Text by 松永良平
Text by 山元翔一
Text by 小林光大
坂本慎太郎と青葉市子。その音楽性から2組をあわせて聴いているリスナーは少なくないのではないか、と思う。じつはこのふたり、対面は実質二度目。前回の現場は小山田圭吾のプロジェクトで、およそ10年前に遡る。
そんなふたりの初対談が『FESTIVAL de FRUE』企画で実現。今年7月8日開催の『FESTIVAL FRUEZINHO』立川公演に出演する青葉市子、2022年に出演した坂本慎太郎は、ともに国内のみならず海外からの支持も厚いことから、対談は「両者の歌が国境を越えて聴かれる秘密」をテーマに話が展開した。
ストリーミングサービスの登場をきっかけに少しずつ状況が形成され、2023年現在、国内外に数百万、あるいは1,000万規模でリスナー数を抱える日本のアーティストも出てきている。しかし、坂本慎太郎と青葉市子の「歌の広がり方」はそういったケースとは異なると言えるだろう(※)。
その様子を対談の司会と執筆を担当した松永良平は「放射状に、濃いまま遠くに届く」と表現しているが、本稿にはまさにその「秘密」にまつわる発言が散りばめられている。『FRUE』の主宰・山口彰悟も交えつつ、お互いの海外ツアーの裏話を含む音楽活動から『FRUE』とゆかりの深いブラジル音楽の話まで、ふたりは初めて語りあった。
ーおふたりの出会いというと?
青葉:同じフェスティバルとか、同じ場所にいたことはあるかもしれないんですけど、お会いして、ちゃんとお話をしたのは、作曲が小山田圭吾さん、作詞が坂本さんで、私が歌唱させていただいたアニメ『攻殻機動隊』のエンディングテーマだった“外は戦場だよ”という曲のレコーディングでした。10年ぐらい前ですかね。
坂本:でも、あのときほとんどしゃべってないですよね?
青葉:ご挨拶して、声の乗せ方がこれでいいかどうかを小山田さんと一緒にチェックしていただきました。お会いするのはそれ以来になりますね。
左から:坂本慎太郎、青葉市子
青葉:私は失礼ながら、あのときまで坂本さんを存じ上げてなくて、小山田さんにお引き合わせいただいてはじめて知ることができたんです。ゆらゆら帝国を解散されたのって2010年でしたっけ?
坂本:そうですね。
青葉:私のデビューが2010年なんです。ちょうどすれ違っているというか、入れ替わるような感じで。
坂本:2010年にデビューということは、あのとき3年目ぐらいだったんですね。
青葉:そうです。自分の作品はまだ2、3作ぐらいしか出してない時期だと思います。
ー“外は戦場だよ”は、Corneliusのサウンドと坂本さんの言葉を借りて、青葉さんの声もひとつの楽器のように鳴っているのがすごく印象深い曲でした。青葉さんの音楽に異なる側面を見た曲として最初のほうの体験でした。
青葉:弾き語り以外のサウンドで、ってことですよね?
ーはい。
青葉:そうだと思います。
ーご自身にも印象深い記憶として残ってます?
青葉:新しい扉がパカッと開いた感じはありましたし、とても楽しく取り組ませていただきました。
青葉市子(あおば いちこ)
音楽家。1990年1月28日生まれ。2010年デビュー、これまでに7枚のオリジナルアルバムをリリース。2020年、自主レーベル「hermine」(エルミン)を立ち上げ、体温の宿った幻想世界を描き続けている。代表作、架空の映画のためのサウンドトラック『アダンの風』。世界ツアーでコンサートを行ないながら、ラジオDJやナレーション、CM・舞台音楽の制作、芸術祭に参加するなど、さまざまなフィールドで創作を行なう。2022年公開、映画『こちらあみ子』では劇中音楽と主題歌を担当し、 『第77回毎日映画コンクール』において音楽賞を受賞。
青葉:あの曲、メロディーはもちろん美しいんですけど、歌詞にもとても力がありますよね。昨日も坂本さんやゆらゆら帝国の楽曲をずっと聴いていたんですが、歌詞がものすごく入ってくるんです。坂本さんは歌詞から先に書かれますか?
