2023年06月10日 09:11 弁護士ドットコム
文部科学省は1月25日、不登校の児童・生徒に配慮したカリキュラムを組む「不登校特例校」のイベント中止を発表した。文科省はイベント中止の理由をはっきりと示していないが、かつて性暴力事件が発生したフリースクール「NPO法人東京シューレ」にからんで抗議があったことがわかっている。
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このイベント中止をめぐり、元文部科学事務次官の前川喜平氏は「何か筋違いなクレームがついたため、急遽中止になったようだ。理解に苦しむ」とツイートしたが、その後、被害当事者のAさんは前川氏にあててTwitterでこう書いている。
「今回の前川さんの発言は、性暴力被害者への二次加害となっています。(略)どうかこちらの tweet を削除した上で性暴力被害者への二次加害をしたことについてきちんと謝罪をしていただきたく思います」
同じ被害者Aさんからかつて「二次加害だ」と抗議を受けたという点で、公認心理師・臨床心理士の信田さよ子氏は前川氏と同じ経験をしている。
信田氏は、晶文社のウェブ連載「『よきことをなす人』たちのセクハラ」で、人権や社会正義のための活動をしている団体の中で起きた性被害の告発について書いている。その1回目のコラムで、東京シューレ性暴力事件を含む、複数の事例を紹介していた(2021年11月掲載)。
コラムの掲載後、被害者Aさんは、信田氏あてに手紙を送った。
大人から子どもへのレイプが繰り返された事件を「セクハラ」と呼ぶこと、被害者が納得していないシューレ側の言い分のみを引用したこと、「加害・被害の二極化を避けなければ」という内容などが、被害者への「二次加害」であるという抗議だった。
昨年、信田氏は「本連載に関しての謝罪文」と題するコラムを掲載した。被害者の声にどのように向き合ったのだろうか。文科省の発表や、前川氏のツイートをどう感じているだろうか。謝罪文を書くに至った経緯も含めて聞いた。(ライター・黒部麻子)
「二次加害だ」批判された文科省イベント中止、有名フリースクールで起きた「性暴力事件」とは?
有名フリースクールで発生した性暴力事件、「置き去り」にされた被害者が望む「検証」のあり方
――1月に文科省がイベント(不登校特例校(*) 全国の集い)を中止したことについて、ご感想をお聞かせください。
信田氏:文科省がイベントを中止にしたことは大きな衝撃でした。当事者からの抗議をある程度受け止めないと、今後はダメだと判断したのでしょう。理由を明らかにしないまま中止するというのは、良いやり方ではないけれども、強行するよりは良かったと思います。今回中止にしたことが、フリースクールをはじめとする不登校支援団体に与える影響は大きいと思います。
私は、長らく東京シューレの代表をつとめてこられた奥地圭子さんより少し下の世代で、立ち上げのころも知っています。不登校への社会的理解がなかった時代でしたから、彼女の取り組みは斬新で、リベラルな知識人がこぞって応援したんです。いわゆる「栄光」というのでしょうか、奥地さんにそうした思いを抱いている人は、批判することにためらいがあるのでしょう。彼女を引きずり下ろすかのように考えてしまうのかもしれません。
東京シューレ性暴力事件は、あまり世間に知られていません。私も、抗議を受けて、被害者の人たちから資料をいただくまで、詳しいことは知らなかったんです。問題があったというのは聞いていたけど、「セクハラ」という言葉でまとめてしまってもいいようなものだと思っていました。ずっと隠蔽されてきたことや、和解の実態もわからなかった。私の情報収集が不十分だったと反省していますが、報道があまりされていないことも問題だと思います。
――文科省が中止の理由を具体的に説明していないことについてはどう思われますか。
信田氏:説明しないのが権力だとも言えます。2020年に日本学術会議の任命拒否問題が起きました。あのときに菅義偉首相(当時)は「なぜあの6人は外されたんですか?」と理由を問われても、頑として説明しませんでした。拒否そのものよりも「その理由を述べない」ことが、最大の権力行使だったと思います。
今回、文科省も理由を説明しない。被害者は、巨大な権力と対峙しているわけです。それはDV(ドメスティック・バイオレンス)でも同じです。突然不機嫌になって無視したり、突然殴ったり怒鳴ったりして、その理由は言わない。理由を言わないことで、権力を行使しているのです。
――コラム「謝罪文」の中で、信田さんは、Aさんから抗議されて「私の中でスルーすればいい、無視すればいい、という声がなかったかと言えば嘘になる」と書きました。
信田氏:被害者の方から分厚い封筒が届いて、何だろうとまず身構えました。読めば、ご自分の経験と私への批判が書いてある。東京シューレの事件をセクハラ事例として紹介したこと、そして、東京シューレ側の主張だけを引用して、被害者の言い分を書かなかったこと。それらが二次加害だということを突きつけられました。
正直、やっぱりいい気持ちはしませんでした。「セクハラと言ったくらいで、なんでこんなに私を批判するの? 私よりもっと酷い人はたくさんいるじゃない」と思いました。私は基本的に弱い立場の人、被害者の味方であることを心掛けてきました。だから私を敵に回さないでほしいと傲慢にも思ったんですよ。
あらゆる二次加害が加害の自覚なくおこなわれます。自分は良いことだと思ってやったのになんで?って、みんなそこで傷ついて、被害者批判へとひっくり返る。その危険性が当事者としてよくわかったのです。
――それをどうやって乗り越えたのでしょうか?
