露出狂と並走したり、朝顔を観察したらおじさんが咲き乱れていた話などを、Twitterとnoteで配信するやーこさんの初短編集から、選りすぐりの話をご紹介。声を出して笑ってしまう可能性があるので、念のため周りに人がいないか確認してから読むのをおすすめします(気にしない方はそのままお読みください)。
⇒この連載の一覧はこちら
○病院の順番が前後し先に呼ばれた事によって予想のつかない被害を受けた話
眼科でコンタクトレンズを受け取る際、定期健診の視力検査を受ける事となった。
席に座り、先に視力検査を受けている見ず知らずのオヤジを眺めながら自分の順番を待っていると、花粉のせいか私の目を強い痒みが襲った。
搔(か)いては検査に影響を及ぼすと思い、指で左右の目尻を引き伸ばし上下に揺らす事で痒みを軽減していたところ、右耳元でブツッと紐の切れる音が鳴った。
瞬間、私のマスクははらりと剥がれた。
検査をしていたオヤジの目に、両方の鼻の穴にティッシュを詰め込み目が横に引き伸ばされている明らかに対人用ではない私の顔面が公開された。
先程洟(はな)をかんだ際に鼻血が出てしまい、マスクで人目に触れぬのを良い事に臆する事なくティッシュを詰め込んだ事が仇となった。
検査のCの方向を答えている途中で衝撃的なものを見せられたオヤジは
「右ィイィィイッ!!」
と奇声を発し、突如発狂したようになってしまった。
一体俺に何の恨みがあるのだと思った事だろう。
受付の人が替えのマスクを探してくれている間、私の名前が呼ばれ視力検査の準備が施された。
ティッシュを両鼻に詰めたまま検査用の丸眼鏡をかけられた為、パーティーの鼻眼鏡のような非常に人の神経を逆撫でする風貌となってしまった。
何となく看護師の方を見ると、看護師は目を逸らした。
オヤジに至っては検査の要(かなめ)であるCの方向が言えなくなっていた。
ややあって受付の人がマスクを持って現れたが、視界に私の鼻眼鏡が直撃した途端、彼女は奥に引き返し一度マスクは私から遠ざかった。
他方に多大なご迷惑をおかけした状態で私の視力検査は終わった。
オヤジは私より早めに視力検査を受けていたというのに、まだ終わっていなかった。
診察室から私の名前が呼ばれ、カーテンを開き中へ入ると先生が開口一番に
「最近調子はどうですか?」
と、訊ねてきた。
「ご飯もよく食べて元気です」
と、反射的に答えると先生の動きが止まった。
「目の……調子はどうですか……?」
と、訊き直されたので、己の失態に気がついた。
冷静を装い先のやりとりなど無かったかのように努めたが
「目薬もよく吸って元気です」
と、明らかに先程の発言に引っ張られた訳の分からぬ返答になってしまった。
私の吸収力の良い目の診察が行われた。
若干結膜炎になっていた。
痒いのはこのせいであった。
何なら全然元気ではなかった。
診察を終え、外に出ると先程のオヤジが顔を手で覆い小さく震えていた。
中の会話が筒抜けであった為、オヤジに追加のダメージが入ったようであった。
オヤジの名が呼ばれ、その震える背中が診察室へ消えていくと
「うわ、今度は何です?」
という先生の声が聞こえた。
間違いなくあのオヤジにとって今日は厄日であった。(終)
真偽はどうでもいい! Twitterで30万以上のいいねが付いた話題作に加えて、書き下ろしの新作を含む全33篇を収録した、やーこ節炸裂の短編集が刊行されました。その全貌は、 「猫の診察で思いがけないすれ違いの末、みんな小刻みに震えました」(KADOKAWA)をチェックしてください!
⇒他の短編も読む
○『猫の診察で思いがけないすれ違いの末、みんな小刻みに震えました』(KADOKAWA)
やーこ(イラスト:栖周)
Twitterで30万以上のいいねが付いた「猫の診察で泣きそうになった話」や「新幹線で座っていたら予想のつかない事態になり悔しい思いをした話」、「カツアゲにあった話」など話題作に加えて、書き下ろしの新作10篇以上と長篇も含む全33篇を収録。さらに、やーこのファンアートを投稿し、ファン界隈では“神絵師”とも言われているイラストレーターの栖周さんとコラボ。文章の世界観をリアルに再現した迫力あるイラストが笑いの起爆剤となり、最初から最後まで笑いしかない1冊に。
Amazonや 楽天で好評発売中です。(やーこ(イラスト:栖周))