坂本:違います。いつも曲が先です。“外は戦場だよ”はほとんどアレンジもできていて、最後に言葉をはめただけって感じでした。いつもそんな感じなんですよね。
青葉:ご自身の楽曲もですか?
坂本:僕のもそうですね。歌詞からってことはないです。
青葉:あ、そうなんですね。私は逆で、歌詞というか物語みたいなものが最初にあって、そこからメロディーと伴奏をギター弾き語りで同時につけていきます。
坂本さんの曲を聴きながら歌詞を読むと、こんなにメロディーと言葉がぎゅっとフィットしているから、きっと歌詞が先の方なのかなって勝手に思ってしまってたんです。
坂本:違うんですよ。
坂本慎太郎(さかもと しんたろう)
1967年9月9日大阪生まれ。1989年、ロックバンド・ゆらゆら帝国のボーカル&ギターとして活動を始める。2010年、ゆらゆら帝国解散後、2011年に自身のレーベル、「zelone records」にてソロ活動をスタート。2022年6月3日、6年ぶりとなる新作『物語のように (Like A Fable)』を発表。さまざまなアーティストへの楽曲提供、アートワーク提供ほか、活動は多岐に渡る。
青葉:びっくり、驚きです。“外は戦場だよ”は<しのびよる 黒い雲>という歌詞からはじまりますけど、やっぱりその前に起きた社会の出来事っていうのを思い返さずにはいられないと思っていました。まだ震災が起きてすぐのムードがあったと思うんですよね。
私、坂本さんの歌詞に、いま生きている人たちを置き去りにしないバランスがあることに本当にすごく感動したんです。私は夢で見たことをそのまま追いかけて、遠くまで行っちゃった歌詞にして、人を置き去りにすることも結構あるんですよね。坂本さんの歌詞は、そういうことをしない。すごくあたたかいなって思いました。
ーほかにも印象に残っている坂本さんの楽曲はありますか?
青葉:いっぱいあって選びきれないんです。『物語のように』(2022年)もすごく好きで、“スター”、“愛のふとさ”、“恋の行方”とか、全曲好きなんです。すごく身近な存在、家族だったり、愛する人だったり、好きなものやことを等しく見ているところにジーンとしたんですよね。
青葉:それは“外は戦場だよ”を歌わせていただいたときから、感じとっていたカラーでもありました。salyu×salyuで作詞されていた曲(※)でも、思い返せば同じような印象を持っていたなと思いました。
ゆらゆら帝国だと“昆虫ロック”(1998年発表『3×3×3』収録)も好きです。昨日聴いていて、しびれました。なぜなんだろう。昆虫好きだから?
ー坂本さんは当時、青葉市子さんの印象はどういう感じでした?
