2023年06月30日 10:10 弁護士ドットコム
新型コロナウイルスの扱いが変わり、人々が外を出歩くようになったことで、コロナ禍で苦境だった飲食や宿泊などのサービス業が再び活性化しようとしている。
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しかし、人手不足が深刻化しており、違法残業などが発生する悪循環も生まれている。
新潟日報の今年3月の報道によると、新潟県妙高市のあるホテルは、旅行需要の回復で過重労働が深刻化して、違法な時間外労働を従業員にさせていたとして、上越労働基準監督署から是正勧告を受けた。2カ月連続80時間超の残業や、残業時間の過少申告もあり、元従業員が「ここにいたら殺されると思った」と話すほどだ。
かねてから「ブラック企業」と呼ばれるような働かせ方をする企業が問題視されてきたが、人手不足の今となっては、就業環境が悪ければ、誰も寄りつかない。中小企業であっても、労働法を理解して環境を改善する必要がある。
中小企業に労働法の理解を促すには何が必要なのか。日本労働弁護団に所属する一方、使用者のワークルール教育に力を入れる上田裕弁護士に聞いた。(編集部:新志有裕、片桐菜那)
ーー飲食店などでの人手不足をどうみていますか。
コロナ禍で営業に制限がかかる中、経営者がシフトで働く労働者を都合良く切り捨ててしまったことで、そのツケが今になって回ってきた状態でしょうか。営業時間が回復しても、労働者が戻ってこない訳です。その結果、今いる労働者だけで店舗を運営する状態になり、残業から逃れられない状態になっています。違法な残業が発生するのは大きな問題です。
本来、店舗に残ってくれている労働者は、長く働いているため、業務内容にも通じていることが多く、もっと大切に扱うべきです。
一方で、待遇や労働環境をよくすることの重要性を理解する企業も増えています。ただ、抜本的に良くなったとは言えない状態です。
ーーコロナ禍という社会的な大変動もありましたが、問題は変わっていないということでしょうか。
そうですね。今は人手不足が叫ばれていますが、コロナ禍では逆に、スタッフの稼働を減らすためのシフトカットが起きていました。
雇用契約における取り決めが曖昧で、「シフトによる」としか書いていないことも多く、シフトをゼロにしてしまうことで、実質的な解雇のようなことまで起きていました。
そういった形で、調整弁のように使われてきた人たちが、コロナ禍で退職に追い込まれて、今になって人手が必要になったからといって、そんなことをする企業に戻るかというと、簡単には戻らないですよね。
人の争奪戦になると、良い労働環境・労働条件をつくれる会社が勝ち残ります。「ブラック企業」のように、労働者を酷使することで利益を上げていた企業はどこかで退場しなくてはいけない局面を迎えます。だからこそ、ルールを守ることが大切になるのです。
ーー労働弁護団などがやっているワークルール教育は労働者向けのものが多いですが、なぜ使用者向けにやろうと思ったのでしょうか。
数年前に、私も大学の授業で「労働と人権」というテーマで、労働者向けのワークルール教育をしていました。大学生ですとアルバイトをしている人も多いのですが、授業で出てきた質問から面白い展開に至った例があるので、ご紹介します。
授業の後に提出するカードの中で質問を受け付けていたのですが、その中に、「今のバイト先は、15分単位で労働時間をカウントしています。これは問題ないのでしょうか。」というものがありました。労働法的には1分単位ですね。
そこで、この質問を授業で取り上げて、学生からバイト先の店長に対して、「労働時間は1分単位でなければならない。今の労働時間管理は違法である。」「学校で教えていた弁護士が怒っていたよ。」と伝えてもらったら、翌月から1分単位に変わって、その職場で働く他のアルバイトの学生達も含めて一気に解決しました。
労働者が、自分で学んで行動することは、自らの権利を守っていくために当然必要です。しかし、一方で、使用者側については、社長1人が変われば、その企業で働いている労働者全員の環境を一気に改善することが可能となります。最近、社会保険労務士向けの研修を担当するのですが、その中で、その意義を強く感じるようになりました。
ーーどんな意義があるのでしょうか。
大企業では、コンプライアンス遵守の観点やCSRの観点から、経営層の経営責任が問われ得る環境にありますが(株主や社会の目からのチェックが働く)、中小企業の場合は、オーナー企業のように、株主と社長が同じになると、こういった観点からの抑止力は少なく、暴走を止めることができなくなります。
また、大企業には、労働法務を専門とする顧問弁護士が関与しているケースも多いのですが、中小企業の顧問弁護士は契約書のチェック等の法務が中心で、労働法に詳しくないケースも間々あります。
