問に、監督は「(環境と倫理観の)両方が原因だったのかもしれない」と答えたが、ミアはすぐさま「私はそうは思わない」と応じた。
映画序盤で、パールはガチョウを躊躇いなく刺し殺し、ワニに食わせてしまう
ミア:彼女はそんなふうに生まれてきたわけではないと思います。映画のラストに見えるのは、人生の苦しみや、彼女に蓄積されてきた怒りや憤り、失望や嫉妬です。パールは農場に暮らし、孤立した環境で育ったから、もうそれらに耐えられなかった。
彼女は友達もいなければ、仲間から学ぶことも、困難な状況を切り抜けることもできず、人生の苦痛に対処する方法も知らなかったんです。とにかく運に見放されてしまい、問題に正しく対処できなかっただけ。私は彼女が悪い人間だとは思いません。
私は作品について考えるとき、たとえば「有害な人間関係」といった大きな分類で考えることはしません。もっと焦点を絞り、近視眼的にものを見て、私自身が愛着を持てる、まるで米粒のように小さな何かを探すような感じ。そうすることで登場人物に共感し、彼女を本当に生きている人間のように思え、脚本に命を吹き込むことができるから。
劇中には、パール役のミアがすさまじい演技を見せるシーンがいくつもある。母・ルースや、夫の妹・ミッツィーに自分の想いを吐露する場面は、スリラー映画らしい恐怖演出よりも観客の視線を惹きつける本作の見せ場だ。
なかでも終盤の長台詞は圧巻だが、意外にもミアと監督は、この場面についてほとんど話し合わず、またリハーサルもしなかったという。
ミア:私は『X エックス』でマキシーンと老いたパールを演じたときの準備と作業、それから本作の脚本を手伝ったこと、そして本作の撮影で経験したことを信頼していました。あのシーンの撮影は全体の最終週だったので、この(シリーズの)世界と、私自身を信じることができたんです。
うまくいけば、いままでのすべてがひとつになり、私を通じて見えてくるだろうと思っていました。
本作の準備中、ミアは監督に尋ねられ、印象に残っている映画として、スティーヴ・マックイーン監督の『HUNGER/ハンガー』(2008年)を挙げた。ミアがとくに感銘を受けたという、主演のマイケル・ファスベンダーによる長台詞の場面はワンショットで撮影されている。同じくタイも、パールの長台詞をワンショットで撮りきることを決めていた。
タイは「僕の仕事は演技の邪魔をしないことと、何も間違えていないのを確かめることでした。とにかく、すべての演技を確実に撮っておきたかったんです」と語る。撮影は6テイクほど重ねられ、映画本編には4テイク目が採用された。
ミア:演技について監督と話し合うことで、必ずしも作品が良くなるとは限りません。とことん話し合うことが、結果的にその演技を壊すこともあるから。
私が思うに、演技とは頭でなく感情で考えるもの。役者が自分の役柄とつながり、その役が生きる世界を理解し、そして自分の仕事をきちんと制御できていれば、それらはすべて演技に表れます。そして、自分と役柄が感情面、あるいは精神面でつながっていれば、なにか特別なことが起きるかもしれない。
演技のプロセスや体験を言葉にすることは――まるで自分が別の空間に存在するような、あの特別な感覚を言語化することは――ものすごく難しいんです。その領域に一瞬でも到達できたら、そのときは最高の気分になれるんですが。
本作を経て、さらにタイ&ミアのコラボレーションは続く。『X エックス』『Pearl パール』に続く3部作の完結編『MaXXXine(原題)』は、『X エックス』の主人公・マキシーンの「その後」を描く物語。すでに撮影は終了しており、ミアは「本当に楽しい撮影でした」と笑顔を見せた。
タイ:『X エックス』と『Pearl パール』がそれぞれ異なる映画だったように、『MaXXXine』はいままでの2作とも大きく違った映画です。人生の新たなステージにいるマキシーンの、新たな進化と視点を描きました。
ただし、「映画を扱う」という3部作の連続性、主人公の「成功したい」という願望は共通するテーマ。できる限り秘密にしておきたいので、まだあまり話せることはないのですが、とにかく今回とはまったく異なる映画になります。