2023年06月29日 10:11 弁護士ドットコム
移住者と地元とのトラブルがSNSで相次ぎ、新旧住民のあつれきの根深さから移住に対して懐疑的な見方をする人も少なくない。一方で、地元の歴史や事情を汲み取りながら、移住者も地元民にとっても価値のある風を取り入れ、漕ぎ出した人たちもいる。
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その一人、富山県舟橋村に移住して5年目の岡山史興氏(38)は、小学1年生の我が子を納得して通わせられる学童保育がなかったことから、「だったら自分で作ろう」と思い立ち、クラウドファンディングを実施し、2022年12月、無料の学童保育を開設した。
「あてのない青い鳥探しをするよりも、自分たちで自分たちの住む場所をよくしていくアクションを取りたいと考えました」という岡山氏。移住者としての挑戦について詳しく話を聞いた。(ライター・和久井 香菜子)
日本一面積が小さい(3.47平方キロメートル)自治体であることから、“日本一小さい村”といわれる富山県舟橋村。平成元年には約1500人だった人口が3200人に倍増し、「奇跡の村」とも言われている。
隣接する富山市から電車で15分ほどと交通の便もよく、ベッドタウンとしても人気を博す。子育て移住者向けの賃貸住宅の目の前には公園、保育園、学童などがあり、自然と家族同士での交流が進んでいく。
そんな村に、2022年12月、民営にもかかわらず無料で子どもを預けられる学童保育「fork」ができた。富山地方鉄道線の越中舟橋村駅前という絶好の立地で、空き家だった古民家をリノベし活用している。
「fork」代表の岡山史興氏は1984年生まれ、長崎県出身だ。土地柄、小さな頃から戦争について身近に考える機会が多かったという。学生時代からNPOを立ち上げるなど、社会問題に取り組んできた。筑波大学卒業後、PR会社ビルコムのゼネラルマネージャー職を経て独立。コンサルティング事業やメディア運営「70seeds」などを手がけている。
子どもが生まれ、子育てにいい環境を探していたところ、舟橋村を見つけた。「お金をばらまくのではなく、子どもたちの自立を考えた取り組みや、自然豊かな環境に惹かれてて、移住を決めました」という。学童を作ったのは、1年生になる自分の子どもを「安心して預けられる学童がなかったから」だった。
もともと村には行政が直営する学童保育があったが、2022年度から民間委託されることが2021年の秋に唐突に通知され、保護者からは説明を求める署名活動も巻き起こった。また昨年(2022年)には、村長と村議会が対立し、2回も村長の不信任決議が可決され、村長は失職。さらに村職員の3分の1がパワハラ被害にあったことが発覚するなどし、住民の間で地元行政に対する不信の念が芽生えるようになっていた。
「その時、『この町に住むなら、目をつぶらないと』と思うのか、『こんな町はもう出ていこう』と思うのか、どちらかだと思ったんです。日本に絶望して海外で子育てをする人もいますが、出て行った先が今よりマシなところかは分からない。
ならばあてのない青い鳥探しをするよりも、自分たちで自分たちの住む場所をよくしていくアクションを取りたいと考えました。大人が自ら行動することは、子どもにもいい影響があるはずです。
もともと僕はこの村が好きで移住しました。村をよりよい場所にして行くために、できることはしていこうと思っているんです。僕が学童を自分でやろうと思ったのは、その気持ちが一番強いですね」(岡山氏)
学童の特徴は、なんといっても無料であること。なぜ無料で運営ができるのだろうか。
「学童で子どもを預かろうと思ったら、保護者から月に3~4万円いただかないと成り立ちません。でもその金額では、人によってはパートなどで稼いだお金がそのまま学童保育費に消えることもありえます。なんのために働いているのか分かりません。
かといって、安価に子どもを預かるためにずっとテレビやネットを見せているだけ、という学童になってしまってもよくない。保護者に徒労感のない金額を考えると、1万円以内でしょうか、しかしそれで教育の品質を保つことはできないし、もらったところで焼け石に水です。
だったら、いっそ無料にして、子どもたちにも最善の環境を提供する仕組みを作ったら、みんなハッピーなんじゃないかと思ったんです」 (同)
無料で運営できるのは、「企業や個人のサポーターを募り、応援してもらっているから」という。
開設にあたって、昨年(2022年)にはクラウドファンディングを実施した。「社会のこれからをつくるのが子どもたちなら、子育ては家庭だけじゃなく、もっと、みんなのものであっていいはず」と呼びかけた。
結果、支援者257人から総額867万円もの支援を受け取ることができたそうだ(目標金額700万円。手数料等が発生するため実際に受け取れる金額は8割程度)。
「支援していただいている企業には、CSRやSDGs推進企業としての情報発信を支援するなどのリターンを設けています。僕の本業はPRなので、そのスキルをご提供する形です。ただ寄付を募るだけ、ただみんなで穴を埋めるだけではなくて、応援してくれた企業も子どもたちも伸びる、プラスになる仕組みを作れたらと思っているんです」(同)
現在、40名ほどの子ども(小学1年~3年)が在籍している。月にかかる経費は約100万円。企業数社と個人サポーター50名弱からの支援で運営しているが「今年中には黒字化させたい」と意欲を抱いている。
個人サポーターもクラウドファンディングサイト「Readyfor」の継続支援システムを通じて募集している。月々1000円を最小額として任意の支援金額を設定できる仕組みで、金額に応じてカフェチケット、コワーキングスペース利用券などのリターンを用意した。
「学童にカフェを併設しているのは全国でもforkだけではないかと思います。資材が高騰して工事が延期になっていますが、いずれは2階にコワーキングスペースも作る予定です。これらだけで学童の運営を賄うのは難しいですが、どちらも村にはないサービスですし、支援者の方々へのリターンの手段として運営していこうと考えています」(同)
学童の運営は、富山市内で学童保育の運営実績のあるNPO法人halea(ハレア)が担い、学童保育指導員の資格をもつスタッフが常駐する。
「子どもたちが外部の人と関わる体験をとても大事にしています。富山市の工務店さんに来てもらい、大きな木を使って家の骨組みを実際に作ってみる体験をしたり、設計士さんと一緒に3DCGを使ってforkの庭に作る遊具を作るなら? とデザイン教室を開催したり。NewsPicks for Kidsとコラボして、宇宙の特集号で月について学んだりもしました」
子どもたちの興味の幅を広げるため、人を招き、直接話を聞いてもらうことにも力を入れている。
「先月は、IT企業に勤める視覚障害者のかたを呼んで交流会を開いたんです。最初子どもたちは『怖い、ゾンビみたい』なんて言っていて、冷や冷やするシーンもありました。でも最初の壁を越えたら普通に体当たりで遊んでいましたし、中には自分の名前を点字で打ってみる子もいました。こうして、子どもたちにいろんな出会いの場を作るのはとても大事だと考えています。
都市部では、ジェンダーギャップや偏見、差別などかなり解消されてきていますし、子どもたちが大人になる頃はもっと変わっているでしょう。でも地域によっては古いしきたりが色濃く残っている場合があります。狭い世界だけで生活していたら、考え方や意識、知識が社会に追いつかず、どんどん取り残されてしまう。将来、どんな場所でも生きていける力や、世の中に対するフラットな目線を養えたらいいですね」
【筆者プロフィール】 和久井香菜子:編集・ライター、少女マンガ研究家。スタッフ全員がなんらかの障害を持つ編集プロダクション、合同会社ブラインドライターズ代表。