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【漫画】顔出しNGの歌い手と、そのファンが偶然出会って……揺れる心情が伝わるロマンス『ゆきが溶けてはなが咲く』が尊い

2023年06月20日 09:31  リアルサウンド

リアルサウンド

【漫画】『ゆきが溶けてはなが咲く』より

 アーティストもひとりの人間なのだという、当たり前のことを忘れてしまうことがある。表現者とファン、それぞれの心情を細やかに表現し、ロマンスに昇華したのが、6月14日にTwitter上で公開された漫画『ゆきが溶けてはなが咲く』だ。


(参考:漫画『ゆきが溶けてはなが咲く』を読む


 顔出しNGの歌い手「ino」として活動する維乃と、その歌に魅了されたネイリストの千依。ひょんなことから知り合った二人は互いに惹かれ合い、身体を重ねながら、曖昧な関係を続けていく。お互いにもう一歩が踏み出せないなかで、千依は不意に「inoが“顔出し”をする」という話を聞き、心が乱れることを自覚するがーー。


 本作を手掛けたのは、「描きたいもの」にフォーカスして創作を続けている斑瀬うずさん(@m_uz_)。モノローグのセリフ選びが秀逸な本作を描くうえで意識したことなど、じっくり話を聞いた。(望月悠木)


■荒んでいた時に描いた作品


――なぜ『ゆきが溶けてはなが咲く』を制作しようと思ったのですか?


斑瀬:本作はとある海外サイトから依頼されて描いた作品です。締切も緩かったため、作品を提出したのは依頼されて3ヶ月後でした。当時は私生活でいろいろあって心が荒んでいる時期で、“捌け口”という表現は良くはありませんが、そういう時期だからこそ描けた作品だと思っています。


――ある意味思い入れの深い作品なのですね。


斑瀬:そうですね。大変なこと、嫌なことがあったからこそ知れた感情もあり、「そういった経験や感情も大切にすれば、無駄にならずに作品として昇華できるんだな」という成長を与えてくれた作品です。


――顔を出さない「歌い手」が主人公のひとりになっており、その内面が繊細に描かれています。登場人物の設定はどう考えましたか?


斑瀬:私は作品を作る時、自分の中にある感情しか描けません。ですので、「自分の立場と近いものってなんだろう」と考え、“表現者”という点が類似している歌い手を選びました。


――そこからどのように物語を練っていったのでしょうか。


斑瀬:私自身、作品を投稿していると、ありがたいことに作品に対して嬉しい言葉をいただく機会が増えます。それは私が作るモノに対してであり、私自身のことではないんですよね。そう思った時に、「この立場を活かしたうえで、私自身が感情移入できる物語は描けないか?」と考えて今回のストーリーになりました。


――千依と維乃を作る際にはモデルなどはいましたか?


斑瀬:モデルは特にいないのですが、あえて言うなら私自身です。維乃は私の内面、千依は私の外面という感じです。「ビジュアルは対照的にしたい」ということだけで、維乃はアーティストということもあり、ミステリアスな雰囲気にしたいたかったので、「黒髪にホクロは絶対!」って決めてました。また、「維乃と対照的な子を作ろう」と思い、“当時流行っていた外はねボブの女の子らしい子”というイメージで千依を描きました。


――維乃とinoでは雰囲気が変わって見えました。


斑瀬:全く意識していなかったです。「あ!変わって見えるんだ!」と少し驚いています(笑)。正直言うと私はあまりプロットやネームをしっかりするようなタイプではありません。ですので、“勝手にキャラクターが動く”という感覚で描いていくうちにいろいろ変わっていきます。本作でも彼女たちが動きたいように描いた結果、維乃とinoの雰囲気が違ったのかもしれませんね。


■過去の自分は「描き切って偉い!」


――目元や髪など描き込みが徹底されているカットが多かったですね。作画で心掛けていることを教えてください。


斑瀬:これもあまり意識しておらず、感覚でやっている部分が強いです。ただ、やっぱり魅せたいところは迫力を出せるように心掛けています。感情には波があり、その波が爆発するところもあります。感情の波、つまり“動き”は可視化できませんが、それでもできるだけ“感情が見えそう”ということを意識して描いています。


――本作では「自分の代わりは他にもたくさんいる」など、inoが抱える葛藤は全てのクリエイターに当てはまるものだと思います。斑瀬さん自身、inoの葛藤を描く時に精神的なしんどさはありましたか?


斑瀬:こういう心理的な描写が多い漫画を描くことは、基本的に自分の内側を描く作業だと考えています。本作でもinoの気持ちを描く際には、魂を削りながら削りカスを原稿になすりつけてるような気持ちで描きました。「だからこそ感情移入してもらったり、キャラクターに共感してもらえたりするのかな」とも思うので、魂を削ることはどちらかといえば気持ち良い感覚があります(笑)。


――ちなみに本作は4年前に制作した作品だそうですが、今読み返してみていかがですか?


斑瀬:全部描き直したいくらいなのですが、まずは「描き切って偉い!」という感想が一番です。絵ももう少し丁寧に描けたところもありますし、読み返すと2人のすれ違いはもう少し丁寧に描きたかったです。


――「今見ても良く表現できているな~」と思える部分は?


斑瀬:手前味噌ですが、本作に限らず自分の作品のセリフ選びなどは割と評価しており、inoが歌ってるシーンのモノローグなどは気に入っています。歌番組のところのコマ割りや演出も、「この時の自分にしてはまあ妥協点かな」と思っています。あとは冒頭の千依がネイルしてるシーンを、最後の維乃が感情を吐露したシーンに繋げられたのは気持ち良いです。


――最後に今後の目標など教えてください。


斑瀬:何かを伝えたい時に私は描く傾向があるので、今後も自分の描きたいものが見つかった時は、その時の直感を大切にしたいと思っています。そろそろ即売会などのイベント参加なども考えており、今まで描いてこなかったものにも挑戦してみたいとも思っています。私の作品を少しでも好きだなと思ってくれた人は、今後もどうか見てやってもらえれば嬉しいです!


(取材・文=望月悠木)