坂本:僕も最初に青葉さんを知ったのはやっぱりそのレコーディングでした。『攻殻機動隊』のシリーズで小山田くんと最初にやった曲(※)のときだったかな。「青葉市子さんっていうすごい人がいて、その人に歌ってもらうつもりの曲なんだ」って言われたのを覚えています。
実際に歌ってもらったのを聴いたら、やっぱりすごくいいなって思いました。自分でもあの曲はすごく気に入ってます。あと、青葉さんのあのピンクのアルバム(2013年発表の『0』)はすごく好きです。
青葉:そうなんですね、ありがとうございます。
坂本:あのアルバムに入っている“いきのこり●ぼくら”が、すごくいい曲だなと思ってます。自分が京都でラジオ番組(α-STATION『FLAG RADIO』)やってるときにもかけましたね。
坂本:ただ、最近の活動を追ってなくて。今回、この対談の話がきたから、最近のライブ動画とかをいろいろ見たんですよ。そしたら外国とかいろいろ行ってますよね。弦の人と一緒にやった演奏もすごいなと思いました。あと玉置浩二さんとデュエットしている動画があって。それがなんかめちゃくちゃよくて、すごいなと思いました。
青葉:玉置さんとはテレビ番組(2021年放送のNHK BSプレミアム『玉置浩二ショー』)でご一緒したんですけど、「何をしてもいいよ」みたいな自由な感じだったんです。
ー青葉さんはコロナ禍のあいだにも2021年、2022年と精力的に海外ツアーにも出向かれていましたね。
青葉:ついこのあいだもイギリスツアーに行ってました。コロナ前もちょこちょこ行ってたんですけど、コロナ禍になってからのほうが外に出てますね。飛行機ガラガラのときとか。
坂本:へー。コロナ禍でも行ってたんですね。
青葉:海外のエージェントがいるので場所を選んでくれたり、フェスティバルがいくつか決まってるなかで、あいだのスケジュールと都市で行けるところで組んでくれたりして、ぐるぐるしてますね。感染対策はもちろんしていたんですが、大丈夫かなって自分でも思うぐらい行きまくっていました。でも、行ってよかったです。いま振り返ると。あのときに外の世界を見れてよかった。
ー坂本さんはゆらゆら帝国をやっていた2000年代から海外ライブは経験されてきました。
坂本:そんなにめちゃくちゃいっぱいやってるわけじゃないですけどね。ソロになってからはずっとライブ自体やってなかった。
2017年の秋にドイツで初めてライブして、そこから日本でもやるようになったんです。2018年、2019年にはわりと海外に呼ばれて行ってたんですけど、僕は青葉さんとは逆で、コロナになってからまったく外国には行ってないんです。6月のメルボルン公演(『RISING』)はすごく久しぶりの海外です。
ー青葉さんも坂本さんの1週間前に出演されるフェスですよね。青葉さんは海外でのライブが増えてきて、そこから受けている影響はあると思いますか?
青葉:とてもあります。
坂本:ツアー生活は結構大丈夫なタイプですか?
青葉:はい。Airbnbとかで、マネージャー、カメラマンもみんなで雑魚寝したり。おもしろいですね。家族っぽくなっていくので、みんな。
坂本:勝手にそういうイメージじゃない感じで、なんとなく思ってたのでちょっとびっくりしたんですよね。
青葉:え、どんなイメージだったんですか(笑)。
坂本:いやもうちょっと家にいるイメージっていうか。ツアーで、ひとりでギター持って海外回ってる印象じゃなかったですね。
青葉:昔はそうでした。でもいまは、ステージの上にいるときが、私は心身ともに一番健やかなんです。
青葉:ずっと同じ場所で引きこもっちゃうと、なんか変なゾーンに入ってしまうから、ステージってありがたいなって思ってます。坂本さんは違いますか?
坂本:ステージの状態は……えーっと、本当になにも考えない状態になれると一番いいですね。自分で自分が「なにやってるんだろう?」と思うような。
青葉:自動演奏機っぽい感じですか?
坂本:そうですね、全然心もこもってなく、ただ演奏しながら「いまなにやってるんだろう?」みたいになる感じがいいです。それをキープしたいんですけど、なんかいろいろ考えちゃうと失敗したり、普段の感じになっちゃう。なかなか難しいですね。
ー青葉さんにとってのステージ上での健やかさとは、どんな状況なんでしょうか?
