2023年06月10日 09:11 弁護士ドットコム
「何か筋違いなクレームがついたため、急遽中止になったようだ」
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不登校の児童・生徒に配慮した教育をおこなう「不登校特例校」(*1)の全国イベントが中止になったことをめぐり、元文部科学事務次官の前川喜平氏が今年1月25日、こうTwitterでつぶやいたところ、一部で「二次加害だ」という批判が相次いだ。
イベント主催の文科省は同日、Twitterで「不登校特例校 全国の集い」(2月5日予定)を中止にした理由について「準備をしていく中で、様々な御意見をいただいたことから、開催が困難な状況が生じた」と説明したが、問合せ先事務局が「学校法人東京シューレ学園」(奥地圭子学園長)内におかれていたことに対する抗議があったことがわかっている。
実は、奥地氏が始めたフリースクール「NPO法人東京シューレ」で、かつて性暴力事件が起きていたのだ。
はたして、東京シューレで起きた性暴力事件とはどのようなものだったのか。1月のイベント中止をきっかけに、文科省、東京シューレ、前川氏、被害者本人に取材した。(ライター・黒部麻子)
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イベントの問合せ先となっていた準備会事務局は、東京シューレ学園(以下、学園)内におかれていた。学園は、NPO法人東京シューレが母体となり、2006年に設立された学校法人だ。
東京シューレは1985年、奥地圭子氏によって、不登校の子どもたちのための、学校外での居場所・学び場として開設された(1999年にNPO認証)。わが子の不登校に直面した奥地氏は、小学校教師を辞めて、シューレの活動に尽力してきた。
当時は、「登校拒否」と呼ばれることが多かったが、学校へ行かない・行けない子どもたちへの偏見が根強く、病気や怠けが原因だと見なされていた時代。
不登校はどの子にも起こりうることで、否定されるべきものではないと訴え、フリースクールやホームスクーリングなど、多様な学びの場をつくってきた東京シューレは、不登校支援の草分け的存在だった。
ところが、そんな東京シューレで、2000年から2001年にかけて、成人の男性スタッフから10代の子ども(利用者)への性暴力事件が起きていた。被害者の女性Aさんが取材に応じた。
Aさんは小学5年生のとき、いじめがきっかけで不登校になり、東京シューレに入った。その後、長野県の山の中に建てられたログハウスでの宿泊型フリースクール「ログハウスシューレ」事業に参加した。
ログハウスでは、スタッフ2、3人と、男女各10人ほどの子どもたちとが共同生活を送る(*2)。約3カ月を1期間として、その都度、参加者を募集するが、Aさんは1998年11月から2001年3月までの第1期から8期まで、ログハウスに参加した。
その中で2000年3月から1年間にわたり、Aさんは成人スタッフから、繰り返し性行為の強要などの被害を受けた。
Aさんは当時10代半ばで、性に関する知識も十分ではなかったうえ、人里離れた山の中で逃げるすべもなく、また口止めされていたために親や仲間に打ち明けることもできなかったという。
Aさんは後年、このときの被害を原因とする「複雑性PTSD(心的外傷後ストレス障害)」と診断された。現在もフラッシュバックや解離症状、うつ、希死念慮などに悩まされ、治療が続いている。
なお、ログハウスにおける被害者は、のちの検証において特定されているだけでも、Aさん以外に複数人おり、加害者も複数いる可能性があるとされている。
Aさんは2016年3月、「NPO法人東京シューレ」と加害者を相手取り、損害賠償を求めて提訴した。2019年に裁判は和解。これに際して、Aさんはシューレ側に、謝罪のほか、再発防止策の策定を求めた。
しかし、和解文に謝罪の文言は盛り込まれたものの、現在に至るまで、検証と再発防止のための取り組みは終わっていない。
のみならず、「裁判提起後も、裁判終了後から今に至るまでも、組織としての対応を悉く誤り、被害当事者の方にさらなる二次加害を与え、心身ともにさらに傷を深めてしまっている状況にある」という(シューレホームページより)。
和解条項に基づいて、シューレでは「子ども等の人権の保護に関する委員会」が設置されて、事件の検証がおこなわれた。また、シューレも加盟している、フリースクールの中間支援組織「フリースクール全国ネットワーク」でも、事件を契機として、フリースクールで人権侵害が発生した場合の対応や予防について検証がなされた。
こうした中で、奥地氏らの事件対応が不適切・不誠実であったことがたびたび言及されており、奥地氏は2021年6月、事件の責任を問われてNPO法人東京シューレの理事長および理事から退任した(東京シューレ学園の学園長は継続)。
