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日本は「我慢の国」だと思う。荻上直子と筒井真理子が語る、映画『波紋』で描いた女性の生きづらさ

2023年05月23日 19:10  CINRA.NET

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Text by 吉田真也
Text by SYO
Text by 森川英里

人々の温かみあふれる交流が印象的な映画『かもめ食堂』『めがね』『川っぺりムコリッタ』などを手がけてきた荻上直子監督。そんな従来の作風のイメージを覆す、衝撃の最新作『波紋』が2023年5月26日に劇場公開となる。

新興宗教に入信した女性が主人公の本作は、放射能、介護、障害者差別、女性の生きづらさといった現代のあらゆる社会問題をあぶり出す。先行きが見えず、「なにを信じて生きていくか」が不透明な現代の混迷を照射したような本作は、どのような想いから生まれたのか。

今回は、荻上監督と主人公の依子を演じた筒井真理子が対談。制作の舞台裏をはじめ、本作に通じる、現代社会における女性の生きづらさや、そこに対する怒りについても語ってもらった。

左から:筒井真理子、荻上直子

筒井真理子(つつい まりこ)
俳優。早稲田大学在学中に劇団「第三舞台」で初舞台。第69回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門で審査員賞を受賞した『淵に立つ』(2016年)の演技力が評価され、複数の映画祭で主演女優賞に輝いた。主演作品『よこがお』(2019年)で芸術選奨映画部門文部科学大臣賞、全国映連賞の女優賞、『Asian Film FestivalのBest Actress』の最優秀賞などを受賞。現在、Amazon Originalドラマ『エンジェルフライト 国際霊柩送還士』(2023年)に出演中

荻上直子 (おぎがみ なおこ)
映画監督、脚本家。2004年に劇場デビュー作『バーバー吉野』で『ベルリン映画祭』の児童映画部門特別賞を受賞。その後も2007年の『めがね』で『ベルリン国際映画祭』のマンフレート・ザルツゲーバー賞、2017年の『彼らが本気で編むときは、』で日本初の『ベルリン国際映画祭』のテディ審査員特別賞など、受賞多数。ほかの監督作に『かもめ食堂』(2006年)、『トイレット』(2010年)『川っぺりムコリッタ』(2022年)などがある

―『波紋』の作中では、さまざまな社会問題がちりばめられています。最初から取り上げる要素は決めていたのでしょうか。

荻上:入れようと思って書いたのではなく、脚本を書いていくうちにそうなっていきました。自分が生活するなかで、見聞きして「おかしい」と思っていたものがずっと頭の中にあり、それらが自然と出てきた感覚です。

―なるほど。『波紋』の公式ホームページに掲載されている荻上監督のコメントでも、日本のジェンダーギャップ指数(※日本は146か国中116位 *1)を挙げるなど、男性中心の社会に対する「怒り」のようなものを感じました。

荻上:それはありますね。この国で生きていると、「女性だから」という理由で自分でも気づかぬうちに我慢してしまっている部分があると思いませんか?

筒井:いっぱいありますし、いまも自分の心の中に沈殿しています。私が若い頃から、女性が下に見られる空気はありました。日本の映像作品においても、年齢と性別によるステレオタイプな役が多い気はしていましたし、それはいまだに感じます。本当に解放されたいですよね……。

荻上:女性の生き方って、「そういうものだ」と思い込まされているけど、本当はもっと多様なはず。それを現代の映画ではちゃんと伝えていきたいですよね。

筒井:同感です。だからこそ、表現者は社会に対して怒りを持っていないとダメだと私も思います。

とはいえ前提として、女性ばかりじゃなく、男性も含めてあらゆる方々が同じく我慢している国だなとも感じます。

―「みんなが我慢している国」って、不幸でしかないですね。

筒井:「我慢の国」ですよね。だからこそ、約1億2,000万人の我慢している人たちに、この映画に込められた意思はきっと伝わるんじゃないかと感じています。

―観た人の印象に残るような「攻めた作品」だと思いますが、本作をつくるうえで、過去作のときとは異なる「覚悟」などもありましたか?

荻上:映画をつくるときはいつも何かしらの覚悟を持っていますが、今回は自分の「意地悪で邪悪な部分」を前面に出していこうと思っていました。

これまで私は「いい人」に見られがちな映画をつくってきたところがありましたが、本当はすごく根に持つタイプだし、「もっと意地悪だぞ!」という思いはずっとありましたから(笑)。

―そういう意味でも、荻上監督のこれまでの作風とのギャップに打ちのめされる観客は多そうだなと感じます。過去にベルリン国際映画祭などで受賞歴もある荻上監督の最新作ですし、海外からも注目を浴びそうですが、本作を制作するうえで海外からの評価や視点も意識されましたか?

