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『女子大生、オナホを売る。』著者に聞く”販売の極意”「執拗なユーザーインタビューを繰り返したら、友だち2人なくしました」

2023年06月22日 12:11  リアルサウンド

リアルサウンド

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 「タイトルに惑わされたけど、ゴリゴリのマーケティング本だった」


 「こんな手にとりにくいビジネス書、これまでにあった?」


  ネット上でそんな不思議なざわつきが溢れるなど、すでに2023年を代表するビジネス書のひとつとなったのが『女子大生、オナホを売る。』だ。


  著者である神山理子(リコピン)さんは、明治大学商学部在籍中にオナホ事業で起業。いわゆるD2C(Direct to Consumer=企画制作した商品をECで直接販売すること)メーカーを立ち上げた。


  本書では、驚きの行動力と企画立案力でぐいぐいとオナホユーザーのインサイト(潜在的なニーズ)に迫っていく様が描かれるが、実際のところどうだったのか?


 前編では、リコピンさんの今につながる原体験(幼稚園で武器商人をしていた)や、学生時代の素顔(彼氏にフラれたのをきっかけに専業主婦を目指し、マーケティングを学んだ)に迫ったが、後編では、そんなオナホづくりの裏側と、彼女の今とこれからについて伺いました。


前編はこちらから


100人の男性に、オナホについて聞きまくる

――インターンでWebマーケを手掛けていた頃、「新規事業を起ち上げたい!」とオナホを商材に選びます。著書にありましたが「下ネタすら苦手な女性」であるリコピンさんが、オナホを選ぶのは大変な決断だったと思うのですが、実のところどうでした? リコピン:いやあ、そうでもなくって。結構すぐ「やってみよう」と決めました。


 本にも書きましたが、そもそもはマーケティングを教わったインターン先の師匠に「新規事業を起ち上げたい? オナホでもつくってみたら?」と軽く提案されたのがきっかけだったんですね。


 少しリサーチすると、どうやらオナホは「なんとなく」で選んでいる人が多いことがわかった。周囲の男性に聞いてみても「Amazonで適当に」「好みの女性イラストが描かれたパッケージで選んでいる」との声が圧倒的でした。そのくせ、強い「コンセプト」を打ち出して差別化をはかっているオナホブランドが見当たらなかった。「これワンチャンありそうだな」と感じたのが、まず大きな理由です。


 もっとも、それ以前に、幼稚園の戦いゴッコで武器商人をしたら注目を集めたように「人と違うことこそ飛び込んでやってみよう」と思っていたところもありましたね。


――「コンセプトの強い商品があれば差別化につながる」との確信は、Webマーケを通じて実感していたものですか?


リコピン:はい。インターン先ではコンテンツマーケティングを手掛けていて、クライアントからいただいたリリースをもとに、記事広告をつくるライティングの仕事をしていたんですね。


 いろんな商品の記事を山ほど書いたのですが、モノが何であれ「コンセプトが明快でしっかりとユーザーの悩み事をとらえている」商品はしっかり売れたんです。


 極端な話、そういう商品は私が雑な記事広告をつくっても、売れる。ユーザーに刺さるコンセプトさえあれば、それは伝わる。逆にいうと、いくらコピーや広告でよく見せようとしても、コンセプトがなかったり、あやふやだったりすると、やっぱりユーザーのみなさんに刺さらないし売れなかったんですよ。


 そういった経験から、オナホを手掛けるときも、しっかりとユーザーの悩み事を解決するコンセプトづくりに成功のカギがあると信じていました。そのコンセプトさえしっかりつくれれば、ちゃんと結果につながると思っていました。


 だからこそ、想定ユーザーのインサイトを発掘するため、彼らへのインタビューを繰り返したんです。


――にしても、インタビューはすさまじいですよね。友人はもちろん、マッチングアプリで知り合った男性や、秋葉原のアダルトグッズ店前で路上インタビューしたりと100人以上に「オナホ」について聞いている。頭が下がります。


リコピン:いやいや、路上インタビューなんかは、人によってはストレスを感じるのかもしれませんが、私はむしろ楽しみながらやっていました。


 ただ、そこも意外性が効いた気もします。「オナホ? え、女がつくるの?」と興味をもってインタビューに答えてもらえた気がします。男性がアダルトグッズについて聞いてくるのはあまりに普通すぎてスルーするか、「怪しい」が先に立つんじゃないですか。


――むしろ身近な男性の友人にインタビューされているのがすごいなと。私なら、顔見知りの女性にオナホについて答えることこそハードルが高く感じます。


リコピン:ああ。そこは、私と同じく少し変わった友人が多いので、みんなおもしろがって答えてくれたところはあるかもしれません。


 ただ、2人くらいは、オナホのアンケートをお願いしたのをきっかけに、縁を切られました。ただ母数からいうと、2人だけで済んだのでまだよかったかなと(笑)。


――(笑)。本書では、男友だちがオナホを使っている最中に電話でリコピンさんがインタビューして、実況してもらうお話も出てきます。


リコピン:ええ。さすがにその最中は「これ、何の時間だろう」と思いました(笑)。しかし、彼のおかげで手に取るように男性のニーズがわかりました。


 またそもそもあれは、「終わったら説明するから、俺から電話かけるね」と言われていたのに、電話がかかってこないから、こちらからかけ直したんです。そうしたら、まだ使用中で、「じゃあ、使いながら説明するわ」とインタビューに答えてくれたんです。


