2023年07月03日 10:01 弁護士ドットコム
「盗聴されている」「電磁波攻撃を受けている」「集団ストーカーの被害に遭っている」。幻覚や幻聴が特徴的な精神疾患・統合失調症を患った人たちがそんな相談を探偵会社に持ちかけ、何十万円、何百万円という法外な料金をとられて「カモ」にされるケースが多発している――。
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弁護士ドットコムニュースで2017年10月8日に配信された拙記事「統合失調症の患者がカモにされる現状に憤り…探偵会社が医療機関につなぐ新たな試み」では、「総合探偵社フォーチュン広島」の社長、重川亮さん(49)がそんな探偵業界の暗部を明かしてくれ、大きな反響があった。
重川さんは、統合失調症の人から冒頭のような相談があると、悪い探偵会社に騙されないように医療機関に連れて行く活動もしてきたが、「あの記事以後も統合失調症の人を騙す探偵会社は減らず、むしろ増えています」とのこと。
実際、昨年(2022年)11月には、東京都の探偵会社の社長らが、相談者たちが心神耗弱状態であることにつけこみ、不当に調査料を支払わせたとして準詐欺容疑で警視庁に逮捕されたことが大きく報道された。この問題の現状について、改めて重川さんに聞いた。(ノンフィクションライター・片岡健)
――前回の記事は今も多くのアクセスがあるそうです。
僕のもとにも統合失調症の人の家族から「病院に連れて行けなくて困っています。どうすれば連れて行けますか」などと相談がくることが増えました。記事の影響だと思います。そういう相談には、基本的に「まずは一回、あなたが一人で心療内科や精神病院に相談に行ったほうがいいです」と助言しています。
たまに北海道など遠方の人から「お金を出すので、来てもらえませんか」と相談されることもありますが、それはお断りしています。うまくいかない可能性が圧倒的に高いからです。
僕がこれまで統合失調症の人たちを医療機関に連れて行こうとして成功したのは、全体の3割くらいです。本人と1回会っただけで成功したことは無く、何回も本人と会って関係を築いてもその程度の成功率です。県外の人への対応は無理なのです。
――前回の話では、統合失調症の人は病気の自覚がないので、本人に直接「統合失調症かもしれないので、病院に行きましょう」などと言ってはいけないとのことでしたね。
実は前回の記事以来、統合失調症と思われる人からのクレームも増えています。クレームはほとんど電話で、「あなたは日本の闇を何も知らない」「集団ストーカーや電磁波攻撃は存在するのだ」「統合失調症という病気は存在しないのだ」などと言われています。長野県からわざわざ文句を言いに来られた女性もいました。
そういう人たちに対しては、「尾行にもお金が必要ですよ。四六時中、5年も10年もあなたを尾行しているストーカーの人たちは生活費をどうしているのですか」などと遠回しに被害妄想であることを説明したりもしますが、絶対に納得してくれません。「集団ストーカーは日本という国がやっていることです。あなたみたいな一介の探偵が知る由もないのです」などと凄いことを言われます。
――そういう人は周囲に手を差し伸べてくれる人はいないのでしょうか。
家族とは縁が切れていたり、社会との関係が壊れていたりして、手を差し伸べてくれる人がいないケースが多いのが実情です。
一方で高校や大学の先生、大企業に勤務している人など、社会的には「マトモ」と思われている人もいます。そういう人は被害を訴えるのに、「こういうことを言うと、頭がおかしいと思われるかもしれないですが、本当なのです」などという言い方をされるので、それは妄想だと言いづらかったりもします。
電磁波攻撃の被害を訴えてこられたある会社の社長さんは、人徳があるため、周囲の人たちが「社長さんの言うことが妄想なわけがない」と言って、マイクロ波で人を攻撃できるとか、社長さんの妄想を肯定する情報ばかり集めてきて、にっちもさっちもいかなくなっていました。
――準詐欺罪で逮捕された東京の探偵会社の社長らは、「電磁波攻撃を受けている」などと相談してきた人たちに対し、「誰かが故意に電磁波を出している可能性がある。犯人を特定しましょう」などと言って約80万円の調査料を支払わせていたそうですね。警視庁はこの会社が心神耗弱の相談者215人から合計約1億3000万円を得たとみているとも報じられています(※)。