荻上:私自身がアメリカで映画を勉強してきたので、つねに内輪ウケにならないように意識はしています。ただ、今回はすごく日本ならではの要素を盛り込んだ話ではあるので、いろいろ悩みましたね。

特に悩んだのが、なぜ主人公の依子は、黙って家出したうえに10年以上も失踪していた夫の修(光石研)を受け入れるのか? という部分。

自分の父の介護を押しつけたまま失踪した夫・修。ある日、突然帰ってくると、がん治療に必要な高額の費用を妻・依子にせがみ、助けてほしいとすがる ©2022 映画「波紋」フィルムパートナーズ

荻上:欧米とかだと、まず家に入れさせないという人が日本より多い気もして、この「仕方なく受け入れる」という感覚がわかりづらいんじゃないかというのは気がかりでした。普通に「出ていけ!」と言うはずだよなって(笑)。

筒井:しかも、汚い格好で帰ってきますからね……。光石さんが演じているから憎めないんですが(笑)。

でも、依子を演じていた立場からいうと、修を家に入れちゃう気持ちも少しわかります。彼女は夫が突然出ていったにもかかわらず、義理のお父さんを自宅でしっかり介護する人ですから。夫がふらっと帰ってきても、仕方なく「追い出せない」感じになるのかなと。

荻上:そうなんですよね。世間体とか、家が彼の名義だからとかもあるのでしょうが、そういう「受け入れてしまう理由」も含めて日本特有の考え方がある気がして。まあ、私だったら10年以上ぶりに突然帰ってこられたら嫌ですけどね(笑)。

―脚本ができあがったあと、撮影に入るうえで本作の「核」になる部分として特に意識していたポイントはありますか?

荻上:最初にキャスト陣と台本の読み合わせをした際、筒井真理子さんと木野花さん、キムラ緑子さんが並んでセリフを言い合う姿を見て「あっ、これは狂った女の話だ。撮影中はそれを忘れないようにしよう」と直感で思ったので、ずっと意識していました。

脚本を書いている段階では、何がこの作品の「核」になるのか自分のなかでまだわかっていなかったんです。だけど、みなさんに声に出していただいたことで、はっきり見えました。

筒井:そうだったんですね。初耳なので意外です。

©2022 映画「波紋」フィルムパートナーズ

―筒井さんは撮影に入る前に脚本を読んだ際、どんなことを感じましたか?

筒井:主人公の依子に対して、自分と通ずる部分とそうじゃない部分はあるにせよ、彼女が感じている「苦しさ」がすごく腑に落ちました。

私自身、我慢していないように見られがちなのですが、びっくりするぐらい我慢強いだけなんです。ただ、あとから精神的に悲鳴を上げていることに気づくことがあり、そこは依子と似ていると感じました。

人間って、本当はそれぞれにいろんな顔を持っていると思うのですが、私は「いい人でいなければ」とか「弱いものを助けなければいけない」という縛りを自分に課していることに気づいたときがありました。

依子もそうだったけど、同僚に救われたり、傾倒していた宗教が剥がれ落ちたりすることで、自身の心情が変化していく。演じるうえでも、その変化が大事になると感じていましたし、現場の化学反応によって依子がどうなっていくのかは楽しみでした。

―撮影現場のお話も少しうかがいたいのですが、荻上監督の作品に筒井さんが出演されるのは初めてだと思います。お互いの印象はいかがでしたか?

筒井:荻上監督は、俳優側の感情が自然に湧いてこなかったり、化学反応が起こらなかったりすることに対して、非常に敏感な監督だなと感じました。

こちらがお芝居をやっていて「あれ、違ったな」と思った瞬間には「もう一回いきましょう」と言ってくださるので、とにかく安心できましたね。素直な衝動が出た瞬間を逃さず、それが出るまで待ってくださるのですごくありがたかったです。

荻上:私のほうこそ、筒井さんが台本をすごく読み込んでくださっているのはわかっていたので、安心してお任せしていました。

私も感覚でしかないのですが、なんか違うなと思ったら「もう一回」とお願いして、ぴったり合ったときには「OK」とお伝えしていました。その感覚が筒井さんと合っていて、良かったです。

筒井:そう言っていただけて、役者として嬉しいです。

荻上:私も監督として、筒井さんをはじめ、フィーリングが合う役者さんたちと一緒に本作をつくり上げることができて、すごく嬉しかったです。

―本作は筒井さんをはじめ、木野花さん、キムラ緑子さん、安藤玉恵さん、江口のりこさん、平岩紙さんなど経験豊富な女性俳優陣がたくさん出演されているのも印象的です。

ちなみに以前、40代女性のある俳優さんをインタビューした際に「一定の年齢を超えると役の幅が狭まって、お母さん役でちょこっとだけ出るとかが多くなる」というお話をうかがったことがあるのですが、お二人は日本の映像作品においてそういった側面を感じますか?