青葉:なんでしょうね。いま坂本さんがおっしゃったことと、わりと近いと思います。音楽に完全に食べられてる状態というか。
ゾーンって言ってもいいんですけど、音楽に自分を委ねられている状態に入ると、「自分がこうしたい」とか「こういう音楽であるべき」みたいな方向から全部導かれて脱することができる。その場所がステージ。だから、ステージの上って私にとって神聖な場所なんです。ツアーだと毎日そこに立つことができるし、自分と音楽が直結して、ただの管みたいになれる。すごくありがたいですね。
坂本:わかりますそれ。自分のなかを音楽が通過してるだけ、みたいな感じになる。なにも考えなくて、勝手に手が動いて、歌を歌ってるんですけど、それが結構気持ちいいんですよね。
青葉:回復していくんです。体力を使ってるはずなんですけど、すごい満ちてきて、目でもお客様の興奮してる姿や笑顔を見てエネルギーをチャージしていけるので、ツアーってありがたいなって思って回っています。
ー海外オーディエンスの様子はどうですか? やはり日本よりダイレクトだと思うんですが。
青葉:そうですね、感情の出し方がストレートなところがありますね。日本でコンサートをすると、私がギター持ってステージに出てきても、しーんとしている。そういう奥ゆかしいところで育ってきた身としては、出ていっただけで黄色い声援が飛んでくることに最初すごく驚きました。
「出るとこ間違えたかな?」って思っちゃうほどだったんですけど、それにもだんだん慣れて、応えられるようになってきて。おじけづかずに「こんにちは」って、だんだんいけるようになってきました。
ー坂本さんは以前の取材で、ゆらゆら帝国のころと近年のソロでの海外ライブでは、リスナーたちの感覚が変わってきてるんじゃないかと話していましたよね。
坂本:そうですね。昔は海外ではどこに行っても全然知らない人の前に出ていって演奏を見せて、その場で引き込んでいって最後に「よかった」って言われる、という感覚だったんです。
でも、ソロになって海外行くようになった2017年以降は、もうあらかじめ僕を知っている人たちが集まって、出ただけでワーッてなったり、曲も合唱したりするから結構びっくりしました。メキシコですらそういう人がいるから、やっぱそれってYouTubeとかストリーミングとかによって音楽の境がなくなったのかなと思ってます。
青葉:YouTubeとかSpotifyとかApple Musicとか、本当にすごいですよね。普通に生きていたら出会わないであろう中学生ぐらいの子たちとかが海外で普通に友達みたいに話しかけてきてくれますし。インターネットが出てきてよかったことですよね。
ーたとえばサビが英語じゃなきゃダメだとか、海外の人にもわかりやすい部分を持たないといけない、みたいに言われていた時代がかつてはあったんですけど、いまむしろそうじゃなくなってる。直接音源や情報の摂取がしやすくなってるってことも大きいでしょうね。
坂本:アメリカでウケるためには英語じゃないとダメだって言われた時代もあるんですけど、もはや言葉は全然関係ないんだなって思いました。
青葉:海外でも日本語で全部歌われていますか?
坂本:はい。
青葉:私も、日本語のほうがむしろ伝わったりすることがあると思っていますし、みなさん歌ってくださりますね。
―それも「日本語で」ですよね。
青葉:はい、日本語で覚えてくれていて、一緒にステージで歌っていただきたいと思うほどです。フランスの地方のパブとかだと、みんなもうスタンディングで距離も間近で。そんなふうに待ってくれてる方々がいると思うと、本当にあたたかい気持ちになりますし、音楽って本当にすごいなって思います。
青葉:言葉がわからなくてもこれだけ共鳴できるってすごいことですよね。人類があまり言葉に対して壁を感じなくなってきているというか、肌感覚みたいなものを信じてる人たち増えてきている気がしていて。とてもいい流れなのでは、と私は思っています。
坂本:海外のお客さんはなんかわかってる感じもしますよね。言葉は理解できなくても歌詞の内容が伝わってるような感じ。なんか不思議ですよね。
青葉:メロディーとコード感とか音数の感じとかからなにか理解してくれているんでしょうね。わざわざ言葉で表さずとも、音色が持っている景色が存在していて、聴いている人たちは各々の思い出などをその景色に重ねながら接続していく、みたいな感覚かも。私たちは聴いている人の心のなかに音楽ではしごをかける役割のような感じがちょっとしています。
坂本:自分も日本語以外の曲は歌詞を理解しないで聴いてるんです。だけど、声と歌い方にその人の考えてることとか、情報みたいなものが全部詰まってる気がする。いい感じの音楽やってるなって思っていた人に会うと、やっぱりそのまま印象がつながってることも多いし。
ーそうなんですよね。声が持ってる情報量ってすごい。
坂本:歌が上手いとか下手とかじゃなくて。
青葉:生きざまみたいなものが出ちゃうんですよね。
ー毎年秋に静岡県掛川市で開催されている『FESTIVAL de FRUE』の初夏のスピンオフ『FESTIVAL FRUEZINHO』が7月に開催されます。坂本さんは去年、青葉さん今年の出演です。坂本さんが去年出られた印象はいかがでしたか?