 いずれにしても、「人と違う」を実践しながらインサイトを探った実感はありましたね。


「育てるオナホ」のヒントになった、あの商品

――そしてたどり着いたコンセプトが「育てるオナホ」でした。


  リコピン:インタビューによって「購入前は自分にぴったりのオナホがわからない」「繰り返し洗っているうちにすぐ壊れてしまうのがもったいない」といった声が圧倒的に多いとわかった。声を聞きまくってユーザーのインサイトにたどり着いたからこそ生まれたコンセプトでした。


――ただ実際、インタビューでその解決されていない課題は見えたものの、“育てる”というコンセプトに転換させたのはすばらしいし、苦労された気がするのですが。


リコピン:いえ「育てる」の言葉は、インタビューを続けていく中で、けっこうすぐに浮かびましたね。


 しいてひとつヒントになったものがあるとしたら当時、友だちがハマっていたアクアリウムかなあ。


――アクアリウムって、魚と水草を配した水槽をジオラマのようにつくりあげるアレですか?


リコピン:はい。あのアクアリウムに凝っている友人がいて、その人が「単純に美しいとか完成度が高いってよりも、自分で手を動かしてカスタマイズするか、オーダーメイドで職人さんにつくってもらったりして“自分好み”にするのが楽しいんだよね」と言っていたんです。「ただあるものを買うんじゃなくて、育てるのがいい」と。オナホでも「育てる」ってのは割りとアリだなと。


――まさにいろんなところにアンテナを張っておくと、意外な場所で活きることがあるわけですね。


リコピン:それはめちゃくちゃ思いますね。


 たとえば、「育てるオナホ」のキャッチコピーには「使うほどに気持ちよくなる!?」とつけました。商品のターゲットとなる顧客に「使うほど自分にあった気持ちよさになる=育てるオナホ」であるということがしっかりと伝わるように意識したんです。


 これは私がDTM音源をつくって販売してきたノウハウが活きましたね。何か音楽だとカッコいい横文字のタイトルとコピーで見せたくなるのですが、ユーザーの方々は全然そんなもの求めていなくって。もっと「ドライブ中にぴったり」とか「ひとりでまったりする時間に」みたいに、変にカッコつけず、聴いているシーンが浮かぶものにしたほうが全然クリックされたんですよ。そのときのノウハウを少し活かしました。


――なるほど。そして開発されたオナホはAmazonでランキング4位になる売れ筋商品に。また、こうしてその顛末が一冊の本にまでなりました。


リコピン:私自身、驚いています。


 書籍に関しては、いろんな起業家の方々にお会いする中で、『金儲けのレシピ』の著者でもある事業家botさんに声をかけてもらったことがきっかけで出版に至りました。


 事業家botさんとの出会いは彼が当時主催していた起業家の勉強会に参加させていただいたのが始まりだったんですが、その勉強会は参加者がほとんど東大生しかいなくて、「明大生だけど大丈夫かな」と不安でした。けれど、「オナホつくっています!」と伝えたら、すぐ興味を持ってもらえて。


 やっぱり「女子大生×オナホ」の意外性は、メリットばかりだなとここでも感じましたね。


――あえて「女子大生×オナホ」の意外性でデメリットを感じたことはありましたか?


リコピン:たまに「反社のフロント企業」だと思われることですね。「裏にヤ◯ザがいるに違いない」と。いません(笑)。


――ちなみに今はオナホ事業は手離れして、マーケッターとして独立されている。同時に0歳のお子さんを持つ母親でもあるんですよね。なにか考え方が変わったりしました?


リコピン:変わりましたね。子供が生まれる前は、自分の生きている時間はすべて仕事に全振りできる生活だったので、オンオフ関係なくメリハリもなく過ごしていた面があった。


 けれど、今は保育園にあずけている時間だけ、集中して仕事するようにしています。一緒にいる時間は大切にしたいので、なるべくPCなどを開きたくない。結果として、時間の使い方にメリハリもできたし、制約があるからこそクリエイティブに仕事できている気がします。


 どこかフィールドワークのように、自分の子育てを楽しみ、味わっているところもあるのかもしれません。


――今後はどのようなビジョンをお持ちですか?


リコピン:オナホ以外にも、世の中には、モノがいいのに「コンセプトが薄いせいで売れないモノ」って無限にあると思うんです。


 友人の農家が、とてもすばらしいリンゴをつくっているのですが、「売れない」といつも嘆いている。食べてみると本当に美味しいんですけど、やはり明確な刺さるコンセプトがないと、これだけモノが溢れた中では埋もれてしまうんですよね。


 同じようなことが農産物はもちろん、伝統工芸品とか他にも本当にたくさんありますよね。これからは、素晴らしいのに埋もれてしまっている商品のコンセプトづくりのお手伝いができればうれしいですね。オナホでうまくいったノウハウを、リンゴとか全く違う領域のモノに活かせたら、また楽しそうじゃないですか(笑)。