信田氏:私はもともと長時間何かに悩むということをしない性格で、10分くらいで決めてしまうのですが、Aさんからの手紙に関しては、3、4日、喉元に小骨が刺さったような感覚がありました。
このままスルーすることもできるし、多くの人はそうしてる。でも、今までずっと虐待や性暴力の問題を自分の仕事のメインテーマにしてきて、今後もそうしていこうと思っているこの私が、そんなことをしたら、自分がダメになると思ったんです。卑怯者になる。卑怯者と言われるのは嫌でした。
やはり受け止めなきゃいけないと思いました。被害者が「二次加害だ」と言えばそうなんです。はっきりした基準があるわけではないし、正しいかどうかではなく、被害者がどう受け止めるかだ、というのが私の基本的スタンスです。
私はDV加害者への更生プログラムもやっています。加害者がどう責任を取るかということにずっと取り組んできた以上、責任を取らなければいけないと思ったんです。
謝罪の原稿は、自己弁護にならないかということだけを考えて書きました。私は、虐待した親から子どもへの謝罪などもたくさん見てきましたが、人は加害者でいることに耐えられず、自己弁護に走ってしまうと感じていました。だから、それだけは避けようと思いました。
「謝罪文」を書いて良かったと思うのは、説明責任というのは何なのかということが、よくわかったことです。説明責任、アカウンタビリティという言葉はみんな簡単に口にしますが、そもそもアカウンタビリティって、とってもきついものなんですよね。
それは被害者の言葉をそのまま復唱するということです。「あなたはこういうことをしましたね、信田さんの発言は二次加害です」と言われたら、「私の書いたことは二次加害であった」と、そのまま私が自ら復唱しなければいけない。政治家などがよく使う「不快な思いをさせてしまってごめんなさい」とか「誤解をさせてしまって」といった小手先の謝罪は、責任をとったことにはまったくならないんです。
被害者の方からも、再度お手紙をいただきました。「残念な部分もあったけど、誠実に対応してくれた」と。「ずっと不誠実な対応を受けてきたので、真摯に向き合ってもらえ大変貴重な経験となった」と書いてありました。それを読んだときに、なんてことだろうと思いました。もちろん事件のあった東京シューレもひどいけど、その後、信頼して訴えた人たちみんなからスルーされていくわけじゃないですか。その二次加害のほうがきついと思いました。
――前川さんのツイートについて、TwitterではAさんをはじめ、多くの人が「二次加害だ」と指摘しています。信田さんはどう思いますか?