坂本:立川ステージガーデンという会場にはあのとき僕も初めて行ったんですけど、すごく綺麗なホールで、しかも2階席の後ろが全部開くんですよね。その先が芝生で公園になってる。逆にその広場から建物を見ると、目の前に穴があって、その奥にステージがあるみたいな感じ。まずそのシチュエーションはすごいいいなと思いました。
去年は4組出てたんですけど、それぞれみんなすごくよかったし、お客さんも独特でしたね。日本でやってるんだけど、なんかこんな感じのイベントはほかにはないな、と感じました。
坂本:ちょっと外国でやってるライブっぽい客層なんですよね。たとえば、曲の途中でもサックスソロが終わると、ワーッと拍手が出るみたいな。ライブを積極的に楽しんでる感じなんです。外国だと結構そういうのはあるんですけど。
最初がcero、次がブルーノ・ペルナーダス、そして僕らで、サム・ゲンデルとサム・ウィルクスのふたりだけ。だんだんステージ上の人が減っていって、最後ふたりになって、演奏もどんどん静かになって。でもお客さんはみんな最後まで楽しんでいて、あれはよかったです。すごく静かな演奏でもお客さんは楽しんでるし、騒いでるわけじゃなく盛り上がってるんですよね。なんですか、あれは『FRUE』のお客さんってことなんですか?
山口:そうですね。坂本さんのお客さんもたくさんいたと思いますが、『FRUE』のことが好きなお客さんも結構いたと思います。お客さんには我々もいつも驚かされるのですが、本当に音楽好きな人が集まっていて、ちゃんと聴いて、ノるところはノるみたいな感じはあります。それから、音響は最新のd&b audiotechnikのスピーカーを仕込みましたし、照明や演出も派手にせず音楽に集中できる環境や空間ができているのも理由のひとつではと思います。
坂本:あの感じはあんまり日本のフェスでは経験したことない……あ、でも日本のフェスほとんど行ったことないんだった(笑)。
ー(笑)。普通のフェスは有名なバンドやアクトが盛大に盛り上げて終わるお約束が少なからずあると思うんですけど、去年の『FESTIVAL FRUEZINHO』は一番実験的で、一番静かなユニットを最後に持ってきた。
山口:そうでしたね、あまり意識してなかったですけど。
サム・ゲンデル&サム・ウィルクス、『FESTIVAL FRUEZINHO 2022』より / Photo by Ebi Makoto
ー青葉さんは逆に『FESTIVAL FRUEZINHO』にはどういう印象を持ってますか?
青葉:シンプルにとても興味がありました。私、サム・ゲンデルさんは日本では見たことないんですけど、このあいだテネシーでちょうど同じフェスティバルに出たときに観れたんですよね。
そのときの彼のパフォーマンスはおもしろくて。即興セッションみたいなのを、彼のサックスとベースとギターの3人ぐらいでやっていて、音数も少ないし、静かな演奏なんですけど。さっき坂本さんがおっしゃったように、お客さんたちがすごい熱を帯びて集まってくるようなエネルギーがありました。そういうパフォーマンスを目の当たりにしたので、ぜひ見てみたいし、日本ではどんな演奏されるんだろうという興味もありました。
私、事前に勉強するのがあまり好きじゃなくて、共演者の方の作品は聴かずに「初めまして」を当日まで楽しみにとっているんですけど、ラインナップも日本のフェスティバルと一風変わってるところがあっておもしろそうですし、会場にも興味があって今回お引き受けしました。
ーサム・ゲンデルは『FRUE』発のスターみたいなところがあります。来日するたびにユニットが違いますしね。今回は、韓国からイ・ランも出演します。
青葉:イ・ランさんに久しぶりに会える!