探偵会社が統合失調症の人を騙すには、ホームページなどで「集団ストーカーを撃退する」「電磁波攻撃に対処する」「盗聴器を発見する」という3つをうたっておけばいいのです。統合失調症の人たちは探偵会社に相談する際、「この苦しみから逃れたい」と、すがるように電話しますから、探偵会社側からすると、人間関係をつくりやすく、騙しやすいのです。
その探偵会社がどうやって1億3000万円も得たのかはわかりませんが、被害者の人たちは探偵会社を信じているはずなので、被害者の家族が動いて警察が捜査に乗り出したのだと思います。こういう探偵会社があるせいで統合失調症の人が医療につながるのが遅くなるのが一番の問題です。
――統合失調症の症状は人それぞれのはずなのに、なぜ、みんなが「集団ストーカー」「電磁波攻撃」「盗聴」の3つの被害を訴えるのでしょうか。
統合失調症には、妄想や思考障害、認知機能障害などの症状があり、これらが組み合わさって患者の人たちは非合理的な思考をすると言われています。なぜ、そのみんなが同じ被害を訴えるかというと、大きなポイントがネットです。
たとえば、「誰かに監視されている」という妄想に囚われた人がネットで検索すると、同じ被害を訴える人たちが集まるサイトがありますし、YouTubeやTwitterで同じ被害を訴えている人も多数います。そうやってネット上で同じ症状に悩む人同士が知り合い、情報交換を重ね、妄想の内容が統一化されていくのです。
――ストーカーや電磁波攻撃、盗聴に悩む人は、探偵ではなく、警察や弁護士に相談することも考えそうですが。
警察や弁護士にも相談しますが、警察は証拠が無いと動けませんし、それは弁護士も同じです。警察や弁護士が逃げ口上で「証拠が見つけられないか、探偵に相談してみたら」と勧めることもあり、統合失調症の人の相談が探偵に集まりやすいのです。弁護士にも統合失調症の人をカモにする人がいると聞いたこともありますが。
――前回の話では、統合失調症の人が家のすべての部屋に防犯カメラをつけているなど、探偵以外の業種にもカモにされている例があるとのことでしたが。
メルカリなどで、ただの金属片を「電磁波対策」とか「思考盗聴防止」とうたって2000円や3000円で売っている人がいます。そういう人は被害妄想や思考障害など統合失調症の人の症状を熟知し、「こういうものを売れば、必ず買ってくれる」とわかっているのだと思います。
――メディアも以前に比べ、この問題を扱うようになった印象がありますが。
取り上げてはくれますが、核心に踏み込んだ報道はないです。なぜ、統合失調症の人がこういう被害を訴えるのか。なぜ、探偵会社がそのニーズに気づいて騙しているのか。そこまで踏み込まないと読者や視聴者は理解できないと思います。
――探偵業界の内部から改善できないですか。
僕も探偵業の健全化を目指していた時期もありますが、今は諦めています。あまりにも多くの探偵会社が統合失調症の人たちを食い扶持にしているからです。メディアが核心に踏み込んで報道する場合、統合失調症の人への配慮は必要でしょうし、新聞だと一面、二面で足りないでしょうし、難しいと思います。それでも、一番の解決法はメディアがこの問題を発信していくことだと思います。
※朝日新聞東京本社版2022年11月3日朝刊36面。この探偵会社の社長はその後、詐欺罪や特定商取引法違反(不実の告知)でも逮捕され、今年4月、東京地裁で懲役3年(執行猶予5年)、罰金100万円の判決を受けた。
【取材協力】 重川亮(しげかわ・りょう) 「総合探偵社フォーチュン広島」代表取締役社長。一般社団法人「日本調査業協会」広島県支部副支部長。統合失調症の疑いがある依頼者を医療機関につなげる活動は、盗聴器探しなどの依頼のアフターフォローとして無料で行っている。この活動の実体験や探偵を綴ったエッセイを雑誌「統合失調症のひろば」(日本評論社、現在は休刊)で2016年春号から2022年秋号(現時点での最新号)まで連載。
【ライタープロフィール】 片岡健(かたおか・けん) 1971年生まれ。全国各地で新旧様々な事件を取材している。ひとり出版社「リミアンドテッド」代表。著作に桶川ストーカー殺人事件の実行犯・久保田祥史氏の獄中手記をもとにまとめた編著「もう一つの重罪」など。