2023年06月11日 08:41 弁護士ドットコム
歳を重ねるにつれ、高齢者介護に関するニュースを見るたび、他人事ではないと感じるようになってきた。特に、自宅で介護を行う場合の家族の負担は非常に気がかりだ。
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2023年3月に大阪地裁で行われた傷害事件の裁判は、自宅で介護をしてきた実の息子による傷害行為が罪に問われた。介護のストレスと一部同情的な見方もできるかと思ったが、その犯行理由はあまりに身勝手なものであった。(裁判ライター:普通)
被告人は50代の男性。会社員でもあり、法廷でも落ち着いた様子を見せているが、過去にも傷害での罰金前科があったという。離れて暮らす内縁の妻がいるが、結婚歴はなく両親と3人で生活している。
被害者は80代半ばである被告人の父。脳梗塞を患ってから、体の一部が麻痺しており、自力で歩けはするものの、階段の上り下りなどに不安がある状態だった。そこで、足の筋肉をつけるために朝昼晩と毎日3回、スクワットをすることを被告人と約束していた。
被告人によれば、これまで家族に手を上げることはなかったという。ただし、周囲から「酒癖が悪い」とよく指摘を受けていたほか、本人も「泥酔しないと飲んだ気にならない」と取調べで供述するような飲み方だったようだ。
事件当日、被告人は朝7時過ぎに飲み明かして帰宅した。帰宅後、父の寝ているベッドへ行くとメモが貼ってあった。朝昼晩とスクワットを行ったら、そのメモを剥がす約束をしていたので、その日の朝は行っていないことが分かった。それに激昂し、「なに寝とんねん、約束が違うやないか」などと言いながら暴行を加えたという。
その態様はベッドの転落防止用の柵を外して殴り、足で脇腹を蹴とばすといった激しいものであった。被害者は頭部挫創、肋骨骨折などにより6針を縫うなど全治1カ月のケガを負った。柵にはヒビが入り、枕には血がついていた。
泥酔していたためか、被告人には事件当時の記憶はほとんどない。母の必死の制止にも気付いておらず、警察が到着したとき、手には缶ビールを持っていた。
被害者としては「約束が違う」と言われながら殴られた記憶から、運動をしなかったことが原因と把握したものの、「そこまでされないと、いけないことなのか」と困惑しており、事件後は老人介護施設に入っている。
被告人にも、父を思う気持ちはあったようだ。スクワットを約束させたのは、寝たきりの生活にならないようにと考えてのことだった。高齢の母に負担がかからないよう、父親には少しでも自分で動けるようになって欲しいとも思っていたという。
しかし、被告人の思い通りには父のリハビリも進まなかった。被告人自身も「もっと支える気持ちを持ってあげればよかった」と供述するように、「親のために」と理想像ばかりを作り上げていたようだ。自分の指示通りに動かない父親に対する不満をためた結果、アルコールの影響もありキレてしまったのだろうか。
裁判官から、酒が原因ではないかということを追及され、「今後お酒は?」と聞かれ「今は減らしている」といったやりとりもあった。
傍聴をした範囲では、スクワットの約束をした以外、父親のリハビリに協力していたかは不明で、介護の負担が発生したのかどうかはわからない。しかし、被告人の供述によれば、被告人なりにストレスを抱えていたようだ。
1つは、内縁の妻と過ごしたい思いがあるが、親を見捨てられないのでできないというもの。もう1つは、周囲から「実家で暮らすなんて、楽ができて羨ましい」と言われていたことだったいう。介護のために親と一緒に暮らし、自分の時間が減ってストレスを感じているのに、周囲にはラクしているかのように思われたのが心外だったのだろうか。
被告人が子どものころに、父(被害者)から暴力を受けていたことなどは語られたが、それ以外の家族関係が裁判で明らかになることはなかった。
犯行時のことはほとんど覚えておらず、事実を認めてはいるものの、スクワットをしなかった父を非難するかのような供述をするばかりで、強く謝罪の姿勢を見せているとは感じられなかった。母は証人出廷も、書面での陳述もなかった。
判決は懲役2年(求刑同じ)、執行猶予4年であった。常習的な暴力行為などではないことや介護のストレスなどの一部の事情が考慮されたが、高齢の被害者に対しての一方的な暴力には酌むべき点が薄いと認定された。
【筆者プロフィール】 普通:裁判ライターとして毎月約100件の裁判を傍聴。ニュースで報じられない事件を中心にTwitter、YouTube、noteなどで発信。趣味の国内旅行には必ず、その地での裁判傍聴を組み合わせるなど裁判中心の生活を送っている。