ーあと今回の『FESTIVAL FRUEZINHO』で、アマーロ・フレイタスとBala Desejoというブラジル新世代の2組が初来日します。『FRUE』としては、これまでもエルメート・パスコアールのジャパンツアーや『FESTIVAL de FRUE』へのトン・ゼーの出演など、ブラジル音楽のレジェンドの招聘も実現させています。
アマーロ・フレイタス
ブラジル北東部ペルナンブーコ州レシフェ出身のピアニスト。これまで3枚のアルバムを発表し、いずれもアフロブラジルのマラカトゥやフレヴォなどの地元の音楽から影響を受けた斬新なアプローチは高く評価されている。最新作は2021年発表の『Sankofa』(Apple Musicで聴く / Spotifyで聴く)
Bala Desejo(バーラ デゼージョ)
ブラジル・リオデジャネイロの若手4人から成るグループ。メンバーは、カエターノ・ヴェローゾ『MEU COCO』(2021年)を共同プロデュースしたルーカス・ヌネス、ガル・コスタやミルトン・ナシメントと共演歴のあるゼ・イバーハ、ジャキス・モレレンバウムの娘としても知られるドラ・モレレンバウム、すでに2枚のソロアルバムをリリースするジュリア・メストリ。デビューアルバム『SIM SIM SIM』(2022年)で『ラテン・グラミー賞』最優秀ポルトガル語・コンテンポラリー・ポップ・アルバム賞を獲得するなど、いま大きな注目を集める(Apple Musicで聴く / Spotifyで聴く)
ー坂本さんは以前、O Ternoというブラジルのバンドともコラボをされていましたが、おふたりにとってブラジル音楽はどういう存在ですか?
坂本:ジョアン・ジルベルトとか、カエターノ・ヴェローゾとか、アストラッド・ジルベルトとか、昔の有名なボサノバは結構聴いてるんですけど、いま現役でやってる人っていうのはフェスで一緒になったO Ternoや、アメリカツアーのフロントアクトを務めてくれたSessaぐらいしか知らないんです。
ーブラジル音楽で「この1枚」という作品をあげるとしたら?
坂本:カエターノ・ヴェローゾとガル・コスタの『Domingo』(1967年)ですね。
ー青葉さんはいかがでしょう?
青葉:19歳ぐらいのときにジョアン・ジルベルトを教えてもらって、結構聴いていました。一番好きだったのは『Amoroso』(1977年)というアルバムのなかの“Estate”という曲です。オーケストラと一緒にやっている曲なんですけど、すごく好きで、その1曲を繰り返し聴いたりもします。
あと、ヤマンドゥ・コスタさんもブラジルの方ですよね。昨年、山形でご一緒したんですけど、そのときに、ギターを弾く手がダンスしてるようで、楽器を弾いている人ってよりは踊ってる人に見えて、すごく美しかったです。
あとは、アルゼンチンの方ですけど、キケ・シネシさんもとても好きです。7弦ギタリストなんですけど、鼻のスーッて息までが全部聞こえるくらい静かに弾かれる方で、彼もとても好きです。それぐらいしかまだ知らないです。どんどん知っていきたいんですけどね。
ー先ほど言葉がわからなくても肌感覚ではなにか伝わってくるものがある、といった話がありましたけど、おふたりはブラジル音楽からどういうものを感じとられますか。
坂本:さっきあげた『Domingo』の1曲目がめちゃくちゃいいんですよ。ボーカルと質感とが、もうなにも考えずに「あーいいな」と思える感じですね。なんていうんですか、めちゃくちゃ生々しいのに浮遊感があって。熱く盛り上がるっていうんじゃないんだけど、ずっと着地しない感じ、というか。
青葉:言葉で表現するのはすごく難しいんですけど、『Amoroso』は、とても穏やかな時間だったり、人生のなかでここぞというロマンチックな時間に聴きたいと思うアルバムなんですね。