荻上:あまり意識していませんでしたが、たしかに言われてみると業界ではそういう側面も、あるのかもしれないですね。ただ、私としては、誰が主人公になってもいいと思っています。

筒井:本来そうであってほしいですよね。私が初めて映像作品に出演したのは30歳くらいのときで、当時は10代からせいぜい20歳までの映像デビューが理想的と言われていた時代だったので、すごく遅れていました。

でも、いまは映像デビューが30歳でも普通になりましたよね。そういう風に人物設定とかも変化して、より多様化していけばいいですね。もっと「シニアでも面白いことができるぞ」となってほしいし、そうならないといけないと思います。

©2022 映画「波紋」フィルムパートナーズ

―いまの日本の映像・映画業界にいるなかで、そうしたジェンダーや年齢における多様化の動きは加速していると感じていますか?

荻上・筒井:(顔を見合わせて)まだまだですよね……。

筒井:その要因はたくさんあると思いますが、個人的にはマーケティングに縛られている部分が強いのかなと感じますね。もちろん、縛られた状態でつくらなければならない方たちも大変だろうなとは思います。

でも、時代はもっと変わっていっていると思います。世の中が変わっているのに、業界内はまだ縛られていることが多いように見えますね。

―我慢を強いられたり、生きづらかったりする現代において、新興宗教にハマった依子のように、なにかにすがりたくなる人も多いのではと思います。依子を演じた筒井さんご自身は、新興宗教にハマる心理をどう感じますか?

筒井:コロナ禍で世の中の閉塞感も強くなって、我慢しなくちゃいけないことが一気に増えましたからね。私自身もそんなに強い人間ではないので、ふとした拍子に新興宗教にハマっちゃう可能性はあったかもしれないと思います。

誰もが「危うさ」を抱えている時代だと思うので、なにかにすがりたくなるような気持ちはわかります。実際、私の愚痴をいちばん聞いてくれていた友だちが新興宗教にハマってしまって……。疎遠になってしまったので、すごく寂しいです。

荻上:いまはまったく連絡を取っていないんですか?

筒井:はい。誰が電話しても出なくなってしまったので……。彼女も懸命に生きているなかで、そういう「危うさ」があったということなんでしょうね。

©2022 映画「波紋」フィルムパートナーズ

―たしかに、生きづらい時代で自身を保つことの難しさや危うさが、信仰につながる場合は多そうですね。信仰とはまた少し異なりますが、現代では「推し活」などで心の拠り所を見つける人も増えたと思います。お二人はなにか拠り所にされているものはありますか?

筒井:私の場合は、本に救われることが多いですね。特に『14歳からの哲学 考えるための教科書』の著者としても知られる池田晶子さんの『人生のほんとう』という本が好きなのですが、「生きちゃってるからしょうがない。ぐるぐる考えてもしょうがない。答えは別にないし、生きていた物語ができているだけ」というような文章を読むと、気持ちが軽くなります。

そういう本とか、面白い映画や人と出会えるとちょっと元気になれますよね。支えとまではいかなくても、私にとってはそうしたつながりが精神安定剤です。

荻上:私の場合、猫がいちばんの拠り所ですね(笑)。ちなみに少し話がそれるかもしれませんが、「猫は人間の役に立とうとしていないからこそ、愛されるのではないか」というような内容が書かれた横尾忠則さんのコラム(*2)を最近読んで、すごく印象に残っているんです。

なかでも「芸術というのは無用の長物で役に立ちません。役に立ったら、その瞬間から芸術は芸術でなくなります」という言葉が印象的で。そもそも「人の役に立つ」というのは社会に縛られた視点であって、「人の役に立たなければいけない」なんてことはないんですよね。だから、よく子どもたちが将来の夢を聞かれたときに「人の役に立ちたい」と言うことがあるけど、そういうのも個人的にはモヤモヤします。

極論をいえば、映画だって誰の役にも立たないかもしれませんし、そもそも本当に大変なときにはいらないものかもしれない。自分のやっていることは「人の役に立たなくてもいい」と思うと、救われる場面もある気はします。

©2022 映画「波紋」フィルムパートナーズ

筒井:なるほど。でも同時に、つくり手としては大変なときこそ、エンターテイメントが必要であることも信じたいですよね。私も有事のときにはエンターテインメントって排除されるものかなと思っていたのですが、コロナ禍に入って「絶対に必要だ」と思い直したことがあって。「人はパンのみにて生きるにあらず」を実感したんです。

木野花さんが仰っていたのですが、サラエボでは内戦が起こっているとき、みんなが銃弾をよけながら演劇を観に来ていたのに、平和になった途端に来なくなってしまったそうなんです。だから、エンターテイメントには、誰かの生きる活力になる側面もあるのかなと思います。

荻上:たしかに、そうですね。もちろん私も心の底では、作品が誰かに必要とされたらいいなとは思っています。『波紋』も、誰かにとって必要な映画になったら、とても嬉しいですね。