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猫の診察で思いがけないすれ違いの末、みんな小刻みに震えました 第3回 苦情を言われて丁寧に対応したら裏目に出て怖い事態を招いた話

2023年06月19日 08:31  マイナビニュース

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画像提供:マイナビニュース
露出狂と並走したり、朝顔を観察したらおじさんが咲き乱れていた話などを、Twitterとnoteで配信するやーこさんの初短編集から、選りすぐりの話をご紹介。声を出して笑ってしまう可能性があるので、念のため周りに人がいないか確認してから読むのをおすすめします(気にしない方はそのままお読みください)。


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○苦情を言われて丁寧に対応したら裏目に出て怖い事態を招いた話



知り合いが個人経営しているコンビニエンスストアの手伝いに行き、店主と私とアルバイトの木村で店に立った。

そこで教科書に載るような見事なご婦人クレーマーに出会(でくわ)した。



店主は他のお客様の対応に追われている為、私が餌食となった。

話を聞いていると

「あなた、ちょっと!」

と、更に後ろから新たなクレーマーが現れた。

クレーマー達に挟まれてしまった。

オセロであったら危うく色が変わるところであった。

しかし、突如変色しだした私を見れば、クレーマーといえども踵(きびす)を返し逃げ出す事だろう。

人生で初めて自分がオセロでない事を悔やむという貴重な体験をした。



二対一ではいささか分が悪い為、一人お裾分けしようと私は木村の方を見た。

木村は突如レジの床の汚れが気になり始めたのか、その身を縮め懸命に床を磨き始めた。

私の中で木村への不信感が100上がった。



木村が職人の目つきで床を磨いているので、私一人で対応する事となった。

マニュアルに従いミーティングの個室に通しクレーマー達に座ってもらったが、同時に喋る為聞き取れず、私は己の耳の限界と聖徳太子の偉大さを知った。

私が聖徳太子ならば十人の話を聞くのならば、私が十一人程必要である。

埒が明かぬので

「お一人ずつ、より重要な方からお話を伺います。どちらが先ですか?」

と、述べた。

その瞬間、クレーマー同士の争いが始まってしまった。

今や私は蚊帳の外である。その心情は蝉の縄張り争いを見守る気持ちに近い。



店主がドアをノックしたので、私は廊下へ出た。

どういう状況かと訊いてきたので答えたが

「お客様にはお客様同士で戦ってもらっています」

と、デスゲームの主催者のような物言いになってしまった。

店主は「何やってんの⁉」と言い、ツボに触れたのか震えながら部屋を覗いた。

店主の質問の意図としてはクレームがどのような内容なのかを訊きたかったらしいが、今や自分の店がデスゲーム会場にされているという恐怖の事態に全てかき消されたようであった。



何故クレーマー同士の争いが勃発したのかと訊くので経緯を述べると、店主は「闇堕ちした一休さんのようだ」と言葉を漏らした。私は人の話を聞かぬ聖徳太子から一生悟りの開けなさそうな一休へと変貌を遂げた。

聖徳太子と一休のチャームポイントを全て擲(なげう)った名ばかりの存在となった。


店主が身体を震わせなかなか部屋に入らない為、私は「今やクレーマーとはいえ元はお客様ですよ、どうしますか?」と判断を仰ごうとした。

しかし、妙に短縮され

「元は人間です。どうしますか?」

などと、映画などで初めてゾンビを撃つ自衛官が言いそうなセリフを吐いてしまった。

店主の頭の中では一休が銃を構えた事だろう。

言い直したが

「皆、人間なんです……」

と、自衛官の心の葛藤を描き、いたずらに深刻さが増すばかりであった。



店主がタニシのように動かず奇声を漏らし続けていた為に時間がかかってしまったが、我々は満を持して部屋のドアを開いた。

クレーマー達の視線が一斉にこちらへ集中した。


目を充血させ、込み上げる腹部の震えを筋力のみで押さえつけている店主が登場した事により、室内のパワーバランスは崩れた。

異様な迫力を醸し出す店主を見て、クレーマー達の勢いは瞬く間に失速した。



そのうちの一人のクレーマーは常連クレーマーであり、バイトの者を見つけては絡むという習性を持っているようであった。

木村が全力で床職人と化した理由はここにあった。



その一件の後(のち)、例に漏れず私も絡まれるようになったが、あまりにも絡まれ続けた為、途中からクレーマーとの間に戦友のような謎の一体感が芽生え始めた。

挙句の果てには「あの変な子いる?」などと無礼極まりない名指しで現れ、クレームついでにお裾わけや「梅干しは焼いて食べると肩こりに良い」というお得な情報などを添えて去る様になった。

梅干しの情報については感謝しかない。


そして、木村は常連クレーマーが現れる度に職人の目つきになった。

手伝う期間の後半に差し掛かると、私は木村の床を見る眼差しでクレーマーが現れたか否かを悟れるようになった。

店内の床は木村の手によって常に美しさが保たれていた。

面倒事の数だけ、あの店の床は輝きを増していく事だろう。(終)


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やーこ(イラスト:栖周)


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