Text by CINRA編集部
セバスティアン・マイゼ監督の映画『大いなる自由』の本編オープニング映像と著名人コメントが到着した。
2021年の『カンヌ国際映画祭』ある視点部門審査員賞を受賞した同作は、男性同性愛が禁じられていた第二次世界大戦後のドイツが舞台。男性同性愛を禁ずる「刑法175条」のもと自身の性的指向を理由に繰り返し投獄されるハンスと、同房の服役囚ヴィクトールの反発から始まった関係が長い年月を経て互いを尊重する絆へと変わっていくというあらすじだ。7月7日公開。
主人公ハンス役にフランツ・ロゴフスキ、ヴィクトール役にゲオルク・フリードリヒがキャスティング。撮影監督を、セリーヌ・シアマ監督が『トムボーイ』や『ガールフッド』でタッグを組んだクリステル・フルニエが務めた。
オープニングは1968年、西ドイツの男子トイレに秘密裏に取り付けられた隠しカメラの映像でスタート。人目を気にしながら同じ個室に入っていく2人の男の姿が映されており、この映像がハンスの裁判の場で流される様子や、ハンスが車で刑務所に連行されるシーンなどが確認できる。
脚本も担当したセバスティアン・マイゼ監督は「劇中に登場するような、隠しカメラでの監視はかつて実際に行われていました」と語り、「男性同士の恋愛が犯罪とされていたため、彼らはつかの間の出会いの場を作る必要があったのです。その中には、“クラッペ”と呼ばれる男性用公衆便所も含まれていて、風紀警察が知恵を絞り、熱心に探っていました。映像を見ると、“異常なのは撮る側と撮られる側のどちらなのか?”という疑問が湧いてきます。それらの映像を見たとき、これを映画の始まりにするべきだと思ったんです」と解説している。
© 2021FreibeuterFilm•Rohfilm Productions
© 2021FreibeuterFilm•Rohfilm Productions
【王谷晶のコメント】
もうそれ以外には何も持っていないかのように、愛だけを抱えて生きるハンスが眩しい。愛と欲望は人の心の中にあるものなのに、その外側の都合で繰り返し繰り返し押し潰される。それでも愛も欲望も壊れはしないのは、やはり人の心の中にあるものだから。
【岡田利規(チェルフィッチュ)のコメント】
この映画を見るあなたは主人公ホフマンを演じるフランツ・ロゴフスキの表情と佇まいに、冒頭から吸い込まれるように見入るだろう。そしてラストシーンでは陶然とするような、宇宙に放り出されるような経験を味わうだろう。
【折坂悠太のコメント】
その肌に温もりを絶やさぬよう、誰かが灯した火。私のためでも、あなたのためでもない。例えを拒む、震える光。条件付きの「未来」を尻目に、またどこかでガラスが割れる。その目はいつも開いてる。
【カナイフユキのコメント】
「本当の自由とは何か」という問いを突きつけてくるようなラストシーンに、どう応答したら良いのか今もわかりません。監獄の光と闇の中で紡がれる、自由をあきらめることができなかった男のドラマを、これからの人生で何度も思い出しそうです。
【北村道子のコメント】
それにしても、『青』の囚人服とおとこの裸体がこんなにもエロチックで美しいとは思わなかった。マッチの炎が一際おとこを妖しくさせるのはクリステル・フルニエの才能。
【木村和平のコメント】
あらゆる轟音が、無音のように感じられた。その一方で、エンドロールの微かなホワイトノイズは最も大きな叫びとなり、どこまでも正直に生きようとするハンスを抱擁しているようだった。多彩な色温度の照明、そのすべてに存在意義があるように、だれの光も邪魔しない社会を願う。
【小池昌代のコメント】
同性愛者ハンスの腕に黒黒と刻印された二重の入れ墨。同様の峻烈な痛みが胸に刻まれ跡を残す。透明で強靭な闇と、時折、開く光の窓。刑法175条の歴史。内と外の概念が逆転する。観た後、自分が変わる映画だ。
【須永辰緒のコメント】
ニルス・ペッター・モルヴェルの劇中に流れる不協和音のようなソロはマイルス(ディヴィス)の『処刑台のエレベーター』あるいは黎明期日本のフィルムノワールを想起させる。ラスト近くのフリー・ジャズの演奏がこの映画を物語る音像と想定されるならば、その命題とのパラドックスが監督の意図なんでしょう。
【多和田葉子のコメント】
ハンスが求めていたのは肌と肌、心と心が密着するような親密さだった。同性愛禁法のせいで戦後も入獄を繰り返した彼が、監獄内で初めてロマンチックな愛や、深い信頼関係を知る。カメラはそんな彼を肌に触れそうなほど近くから写し続けた。
【マライ・メントラインのコメント】
LGBTQの人間的権利確保のための長きにわたる精神的苦闘を描く「政治的に正しい」装いの映画だ。実際、構成材料の99%は確かにそれ系なのだけど、残り1%で「すべてをひっくり返し、価値観を再定義」してしまう、とてもきわどい内面アート作品なのだ。なるほどカンヌで評価されるだけのことはある、と感嘆せずにいられない。
【ミヤギフトシのコメント】
暗闇が隠そうとする、あるいはそこに隠れることで生まれる関係性。おぼろげな煙草の火が浮かび上がらせるのはハンスが築いた関係性であり、そこにいたかもしれない無数の誰かの消せない感情でもある。
【藪前知子(東京都美術館)のコメント】
人間は自由のもたらす孤独に耐えられるのか、というエーリッヒ・フロムの問いがナイーブに思えるほど。ここに描かれるのは、自分の精神を、肉体を縛りつける空間や力から切り離しとことん守り抜こうとする、純度の高い「自由」への渇望。