そういうときに繰り返し選んで聴いてきたからこそ、記憶がそこに詰まっていて、再生するとそれが降ってくる。そういうタイムカプセルみたいな感じで聴いてる部分もあります。
ポルトガル語の響きの、滑らかだけど、ときどきコロコロしたりするあの感じも好きですね。日本語よりは少し弾んでいるんだけれども、奥ゆかしい響きは日本語とどこか共通するものがあるようだなと思います。
青葉:ジョアン・ジルベルトさんは発声の仕方が大変独特な方なので、誰かのために歌っているというよりは、独り言のように自分に訴えかけるようなんですよね。それがむしろ遠くまで届くし、素晴らしさがあるなと思って聴いています。
坂本:それはありますね。僕もちっちゃい声で歌ってるボーカルが大きくミックスされているレコードは基本的に好きだから。ブラジルにはそういうのが多いんですよ。なんか自分と距離が近い感じはします。
ー1960年代のブラジルで録音された音楽を聴く感覚と同じように、おふたりが2010年代、2020年代につくった歌を、数十年後にたとえばブラジルやスペインの若者が聴いて心を重ねることもあると思うんですね。いま海外でも作品が聴かれているおふたりが、どんなことを考えて歌をつくっているのかお話しいただきたいです。
坂本:僕から見ると、青葉さんはなんとなく自然に歌が出てきちゃうタイプの人に見えるんですけど、僕はそういうタイプのミュージシャンじゃない。
自分が好きな感じの曲が世の中にあって、自分でもそういう曲を作ってみたいなっていうことが原動力になっている。自分で買いたいレコードと並べて聴ける曲を自分でもつくってみたい、という感じなんです。
坂本:その感覚はちょっと言葉では説明できないんですけど、「明らかにいい感じ」っていうのは自分のなかにある。そこに向かってつくっていくと、同じようなのを好きな人がいろんな国にいて反応してくれる、みたいなことですね。
めちゃくちゃ自分の趣味にこだわってつくると、同じような感覚の人がいろんなとこにちょっとずついて、つながることがある。
山口:その感覚、『FRUE』のブッキングともちょっと似ている気がします。
坂本:いまってそういう音楽も見つけてもらえるじゃないですか。どこの国の誰かもわかんない人が家で宅録した500枚しかプレスしてなかったりするようなレコードでも、その500枚がピンポイントで好きな人に行き届いていく、みたいなことが起きる。
青葉:外に開こうとしてつくらずとも、自分の好きなことに集中していくと、その先でつながっていくことができるというのはよくわかります。
青葉:あんまり世間のいろんなとこに目を配らなくても、じつはここに世界への入口がずっとあったということが、わかりやすくなってきているなと思います。なにかに同調しなくてもいい。自分に集中していれば、つながるべき人がここにいる、みたいな感覚です。
坂本:集中していくと、逆に飛び越えて遠くまで行ったりする瞬間がありますよね。なんかブワーッて広がるんじゃなくて、全然違うところにピンポイントで飛んでいったりとか。
ー昔は広がるってことは、それこそ富士山のようにだんだんゆるくなって薄くなることだったけど、いまは放射状に、濃いまま遠くに届くというケースは結構ありますよね。『FESTIVAL de FRUE』であり、『FESTIVAL FRUEZINHO』って、そんな時代にフィットしたフェスなんだという認識が回を重ねるごとに強まってるように思います。単にボーダレスとかワールドミュージックという括りではない、現代的な広がり方、飛び方、溶け合い方がある。
青葉:そうですね。どこからどこまでがミュージシャンかっていう区切りも、だんだん溶けてきてるような気がします。音楽家って、どこからはじまってるんだろうとも思います。