それでも、社労士や税理士との関わりがあることは多いため、賃金計算や保険の関係で関与している社労士から、「社長、社員を働かせすぎですよ」とか「過労死してしまったらどうするのですか」などと忠告すれば、社長もハッとさせられることがあります。
それで、他の士業の方々と連携して、中小企業のワークルール教育を進めるというやり方に可能性を感じたわけです。最近では、社労士向けの研修や、税理士・司法書士の団体でワークルールの話しをさせていただき、それがきっかけで、企業の労務管理についての相談につながることがありました。
また、自治体の介護保険課主催の研修で、カスタマーハラスメントの講演を行ったことがきっかけで、個別の事業所でのハラスメント対策のご相談を受けることに繋がったりしています。
ーー具体的にどういった研修をしているのでしょうか。
就業規則の作り方のような基本的なことから、解雇、賃金、労働時間(働き方改革)、ハラスメントなどテーマ別のものを扱うこともあります。
近年注目が集まっているハラスメント問題でいうと、中小企業の社長や人事部長は、セクハラやパワハラへの理解があまりないことに加え、「仮に責任が生じても賠償額は大して高くない」と認識している人が多いのです。
そのため、裁判例でハラスメントを認めている例を紹介し、賠償額についても、ハラスメントから自死に至るケースもあり得る訳で、賠償額が5000万円や1億円のこともあることを説明すると「ウチでもパワハラ・セクハラはあるかもしれないな。」「(賠償金について)うちはそんなに払えない。対策をしなければ。」という感想がよく出てきます。
また、労働基準法違反は刑事罰が科されることがありますが(賃金未払、長時間労働いずれも刑事罰があります。)、そのことすら知らない方も結構います。「うちには有給休暇の制度がない」という方もいましたが、「有給休暇を与えないことは犯罪ですよ。大丈夫ですか」と伝えています。
あとは、解雇の問題について扱うことも多いですね。安易に解雇してしまうと、バックペイの他に残業代の請求までついてきて、高額な支払の結果に陥ることを脅し気味にお話したりします。
労基法は、使用者と労働者のパワーバランスで、労働者側をテコ入れする形で作られているため、使用者側が常に気を配ることが必要なのです。
ーー今後、ワークルール教育をどう広げていきたいですか。
使用者向けのワークルール教育を行う弁護士は、今のところそれほど多くないと思います。しかし、使用者向けに講演を行うことで、問題意識が芽生えます。リスク回避(≒これが労働条件の改善につながります)のために行動することに意識が向けられ、組織の労働環境が改善すると、労働者の士気も上がり業務改善にも繋がっていく。そして、業績改善がさらなる職場の労働環境の改善に繋がっていくという好循環が生まれます。
研修では、終了後に「危うい経営をしていました。ここから先は少し気を引き締めて見直したいと思います。」と伝えてくれる社長さんや管理職の方が多くいらっしゃいます。少しずつでも経営層の考えが変わってくれればと思います。
ーー中小企業でも、ある程度大きな企業は理解がありそうですが、例えば、経営者である店長と、バイトしかいないラーメン屋のような零細企業でもワークルールを知ってもらうことは可能でしょうか。
私が好きだったラーメン屋で、バイトに対して、「お前さっき言っただろ!」と店主の怒声が響く店があったんです。パワハラ的な発言が日常的だったからか、バイトが次々と変わっていました。しばらくしたらそのお店は無くなっていました。好きだっただけに残念でした。
ラーメン屋でも、税理士や社労士に依頼することもあるでしょうから、「それはパワハラだよ」と言って助けてくれる専門家がいれば結末は違ったかもしれません。その税理士や社労士と私のような弁護士が繋がって、店主の方にパワハラであると指摘できるような関係を築いていきたいですね。今後は、専門家同士で連携して、小さい会社であっても、弁護士にアクセスしやすい環境を作っていきたいです。
そういう意味で、もっと敷居の低い弁護士でありたいと思います。
【取材協力弁護士】
上田 裕(うえだ・ゆたか)弁護士
1976年生まれ。東北大学理学部卒業後、銀行勤務を経て、2007年に東北大学法科大学院を卒業し(総長賞受賞)、2008年弁護士登録。
労働事件を多く担当し、2014年から2年間、特定社会保険労務士特別研修講師を担当。
埼玉弁護士会では、労働問題対策委員会委員長を務め(2016~2018)、さいたま地裁労働集中部との労働事件に関する協議会に継続的に参加。裁判所主催の研修にも講師として参加している(2019、2021、2022)。
2020年からは、埼玉労働局あっせん委員を務め、現在に至る。
事務所名:ゆりのき法律事務所