2023年06月05日 10:01 弁護士ドットコム
カエルの鳴き声の「騒音対策」を田んぼの持ち主に求める貼り紙がSNSで話題になりました。田舎で暮らす人の中には、カエルの鳴き声に悩んでいる人も少なくないようです。
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ある自治体には「田んぼにいるウシガエルがうるさくて、夜眠れない。薬殺していいか」という相談まで寄せられたそうです。
その自治体で勤務している弁護士に今回のSNSの件も含めて聞きました。
話題になったツイートの投稿者が撮影した貼り紙には、このような記載がありました。
「田んぼの持ち主様へ カエルの鳴き声による騒音に毎年悩まされています。 鳴き声が煩くて眠ることができず非常に苦痛です。 騒音対策のご対応お願いします。 近隣住民より」
田舎暮らしにおいては、田んぼとカエルの鳴き声は馴染み深いものでしょう。ツイートにはさまざまな意見が寄せられています。
自治体にも「カエルの騒音」をめぐる相談が寄せられることがあるといいます。
今回のツイートを受けて、徳島県小松島市の法務監(各部部署の法律相談から訴訟の指定代理人まで行政実務全般に対応する非常勤特別職)をつとめる中村健人弁護士は、かつて市民から「自分の家の近所の田んぼにいるウシガエルがうるさくて眠れないので、田んぼに毒薬を流して薬殺したいのだが問題ないだろうか」といった趣旨の問い合わせを受けて、電話に出た総務課職員が対応に苦慮していたのを思い出したそうです。
中村弁護士によると、田んぼのウシガエルを薬殺することには、次のような法的問題が含まれているといいます。
(1)そもそも「ウシガエル」を殺すことができるのか
(2)薬殺のために毒薬を使う場合、毒物及び劇物取締法という法律の規制を受ける
(3)田んぼに流した毒が他人の田んぼなどに流入し、農作物や人の生命身体に悪影響を与えるおそれがある
(1)については、ウシガエルが愛護動物ではなく、むしろ特定外来生物という駆除対象の外来種に指定されていて、(2)についても、特定の毒物以外の毒薬を使うことは可能であり、殺すことはできるといいます。
(3)については、民事上は損害賠償責任を負う可能性があり、刑事上は過失致死傷罪にあたる可能性があるといいます。
このようなことから、ウシガエルの薬殺に関する市民からの問い合わせについて、自治体職員としては、「ウシガエルの薬殺自体は可能ですが、他人の財産や生命身体を侵害する可能性があるので、近隣住民の方々と事前にお話しされてはいかがでしょうか」といった趣旨の回答が考えられるとのことです。
では、今回のツイートの「貼り紙」のような苦情が寄せられた場合、カエルの棲む田んぼの持ち主には、なんらかの対応をする義務があると言えるのでしょうか。
この点について、中村弁護士は次のように指摘します。
「結論から言えば、基本的に田んぼの持ち主に法的な対応義務はないと考えられます。カエルは、カエルの意思(があればの話ですが)で田んぼにやってきて鳴いているわけで、田んぼの持ち主がカエルを鳴かせているわけではないからです。
今回のツイートで話題になっている貼り紙をした方は、カエルが小動物ということもあって、対策をしようと思えばできるだろうという考えなのでしょうが、今回の貼り紙は、『おたくの田んぼに降ってくる雨の音がうるさいから騒音対策をしろ』というのと同じレベルの話なのです。
つまり、カエルの鳴き声も雨の音も、法的には同じ自然現象と評価されるべきものなのです」
結局のところ、苦情に対応する義務はないと言えそうです。
なお、中村弁護士によると、カエルの生息する土地の所有者に対して、鳴き声がうるさいとして、カエルの駆除や騒音対策等を求めた裁判が過去にあったといいます。次のような判断でした。
「カエルの鳴き声は、自然音の一つであり、あえて大きな音を発生させるような被告による作為があったなどの特段の事情がない限り、騒音には該当せず、社会通念上受忍すべき限度を超えるようなものとはならないと解すべきである」(2021年4月23日東京地裁判決)
【取材協力弁護士】
中村 健人(なかむら・たけひと)弁護士
主に自治体の行政実務全般に関する案件を取り扱う。自治体の特定任期付常勤職員を経て、現在は法律事務所に所属しつつ、自治体の特別職非常勤職員として勤務。自治体法務関連書籍・論文の執筆や、研修講師として活動。今回の事例を紹介した著書に『問題解決力があがる 自治体職員のための法的思考の身につけ方 ―課長、ウシガエルを薬殺したいという住民の方からお電話です!』(第一法規、2022年)
事務所名:弁護士法人東町法律事務所
事務所URL:https://higashimachi.jp/