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”日本一買いにくい”ビジネス書『女子大生、オナホを売る。』は、なぜバズった? 著者リコピンが”マーケ的”な視点から分析

2023年06月16日 12:11  リアルサウンド

リアルサウンド

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 「見まちがえたかな?」


書店やSNSで本書のタイトルを見かけ、目を疑った人は多いのではないだろうか。


『女子大生、オナホを売る。』

 著者である神山理子(リコピン)さんが明治大学商学部在籍中に起業、なぜかオナホ(男性用アダルトグッズ)を開発してAmazon売れ筋ランキングで4位というヒット商品にするまでの顛末を描いた一冊だ。


 多少よこしまな気持ちで手にした人もいただろうが、期待はばっさり裏切られる。こんなタイトルながらマーケティングの実践的手法を驚くほどわかりやすく、オナホの実例で丁寧にひも解いた上質なビジネス書である。


 そのギャップは痛快で、気持ちいいほどだ。


 しかも「学生時代、学校で生鮭を焼いて停学になった」「20歳でシンガポールの会社でWebマーケティングの修行をした」「ヒヨコのオスメスを仕分けするバイトをした」……など、不思議な武勇伝がさらりと語られ、それがオナホビジネスの成功に結びついていく爽快感もすさまじい。


 著者は一体どんな女性なのか? この本に込めた思いとは? オナホを売った元女子大生でマーケターのリコピンさんに話を伺った。


並んではいけない2語が生んだ、意外性

――『女子大生、オナホを売る。』、発売2ヶ月で2万5000部超えと絶好調です。もっとも、当初はほとんど宣伝広告はしなかったそうですね。


リコピン:できなかった、のほうが正しいですね。新聞広告や電車のドア横広告は「オナホ」というアダルトグッズが入ったタイトルがひっかかって、掲載できなかったんですよ。


 残念だったのは、街中を走るアドトラック(広告宣伝車)もNGだったこと。担当編集の方と高収入求人情報のように「かわいく目を引くアドトラックができそう」と考えたのですが、こちらもダメでした。「本のタイトルを隠したら何とかイケるかな…」との議論もありましたが、それじゃ意味がありませんからね(笑)。


――確かに(笑)。一方でTwitterでは、「マーケティングの良書」「起業を考える人におすすめ」と激しく推すマーケッターやビジネスパーソンが目立ちました。


リコピン:うれしかったです。マーケ的な視点でいうと、“意外性”のあるキャッチコピーは顧客に刺さりやすく、伸びやすいんですね。


 「女子大生」と「オナホ」が対極にある言葉。並んではいけない2つの単語が並んだタイトルは、意外性として多くの人の手にとってもらえたのかなと。実際は、書店で最も手に取りづらい本とも言われていますけど(笑)。


 またツイートやリツイートも“意外性”を感じたときにしたくなると言われています。たぶん、ちょっと違うモチベーションで手に取ったけれど、読んでみたら「あれ、マーケの勉強になっちゃった」と“意外性”がある。その結果、SNSでシェアいただけたのかなと。


――実際に届いた感想は、どのようなものが多かったのでしょうか?


リコピン:多かったのは2つですね。


 まずは「難しい言葉を使っていないから、素人でもすごくわかりやすく、マーケティングが理解できた」という声。


 もうひとつは「学校に生鮭を持ち込んで、焼いてお弁当にして、停学になった」といった個人的なエピソードがおもしろかったという声です。


――前者は本当にそうでしたね。下ネタすら苦手なリコピンさんがWebマーケティングの手法を使ってオナホビジネスを立ち上げ、成功させていく様にぐいぐいと引き込まれました。どのような読者層を想定されていたのでしょうか?


