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性犯罪の刑法改正「一部に不明確な規定、処罰範囲が広くなるおそれ」 弁護士の懸念点

2023年06月15日 19:01  弁護士ドットコム

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性犯罪の規定を見直す刑法などの改正案が6月15日、参議院の法務委員会で全会一致で可決されました。法案は、あす16日の参議院本会議で可決、成立する見通しです。改正案は「強制性交罪」の罪名を「不同意性交罪」に変更し、「性交同意年齢」を13歳から16歳へ引き上げるなど、大幅な改正となっています。


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これまでの処罰規定は性暴力の実態を反映しておらず、起訴に至るまでにはハードルが高いということが性暴力被害者を中心に指摘されてきました。



性暴力事件では加害者弁護と被害者支援ともに経験があり、子どもの被害にもくわしい神尾尊礼弁護士は「性暴力被害者をさらに保護することは必要」としつつ、「一部に不明確な規定があり、処罰範囲が広くなりすぎるのではないか」と話します。詳しく評価を聞きました。



●不同意性交罪は「処罰範囲が広くなりすぎる可能性」

大前提として、刑法を改正して、性暴力被害者をさらに保護することは必要だと思っています。



「強制性交罪」について、罪名を「不同意性交罪」に変更する方向性には反対しません。被害者側の弁護活動の中でも、暴行・脅迫要件(被害者の反抗を著しく困難にする程度のもの)は狭すぎるというのは感じています。



今回の改正では、不同意性交等罪の構成要件として、8つの行為を具体的に列挙しています。ただ、中には一部不明確な規定があり、懸念しています。



まず、「前条第一項各号に掲げる行為(8つの行為)又は事由その他これらに類する行為又は事由により」という条件が入っており、8要件に加えて「その他これらに類する行為」を入れると、処罰範囲が広くなりすぎるのではないかと思います。



また、「経済的又は社会的関係上の地位に基づく影響力によって受ける不利益を憂慮させること又はそれを憂慮していること」という要件があります。これは、上司と部下や大人の師弟関係など、何らかの上下関係があれば要件を満たすことになるでしょう。



この場合、上司と部下が社内不倫し、関係が破綻したあとに「不同意性交」と主張することもできると思います。倫理的な問題と刑罰は分けて考えなければならないと思いますし、こうした関係に国家が介入するのは行き過ぎだと思います。



「アルコール若しくは薬物を摂取させること又はそれらの影響があること」という要件は、「それらの影響があること」をどこまで捉えるのかわかりません。ビール1杯でも影響があるといえるのか。ほろ酔いで気持ちが乗ってしまっただけでも、犯罪として抑止されるべきものなのか。被害者側の意思決定権を守るとしても、それは刑罰ではなく倫理的な民事上の問題というレベルのものかもしれません。



⚫︎生活がどんどん萎縮していってしまうおそれ

犯罪と刑罰に関するルールが不明確になってしまうと、どこまでがダメなのかわからず、わたしたちの社会生活はどんどん萎縮していってしまいます。刑法の明確性の原則というものです。



刑事法を規定するうえで、不明確な要件があると、国民の行動を過度に制限してしまいます。予測可能性という言い方もしますが、どこまでいったらダメなのかわからない状態の法律は適切ではないと考えます。



刑事罰は「実際には処罰されない(起訴・有罪にならない)からいいんだよ」では問題があります。刑事罰を科さなければいけない事情は、吟味して限定的に捉えないといけません。



たとえば、「この道では50キロ以上出してはいけない」という規定があるとすると、49キロまではOKだから、皆49キロで走ることができます。でも「この道では危ない運転してはいけない」という規定だとすると、どこまで許容されるかがわかりません。だから、皆30キロくらいで走るかもしれないし、そもそも、そこを運転するのをやめようという話になります。さらに、規定が明確でないと、51キロで走っていても「危なくなかったよ」と言われて捕まえられないことにもなります。



「虐待に起因する心理的反応を生じさせること又はそれがあること」という要件は、虐待により親からの支配下にあり抵抗できないものの、暴行や脅迫がないから強制性交等罪で処罰できない場合を救うことになると思います。



ただ、こうした要件と同列に「アルコールの影響があること」や「睡眠その他の意識が明瞭でない状態」を入れていいのか。私たちの社会は、これらを虐待と同じ類型の処罰対象と見ているのでしょうか。



被害者側から考えても、処罰範囲が広ければ広いほど犯罪かどうかわからなくなり、本来ちゃんと刑事手続きに乗るべきものも取り逃してしまう可能性があると思います。



⚫︎子どもを守る方向性には全面的に賛成する

児童生徒を守るという方向性の規定には、全面的に賛成します。私は埼玉県のスクールロイヤーをしていますが、中高生はよく性犯罪に巻き込まれています。SNSで知り合った大人とやりとりする中で、下着の写真を送らされて、それを弱みとして握られるという被害が相次いでいます。



わいせつ目的で16歳未満の若年者に面会を要求する行為を処罰すること、18歳未満で被害を受けた場合に公訴時効の起点を18歳と延長することにもおおむね賛成です。



撮影罪や盗撮映像の没収の規定も必要だと思います。もともと都道府県の迷惑防止条例で処罰されていましたが、条例に微妙な違いがありましたので、統一されるのは良いことだと思います。



⚫︎司法面接、事前の供述汚染をチェックできるか

刑事訴訟法の改正で、性犯罪被害者の供述やその状況を録音録画した記録媒体を条件つきで新たに証拠とすることができるようになります。



この記録媒体は「司法面接」によって作成されるもので、「司法面接」では虐待や暴力を受けた子どもに負担のない形で、検察官や専門スタッフが面接をおこない、体験や出来事を聞き取っています。



法制審議会の資料によると、「司法面接」は2020年度に約2100件実施されていますが、これまでその記録媒体が証拠として採用されたのは27件にとどまっています(2018年4月1日~21年3月31日に判決が言い渡された刑事裁判における件数)。たしかに、小さな子どもが被害者の事件でよく「司法面接」はおこなわれていますが、そもそも起訴されている事案では加害者が加害の様子を撮影しているなど、客観的証拠がある事案も多く、供述証拠の必要性がないこともあります。



子どもの他に、被害者が障害者の場合もとても有効だと思います。施設内での性犯罪がとても多いのですが、法廷で検察と弁護側双方から尋問されると、どちらにも迎合してしまい供述できないことがよくあります。そもそも法廷に来られないことも多いです。ただ、大人の場合、よほどの事情がない限り、裁判所は録音録画記録媒体を証拠として採用しないのではないでしょうか。



日本でも「司法面接」が科学的な証拠に基づいた手法がおこなわれているのは承知していますが、逆に面接前に子どもの供述が汚染(記憶が変わってしまうこと)されていないかを確認する手法はありません。日弁連も2023年3月の意見書で、聴取前の汚染の措置を講じるよう求めています。記録媒体は供述態度なども伝わり、証拠としてものすごくインパクトがあるからこそ、事前の汚染のチェックが必要だと思います。




【取材協力弁護士】
神尾 尊礼(かみお・たかひろ)弁護士
東京大学法学部・法科大学院卒。2007年弁護士登録。埼玉弁護士会。刑事事件から家事事件、一般民事事件や企業法務まで幅広く担当し、「何かあったら何でもとりあえず相談できる」弁護士を目指している。
事務所名:弁護士法人ルミナス法律事務所
事務所URL:https://www.sainomachi-lo.com