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虛無顔の古代魚「サカバンバスピス」のファンアート急増、著作権問題どうクリアする?

2023年07月01日 09:41  弁護士ドットコム

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フィンランドにあるヘルシンキ自然史博物館で展示されている古代魚「サカバンバスピス」の模型が今、日本のネットで注目を集めている。


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虚無な表情や「ゆるキャラ」のような造形がその理由で、さまざまなイラストや動画、グッズをつくるファンが続出している。中には、現地まで訪れてツイートする人もいるほどの人気だ。



一方で、一部ユーザーから心配の声が上がっているのが、その「著作権」で、模型をもとにしたイラストやグッズを作成していいのかと悩む人もいる。



「サカバンバスピス」のファンアートは、著作権侵害になってしまうのだろうか。



●謎の古代魚、30年前に制作された模型だった

そもそも、「サカバンバスピス」はどのような生物なのだろう。ヘルシンキ自然史博物館の担当者は、弁護士ドットコムニュースのメール取材に対して、次のように説明する。



「サカバンバスピスはオルドビス紀(4億800万~4億400万年前)に生息していた無顎類の魚の仲間に分類されます」



現在、博物館に展示されているサカバンバスピスの模型は、1994年に恐竜の企画展のために制作されたといい、「すでに30年前の模型で、その後、科学は発展し、新たな研究や化石の発見があり、それに応じて古生物学的な復元も進歩しています」という。



30年間、博物館でひっそりと棲息していたサカバンバスピスだが、ある海外の研究者が2022年8月に画像をツイートして注目を集めたのが「再発見」のきっかけだった。その後、2023年6月に日本の自然科学系ニュースサイト「エピネシス」で紹介されて、人気に火がついた。







●実際の模型を見たユーザー「部屋の片隅にひっそりと」

国内のネットで人気が急上昇する中、サカバンバスピスの模型を見ようと、現地の博物館を訪れた人もいる。あしゅらん(@asyuran4810)さんもその1人で、サカバンバスピスの写真や動画をツイッターに投稿し、4万7000「いいね」を集めている(2023年6月29日現在)。







あしゅらんさんは、現地を訪れた理由をこう説明する。



「ヨーロッパ短期滞在途中でフィンランドに寄る予定でしたので、その時にツイッターで異様に盛り上がっていたサカバンバスピスの模型がヘルシンキにあると知り、一目見てみようとヘルシンキ自然史博物館を訪れました」



現地でのサカバンバスピスの模型は、どんな様子だったのだろうか。



「ヘルシンキ自然史博物館はわりと広く、少し探し回ってみたもののすぐには見つからなさそうでした。博物館スタッフにサカバンバスピスの画像を見せ博物館の3階にあることを教えてもらいました。 部屋の片隅にひっそりとあり、現地人は軽く見ただけで立ち止まらず通り過ぎていく人が多かったです。 大きさは20cmほどで思ったより小さかったですね」



あしゅらんさんがスタッフにサカバンバスピスの模型の画像を見せたところ、すぐに理解してくれたそう。日本での人気は伝わっているようだった。



「こんな小さい古代魚の模型が遠く離れた日本の地で話題になってるのはとても不思議に感じました。 ちなみに博物館内の展示はかなりボリューミーで、展示の質も高くじっくり見回ることができます。もし今度行かれる方がいるならサカバンバスピスだけでなく、他の展示も併せて見ることもオススメです(笑)」(あしゅらんさん)



●ヘルシンキの博物館「日本から著作権の問い合わせが多い」

現在、サカバンバスピスのイラストや漫画、LINEスタンプ、動画をはじめ、さまざまなファンアートがつくられている。しかし、一部のユーザーからは、モデルとなっているサカバンバスピスが模型であることから、ファンアートは著作権侵害にあたるのではないかという心配の声が上がるようになった。



実際、博物館の担当者は「サカバンバスピスの模型について、多くの日本の方たちから、著作権についてお問合せをいただいています」と明かす。



博物館によると、模型の制作者はエストニア・タリン工科大学の研究者だったエルガ・マルク=クリク博士で、2016年に亡くなったとのことだった。



「ヘルシンキ自然史博物館では模型の著作権を所有していません。一般的にEUでは、作品の著作権は、作家の死後70年間保護され、子孫に継承されますが、残念ながら、現在の著作権継承者が誰なのか詳細な情報がありません」