事件当時においても、被害通報を受けていながら適切な対応をしなかったことや、提訴されたことをシューレ理事会にも知らせず、奥地氏と事務局長の「独断」で進めてしまったこと、和解に際してAさんに口外禁止を強く求めたことなどが指摘されている。
また、東京シューレの2021年度活動報告書によると、「調査検証・再発防止の取組は、NPO・学園両法人の共通課題として位置付け合同で取り組んできましたが、学園より元原告被害当事者OGの方との対応と再発防止の合同での取組から離脱する方針が示され」たとされている。
このように、重大な性暴力事件が「未解決」のまま、「不登校特例校 全国の集い」の事務局に東京シューレ学園を起用することに対して、Aさんや、性暴力被害者有志による市民団体から「文部科学省が性暴力加害団体にお墨付きを与えるのは、性暴力被害を矮小化する二次加害」といった抗議がなされていたのだった。
文科省は、イベントの開催中止について、ツイッター上でこのように告知している。
「【2022年度「全国の集い」開催中止】ご案内しておりました不登校特例校「全国の集い」は、準備をしていく中で様々な御意見をいただいたことから、開催が困難な状況が生じたため中止とさせていただきます。参加を予定していた皆様におかれましては御迷惑をおかけしてしまい、誠に申し訳ございません」
https://twitter.com/mextjapan/status/1618058848392318979
SNSでは「中止になった理由を知りたい」「楽しみにしていたのに」といった声もあがった。
抗議の背景を知らなければ、こうした反応は当然ともいえる。
「様々な御意見」とはどのような意見なのか。「開催困難な状況が生じた」のはなぜなのか。文科省から具体的な説明はなされないのだろうか。
文科省に取材したところ、「個別具体的な御意見の内容に関しては、こちらから申し上げることはできません。今後も、新たに情報を発信するという予定はございません」という回答だった。
「不登校激増の中とても意味のある集会なのに、何か筋違いなクレームがついたため、急遽中止になったようだ。理解に苦しむ」
https://twitter.com/brahmslover/status/1617922324883476485
こうツイートした理由について、前川喜平氏は取材に対して、以下のように回答した。
――「筋違いのクレーム」とは何を指していますか?
前川氏:私も報道で、東京シューレの職員による性加害事件はだいたい知っているつもりです。しかしこの事件は、NPO法人東京シューレが起こしたことで、今回の全国集会は、学校法人東京シューレ学園が事務局です。
たしかに、NPO法人東京シューレの前理事長だった奥地圭子さんが今、学園の学園長をしているのですが、ただやはり裁判の当事者だった東京シューレとは別法人です。そして、NPO法人と被害者の間では一定の和解に至って、法的には一応決着がついていると聞いています。
今、不登校特例校が増え続けていて、非常に大事な時期です。不登校特例校の全国組織をつくるというのは非常にいいことだと思ったので、それを中止に追い込んだというのはどうしても理解できない。何より、中止にした文部科学省の判断が間違っているのではないかと思います。
もちろん、被害者の精神状態に対するケアというのは最大限必要だと思います。ただ、このイベントを中止させることが、どれだけ関係するのか。中止する理由が、私にはちょっと見いだせないということです。
――たしかに法的には和解していますが、その後も検証は続いています。これまでNPOと学園とで合同で取り組んでいたのに、そこから学園が離脱してしまったそうですが。
前川氏:その辺の事情はよく承知しておりません。
――Twitterで原告の方から、「前川さんのツイートは二次加害なので謝罪・削除してほしい」という旨の返信が前川さん宛てになされています。
前川氏:私はTwitterは書きっ放しで、返信などは一切読まないんです。今までどんな返信にも答えたことはありません。その返信も見ていないし、それに対して回答するつもりもない。何もお答えできません。
――被害者は、学校で傷つき不登校になり、さらに第二の居場所を求めた先のフリースクールで性被害に遭った。これは非常に大きな問題ではないでしょうか。
前川氏:それは非常に大きな問題だと思います。加害者に対しては厳しく指弾されなければいけないし、NPO法人東京シューレが、きちんと法的な償いをすることと、再発防止について最大の手立てを取るということは、もちろんやらなければいけない。それは全くその通りだと思います。
(*1)不登校特例校……不登校の児童生徒に配慮した特別な教育課程を組める学校のこと。小学校から高校まで、全国で公立・私立あわせて24校が指定されている。 https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/1387004.htm
(*2)ログハウスの運営は、シューレが起業支援して、シューレスタッフにより設立された会社に業務委託する形がとられていた。