信田氏:二次加害だと思います。前川さんともあろう人が、と。何より「筋違いなクレーム」という言葉ですよ。「筋違い」というのは、前川さんの判断が入っているし、その判断が正しいというある種の権力性があると感じます。
DVでも、「お前が間違っている、愛情が足りない、母・妻として不適格だ」というような判断が、すべて夫によってされることがあります。ミシェル・フーコーはこのような「状況の定義権」こそ「権力」であると言いました。
私は前川さんのツイートにも「こちらが判断することが正しい」という権力性を感じます。元文科省官僚で、ずっと不登校問題をバックアップしてきたという自負があるのかもしれません。
そもそも、「クレーム」という言葉は失礼な言葉だと思いますよ。私はカウンセリングセンターを運営してきて、今までたくさんの苦情を受けてきました。でも、それをクレームと言ったら、本人に対して失礼だと思うんです。クレームというのは限定的に使う言葉であって、外部にはあまり出してはいけない。
さらに言うと、「何か」という言葉。「何かわけのわからない」という含意があります。だからあのツイートは、変な人たちがワーワー言って、貴重な集会をつぶしたというふうに解釈される。それはやはり、真摯な申立てをした人からしたら二次加害ですよ。
たしかに不登校の激増の中で、意味があるイベントだったというのは間違いないと思うんです。
ただ、誰の立場に立つのか。東京シューレの性暴力事件は2000年代のはじめに起きて、裁判の和解後も、検証がずっと続いている問題です。いまだに解決されていない問題の被害者というのは、ある意味で不登校支援、フリースクールのあり方の象徴的な犠牲者じゃないですか。
東京シューレという貴重な試みが出発してから今まで、組織防衛のために犠牲者を生んできた。学校教育の犠牲になった人たちを援助、救済していくというポリシーをもったところがそれをやっては、存立基盤が揺らぐのは当然です。その犠牲者の視点を捨ててしまったらまずいですよ、ということをわかってもらいたいです。
――信田さんは連載の中で、「よきことをなす」はずの人たちが、内部で起きたセクハラや性暴力と向き合うことの困難さを書いています。
信田氏:「よきことをなす」ためにどれだけ苦労してきたか知ってるのか? という思いが出てきてしまうのだと思います。奥地さんも、お子さんが不登校になったところから、ゼロから始めて、あそこまで不登校支援の運動を大きくしてきた苦労は評価しています。そのことまで否定しているわけではないんだけど、彼女からしたら「私がやらなかったらどうなったの?」という思いがあるのではないでしょうか。
たとえば修復的司法のような、被害者の人たちと奥地さんたちとの関係において、被害者の苦しみを正面から加害者に伝える、そこから逃げることが許されないといった場をもうけるような試みが必要なのではないでしょうか。もちろん、妥協を強いて変な和解をさせようという意味ではありません。加害者が加害を認められない構造をできるだけなくしていかなければと思うからです。日本では公的な加害者へのアプローチがほとんどない国です。逮捕か裁判、さもなくば謝罪会見といったものしかありません。
私たちのカウンセリングセンターでは、今まで訴訟を起こされたことがありません。苦情はたくさんありますよ。そのときには、誠心誠意、謝らなきゃいけない。ごめんなさいって言わなきゃいけないと思うんです。私たちのカウンセリング業界や精神科医もそうだけど、謝ったら責任を認めちゃうから謝るなという変な風潮がないわけではありません。でも私は違うと思います。大切なのは、人としての誠意でしょう。
――二次被害の苦しみに、第三者はなかなか想像が及ばない面もあるかもしれません。
信田氏:それは人間不信そのものにつながります。誰も信じられなくなるし、誰からも理解されないと思う。そして、自分ががんばって声を上げたことで周りにどんどん迷惑をかけているんだと思わせてしまう。私が我慢して受け流せばまるく収まったんだ、ことを荒立てた自分が悪かったんだという気持ちに襲われるんです。被害を受け、さらに信じていたひとたちから責められるという孤立無援感。被害者にそう思わせてしまうことが、二次加害による最も深刻な被害だと思います。
――無自覚に、あるいは良かれと思って言ったことが二次加害になってしまうことが怖いです。二次加害をしないために、どのようなことに気をつけるべきでしょうか。
信田氏:DV被害者も二次被害ばかり受けています。ママ友に話しても「ああ、そんなこと」と言われてしまったり、「どうして逃げなかったの」と言われてしまったり。ほとんどが無邪気な、悪意のない二次加害です。
DV、ハラスメント、性暴力など、力の差を利用して起きた被害については、軽々しくアドバイスしないということを覚えておいてほしいです。人って何か相談されたり打ち明けられたりすると、洒落たアドバイスをしたくなるものですが、その洒落たアドバイスがたいてい二次加害になるんです。一般常識とは、家族や男女関係における力の差を前提としていません。だからこれぞ常識・ふつうの考えから発言すると、被害者にとっては残酷な影響を与えるのです。
もし、そういう話を聞いたり場面を見たら、その場で何か言おうとせず、「どう考えたらいいのかな、少し時間がほしい」とか、「どう言っていいかわからないから少し考えさせて」といった慎重さを持つことが、二次加害者にならないコツかなと思います。
テレビなどでも、タレントやコメンテーターがあまりに軽々しくアドバイスしているのを見ていて、私は怖いです。私たちは常識というものに幾重にも支配されていて、そこからしか言葉が出せない。でも力の差による暴力を考えるためには、その常識をひっくり返さなきゃいけないことがあるので、まずは軽々しくアドバイスすることをやめるというだけで十分だと思います。そして答えを保留する。わからないものはわからないと言うほうが誠実です。それくらい微妙な問題ですから。
(*1)不登校特例校……不登校の児童生徒に配慮した特別な教育課程を組める学校のこと。小学校から高校まで、全国で公立・私立あわせて24校が指定されている。 https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/1387004.htm