リコピン:マーケティングに興味があるけれど、具体的にどうしたらいいかわからない、大勢のビジネスパーソンの方々を想定していました。


 マーケットイン(顧客の悩み起点で商品を開発すること)とプロダクトアウト(企業が持つ技術や狙いを起点に商品を開発すること)の違いはわかるけれど、「で、実際、マーケットインって、どうやってはじめればいいの?」と具体的なフローまでは浮かばない人に向けて書きました。


 私自身、Webマーケを手掛ける中で、マーケに関する本を読み漁っていたんですね。すると、マーケティング概論の話や、売るためのセールスライティングに言及した本は多かったのですが、マーケティングのキモとなる「顧客のインサイト(潜在的なニーズ)を掘る」方法までわかりやすく伝えてくれる本が無かったんです。


――そこでオナホユーザーのインサイトを実際に探っていくさまを具体例で丁寧に示していったんですね。


リコピン:はい。たとえば、インサイトを掘るときは「思い込みを排除しよう」といった定石があります。そのために、実際の想定顧客の方々にインタビューして掘り起こしていく必要があるのですが、どこをどうやっていけばいいかまでは詳しく本から得るのは難しかったんです。そこでこの本には、私が実際に行ったインサイトを掘り起こすためのインタビューの手法を詳しく書きました。周囲の友人はもちろん秋葉原のアダルトグッズ店の前に立って突然話を聞いたり、マッチングアプリで出会った人に「オナホについてインタビューするさま」を伝えたり、そこまで書くと具体的にイメージできやすいじゃないですか。ただこれらの話って下ネタ嫌いだった女子大生がオナホについて調べているから特異に見えますが、実はとても当たり前のことしていただけなんです。


 ただ結果として、わかりやすく「思い込みを排除して、インサイトに近づく」手法をお伝えできたかな、と思っています。


――なるほど。もうひとつの「学校に生鮭を持ち込んで食べて停学」に代表される、リコピンさんの武勇伝とキャラクターに魅了された方が多かったとのことですが、私もそうでした。女子大生でオナホを手掛けた事実が霞むほど、とがった濃い味のエピソードが多いじゃないですか。原体験は何なのですか?


リコピン:その意味でいうと、幼稚園時代の“武器商人”の経験ですかね。


専業主婦になろうと思い、マーケティングを学んだ

――武器商人、ですか?


リコピン:ええ。幼稚園の頃、戦いゴッコが流行って、みんなで新聞紙をまるめて剣にして戦っていたんですね。でも、私は運動神経がよくなかったので、裏方に回って、武器をつくって渡す仕事をしていた。


 ただ剣が主軸の戦いだから、どうしても接近戦になり、運動神経が高い子ばかりが有利でした。それがどうしても納得いかなくて。ドラクエとかみていると弓とか魔法とか中距離系の武器があると、戦いに幅も出るし、多少、運動が苦手な子でも活躍できるじゃないですか。


 「よし、中距離系の武器を供給しよう!」と槍や投矢をつくったら、めちゃくちゃ人気になって「俺も欲しい」「私も」と声がかかりまして。しかも戦いに参加できる人が増えて、戦いゴッコそのものもめちゃくちゃ盛り上がったんですよ。


――新たな武器を開発、市場に出すことで戦局を変えたわけですね。


リコピン:はい。ただ盛り上がり過ぎて、新聞紙の矢が顔にあたる子が増えてしまいました。「あぶないからやめなさい」と先生や保護者の方から怒られ、休戦になったんです。それでも得たものは大きく「人と違うことをやるとおもしろいことが起きるのだな」と意識するようになりました。


 そのときから、人と違う経験ができる場には、できるだけ飛び込もうと決めて生きてきましたね。本にも書きましたが、学生時代に焼き立ての鮭をおかずに、ホカホカの白米を食べたくて、炊飯器と七輪を校内に持ち込んで生鮭を焼いたのもその延長です。友人たちも大歓迎してくれて、一緒に白米を食べたのはいい思い出です。