では、サカバンバスピスのイラストや動画などの作品を制作して発表することは、著作権侵害になってしまうのだろうか。知的財産法にくわしい井上拓弁護士は、模型の著作権についてこう説明する。



「著作権法で保護されるもの(著作物)は、『思想又は感情を創作的に表現したもの…』であり(著作権法2条1項1号)、この創作的な部分を無断でパクると著作権侵害となります。



『模型』は、著作物の例示として著作権法に明記されているくらいですから(同法10条1項6号)、著作物の典型例ではあるのですが、人体模型や動物模型などは、実物を忠実に再現するという制約があるため(選択できる表現の幅が少ないため)、創作性が認められる部分が少ないことは否めません。ありふれた方法で実物を再現しただけなど、創作性がおよそない場合には、そもそも著作物として保護されない、つまり著作物性が否定されることとなります」



●サカバンバスピスの模型の著作権、どう考える?

具体的にはどう考えればよいのだろうか。



「サカバンバスピスは古代魚で、現在生きていないためにややこしくなっていますが、今も残っている動物や魚の模型の著作物性を考えてみるとわかりやすいと思います。



たとえば、キリンを模型にする場合、キリンという生物が持っている特徴(長い首、色が黄色、網目模様など)を再現する必要があるので、そもそも、選択できる表現の幅が広くはありません(首を短くしたり、色をピンクにしたり、縦縞模様にしたりはできません)。



また、たとえば、網目模様についてお洒落なものを選択してみても、実在する模様である以上、創作性は認められません(模型である以上、実在しえないような網目にはできません)。



トリッキーなポーズの模型であれば、そこに創作性を認める余地はありますが、動物模型は通常、自然な状態にある現物を再現するものなので、そのようなポーズを選択することはないように思います。さらに、二次元であれば、どの角度から見たキリンを描くかというところに選択の幅がありますが、模型は三次元ですので、幅がますます狭まるように思います。



というわけで、自然な状態にある実物を忠実に再現した模型において創作性が認められる点は多くはなく、模型に用いる材料や色の塗り方などくらいではないかと思います。



それゆえ、模型に著作物性が認められるとしても、その著作権は、先述した創作的な部分をパクった場合(ほぼ同じ模型を作成した場合)にのみ侵害になるという薄い(狭い)ものになると考えています」



サカバンバスピスの模型についても、井上弁護士は次のように説明する。



「当時の化石や研究成果などから、目が丸くて全体的にヘビやエビフライみたいなフォルムをしている模型を制作したわけですよね。そうすると、これらの特徴は、先述のキリンの網目模様のようなものですので、それ自体には創作性が認められないと思います。



よって、サカバンパスピスの模型についても、著作物性が認められるとしても、その著作権は、模型作成に用いた材料や色の塗り方等の創作性が認められる部分をパクらない限りは侵害にならないという、薄い(狭い)ものになると思います。



デッドコピーはさすがに著作権侵害になるけれども、それ以外は著作権侵害が認められる可能性は低いということですね」



●ファンアートは権利侵害にあたるのか?

実際に井上弁護士にいくつかのファンアートを見てもらったところ、著作権侵害になりそうなものは「多くない印象」とのことだった。



「キリンの模型を見た人が、キリンのイラストを描いたり、キリンのぬいぐるみをつくったりするのと同じです。ですので、サカバンバスピスについても、かわいいイラストにするといった場合は、権利侵害にはあたらないだろうと考えられます。



ただし、新たにサカバンバスピスの模型を作成する場合は、ヘルシンキ自然史博物館にある模型に認められる創作的な部分を模倣してしまう可能性もあるので、その他の態様でのファンアートを作成するときよりも、やや慎重になったほうが良いかと思います」



なお、「著作権の継承者は不明」と話しているヘルシンキ自然史博物館だが、日本から問い合わせてきたファンアートを楽しむ人たちに向けて、次のようなメッセージを伝えているという。



「当博物館と収蔵品の一般的なガイドラインとして、サカバンバスピスの模型が商業目的などで使用される場合、また商業目的を含むコンテンツとして公開する場合は、エルガ・マルク=クリク博士と博物館の名前が明記されることを希望します」







博物館からのメールには、最後にこんな言葉も添えられていた。



「日本や世界中で、私たちの絶滅した小さな魚の展示がこれほどの関心と注目を集めていることを喜んでいます。今後もサカバンバスピスの冒険を楽しみにしています」