2023年05月27日 09:21 弁護士ドットコム
役員報酬が過大か否かを線引きするのが、国税当局というのは、おかしくないか――。関西を拠点とする味噌会社のグループ企業がこんな問いを投げかける裁判が続いている。
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IT(情報技術)やAI(人工知能)が加速化する中、経営者の判断の重要性は増すばかり。こうした状況下で展開される裁判の意義やポイントについて、原告代理人の山下清兵衛・田代浩誠の両弁護士に聞いた。(ジャーナリスト・富岡悠希)
原告は、京都市にある「京醍醐味噌」。同社は中国で模造品が出るほどの知名度を誇る「松井味噌」(兵庫県明石市)のグループ企業だ。
国税当局は2018年、京醍醐味噌の税務調査を実施。その結果、2013年~2016年の4年間、代表である松井健一さんと実弟に支払われた役員報酬21億5100万円のうち、約18億3956万円分を「不相当に高額」と指摘した。
約3億8500万円の課税処分を受けたため、松井さんらは取り消しを求めて東京地裁に訴えたが、今年3月に棄却された。
――裁判のポイントを教えて下さい。
山下清兵衛弁護士(以下、山下):2点あります。1点目は、大成功している経営者の足を引っ張る課税を、国税がしているのは、けしからんということ。松井さんは、食品分野に独自の「ファブレス事業」(工場を持たない)を持ち込みました。大きな利益を上げているから、高額の役員報酬を支払えるわけです。
一般論として、松井さんたちが受け取るレベルの役員報酬だと、法人税の割合よりも所得課税の割合のほうが高くなります。それなのに国税当局が「不相当に高額」と否認しても無意味です。
2点目は、法人税法34条2項についてです。たしかに役員給与(退職金含む)のうち「不相当に高額な部分の金額」は、損金に認めないとしています。
ただ、これは実働のない人の役員給与を否認する規定だと読むべきです。たとえば、留学している代表者の息子に年間何千万円も払っているケースならば、適用するのもわかります。
しかし実働している場合、この条文は「抜いてはいけない『伝家の宝刀』」とするのが適当です。
――国は役員報酬が過大か否かを決めるべきではない、と。
山下:会社法では、役員報酬は、定款または株主総会の決議で定めるとされています。株主が了解していればよく、税務署が関与できる権限は本来ないはずです。
田代浩誠弁護士(以下、田代):法人税法34条2項は、元は同族会社が法人税を削るために悪いことをするという基本的な考えのもとで作られたものです。ただ、先ほど山下弁護士が言ったように、現在は所得税のほうが法人税より高くなる場合が多い。
儲かっている会社でも、儲かっていない会社でも、会社をつぶそうと思って経営している人は少ないでしょう。優秀な経営者であれば、会社が倒産するような役員給与を払う人はいません。そのため、こうした過大役員給与が問題になるケースでは、支払う体力を会社が持っていることが多い。国税当局がなぜ問題視するのか、理解しにくいです。
――1審判決を受けて、中小企業の中で役員報酬を抑えるような影響が出ないでしょうか?
山下:私はかつて、月間2億円の役員報酬を得ていたカリスマ経営者から税務調査前に相談を受けたことがあります。年間約100億円の売上があった法人でした。
定期同額給与の月間2億円はそのままにしましたが、当初予定していた半期10億円ずつのボーナスは取りやめにしました。それでも年間24億円ですが、実際に入った税務調査ではスルーでした。国税も単に金額だけを見て、「20億円を超えたらいかん」というわけではありません。
田代:国税当局は、役員報酬の適正額を以下の手順で決めます。まず、該当企業の所在で比較する企業の地域を限定する。その中から同業種の法人のうち、売上の2倍~半分となる「倍半規準」で企業をピックアップ。最後にそれらの企業の役員報酬の平均値を取ります。
しかし、中小企業の経営者が、この「地域限定倍半規準」に基づく平均値を知ることは普通できません。もし、国税当局が今の課税方式を続けたいのであれば、納税者側の予測可能性を担保してほしいと思います。
――何か具体的な方法はありますか?
田代:全国の国税局と税務署を結んだ「国税総合管理(KSK)システム」というネットワークがあります。このネットワークの利便性をもっと上げて活用し、A業種でB円ほどの売上がある企業の平均役員報酬はC円であると示せるようにして、それを国税庁のサイトで毎年公表するのです。
上場企業の役員は、1億円以上の報酬をもらうと開示しています。しかし、中小企業では参考になるものがなく、いきなり「不相当に高額」とされる現状は変えるべきです。
――高裁の争点はどこになりますか?
田代:34条2項の違憲性と関連する法人税法施行令の違法性について、1審と同様に訴えていきます。さらに、京醍醐味噌の仕事内容がどんな業種に分類されるべきかもしっかりと主張するつもりです。
地裁では「日本標準産業分類(JSIC)」に則った「卸売業」であるという、国の主張が認められてしまった。国税当局が企業をピックアップするとき、卸売業とされると、松井さんには不利になります。
JSICに影響を与える国際標準産業分類(ISIC)では現在、ある議論が進んでいます。それは、製造部分を完全外注していても、製品製造に必要な無形固定資産や製品のクオリティコントロールあるいは製造工程の管理監督などの部分を当該企業が握っていれば、「製造業」にカテゴライズしていいのでは、というものです。
松井さんは、まさに食品製造における上記の部分を握ったビジネスを展開しています。1審の判決では、裁判所が松井さんのビジネスを捉え切れていない印象を受けました。その判断を変えていきたい。
――裁判の原告代理人をして感じることは?
山下:裁判所は単なる事実認定をする機関ではありません。まず、こうあるべきだという規範を示す。そして、事実認定して、規範に当てはめて、合法か違法かを決める。こうした法的三段論法で判断する機関です。しかし、今回の1審判決をみても、最近の裁判所は、そのことをものすごく怠っています。
また、ネットが発達して、経済がグローバル化する中で、新しいビジネスモデルが次々と出てきています。松井さんのビジネスもオリジナルだからこそ、高い利益率が出せます。
国は、こうした優秀な経営者を助けなきゃいけない立場にあります。それなのに国税当局はいまだに「過大な役員報酬だ」と主張したり、「地域限定倍半基準」を当てはめたりしています。もうそんなのは、時代に合わなくなっています。