 ただ、火災報知器が作動して、停学にはなりました。


――強いですね。唸ったのが、その停学をきっかけに趣味でつくった音楽をオンラインで販売して、お金を稼いだことです。


リコピン:音楽は子供の頃からピアノやバイオリンを習い、中学でもオーケストラ部、高校でも軽音部に入るなど、ずっと続けていたんですね。


 一方で小学校高学年の頃、家にWi-fiが通り、初音ミクに衝撃を受けて、DTM(デスクトップミュージック=PCでの音楽を作成・編集)をはじめていました。


 停学になったとき、自宅謹慎でバイトにも行けなくなったので、最初はメルカリで不用品を売って稼いでいたのですが、売りつくしてしまい、「それならば」と作り貯めていたDTM音源をインターネットで販売してみたら、少し売れちゃって。


 しかも、楽曲のタイトルや解説、サムネイルなどを工夫すると、売れ行きがよくなる。元々、小学生の頃には、ブログも書いて、ランキングで1位になったことなどもあり、「手を動かして工夫してインターネットでなにかする」のは性に合っていると感じていました。


――その流れで、高校を出たあと、明治大学の商学部に進んで、マーケティングを学ばれたのですか?


リコピン:いやあ。実は違うんですよ。恥ずかしながら明大に進学したきっかけは、当時つきあっていた彼氏です。


 私が通う高校は進学校だったのですが、音楽に没頭しすぎて、勉強をしなくなっていたんですね。私だけ偏差値24になっちゃっていた。


 当時つきあっていた彼氏が、音楽の才能あふれる人で「学校を出たら音楽の専門学校に行く」と言っていたので、私も大学なんていいやと思っていたのです。


 ところが、高3になったら急に彼が「俺、大学行くわ。立教」と言い始めちゃって。当時は全面的に彼氏を尊敬していたので「あ、じゃあ、私も大学行く。私もMARCHに行く。家から行きやすいから明治だ!」と。


――おお。なかなかですね(笑)。商学部を選んだ理由は?


リコピン:人の行動心理みたいなものに昔から興味があったからですね。思春期くらいになると学校で派閥ができるじゃないですか。ただその派閥の構成が、ちょっとしたイベントごとに変わったり、急に仲違いしたり、また仲良くなったりと不思議な動きをする。


 人の判断って決して合理的ではなく「理由にならない行動」がままある。その不思議さに興味があったんです。


 消費もまさにそうですよね。コンビニでお茶を選んだけれど、十数種もある中でその1本を選んだ理由は、別段、説明できなかったりする。あるいは「Tシャツを買おう」と思って入った店を出る頃に、なぜかパンツを購入している自分がいたりする。


――社会学や心理学的な視点で、消費行動に興味を抱いていたのですね。そして明大時代に、インターンシップで入った会社でWebマーケを学び、今につながる。


リコピン:いや~。これも恥ずかしながら、そんなにきれいにはつながっていなくて。


 実は大学受験のきっかけになった彼氏と別れて、「今後の人生どうしよう…」と悩んだことがあったんです。私は協調性もないし、たぶん会社でうまくやっていけるタイプじゃないと思っていました。


 「それならお金持ちと結婚して、専業主婦になろう!」と決めたんですね。


――ほう。……え? なぜ、そこからインターンに?


リコピン:「お金持ちといえば、商社マンだな」と、短絡的な考えにまず至りました(笑)。


  そこでまずは大手総合商社に潜り込む必要があります。しかし、就活で大手総合商社は狭き門。周囲をみても就活がうまくいく人はみな、ガクチカ(学生時代に力を入れたこと)がものすごかった。「サークル長でがんばった」とか「部活で全国大会に出た」とか、私には何もなかった。


 それなら、長期インターンで何かしらの成果を出せば、ガクチカとして差別化が図れるのでは、と考えたんです。そして商社に入って、お金持ちと出会い、結婚して、遊んで暮らしていけるだろうと。


――ところが、そこでマーケティングの世界にどっぷりハマったわけですね。


リコピン:はい。しかもオナホにたどり着くとは、当時は思いもしませんでした(笑)。


(後編に続く)