Text by 生田綾
Text by 廣田一馬
企画展『推し活!展―エンパクコレクションからみる推し文化』が早稲田大学演劇博物館2階の企画展示室で8月6日まで開催されている。
好きな人やモノを応援する「推し活」をテーマに据えた同展では、江戸時代の歌舞伎、シェイクスピア、演劇に関係する推し活文化の資料や、現代の人々に推しについてのアンケートをとった結果をまとめたパネルなどを紹介している。
『推し活!展』を開催した背景や、近年の推し文化に関する話を早稲田大学演劇博物館の赤井紀美助教、石渕理恵子助教、前田武(広報担当)さんに聞いた。
―まずは『推し活!展』開催の理由、背景について教えてください。
赤井:早稲田大学演劇博物館ではこれまで、演者や主催者など舞台を「つくる側」を紹介することが多かったのですが、近年「推し活」という言葉や概念が幅広い層に急速に広まっているという現状を受け、主催や役者の側ではなく、観客の側に視点を転じて展示することが時代の流れ的にも可能になったのではないかということで企画しました。演劇・映像の歴史における観客という存在について改めて考えることが目的です。
―展示を構成するなかで気がついたことはありますか?
赤井:推し活という言葉こそ近年急速に広がったものですが、好きな人やモノを愛し応援するということは非常に普遍的であるということですね。江戸時代の人も、いまの人もじつはそんなに変わらない。具体的な手段や考え方、状況は時代や地域、対象によってもちろん異なりますが、好きな人を応援したいという気持ちは変わらないことを改めて感じました。あとは、手作りの人形がたくさん出てきたことに驚きました。
森繁久彌にファンが贈った手作り人形
石渕:「たくさん出てきた」という点では、「推し活」と関係する館蔵資料の量に驚きました。とくに後援会誌は、リストが一気に埋まるくらいの数がありました。
赤井:この展示の企画が出た際に、試しに館内の検索データベースに「ファン」「後援会」と打ち込んだらバーッと結果が出てきて、あぁこんなにあるんだな……と改めて感じました。当館には100万点を超える収蔵資料がありますが、推し活に関係する資料が大きなウエイトを占めるものだったんだなと改めて感じました。
石渕:演劇博物館には演者の皆さまからのご寄贈資料がたくさんあるので、それだけ演者の皆さまがファンの方々からいただいたものを大切に保管していたこともわかりました。
赤井:杉村春子さん(第二次世界大戦前から戦後にかけて活躍した俳優。新劇や小津安二郎作品への出演などで知られる)の手紙とかたくさんありますからね。
新劇を代表する杉村春子に贈られた絵やファンレターも展示
―演劇博物館のみなさんが考える「推し活の良さ」を教えてください。
石渕:企画展示室2では、展示をご覧になった方々から付箋紙にコメントを書いていただいています。そこでは、お互いを全く知らない人同士の交流が生まれていました。この例からもわかるように、「推し活」をテーマにしたこの展示を通して、ファンの皆さま同士が繋がって、情報や感情を共有して、コミュニティーが生まれる点はひとつの良さだと思います。
―展示を見ると、昔からファン同士のつながりが強かったことが感じられました。
赤井:今とは異なり、コミュニケーションの手段が限られた時代でも、人と人はつながり続けてきたんですよね。そうやってコミュニティーをつくることも、人の創造性なんだなと感じます。人が好きな人やモノから受け取った何かを、自分の創作とか創造とか、クリエイティブなものに変えていく。「推し活」というものは、そういう前向きな気持ちが生まれ得るという面もあると思います。
「共有する」セクションでは、歌舞伎の観劇集団「贔屓連」や宝塚歌劇団などに関する資料を展示。芝居の裏側を見せる本や三代目中村歌右衛門のファンについて論評した本が並ぶ。
前田:「推し活」に関するアンケートでも、50代や60代の人から「推し活でSNSを始めるようになった」「健康になった」という回答がたくさんありました。推し活を通じて精神的にも、身体的にもプラスになる部分がすごくあるというのを感じますね。
―「推し」という言葉が生まれる前と後で、変化を感じたことはありますか?
赤井:例えば「オタク」という言葉はかつてはネガティブな意味合いがありましたが、近年ではライト化され、「推し活」という言葉との境界が薄れてきたと思います。
「何かに夢中になる、応援する」ということのポジティブさが推し活という言葉によって押し上げられるようになったのではないでしょうか。
―コミュニケーションの面で、SNSによって推しとの距離が近くなったようにも感じているのですが、過去と比べて変化はあるのでしょうか?
赤井:展示でも紹介していますが、推しとファンとのやりとりは実は昔からあったんですよ。例えば新劇という演劇ジャンルでは支援者と劇団の関わりが深くて、展示している杉村春子さんのファンレターからは、ファンの方に杉村さんがお返事を出していたり、季節の食べ物をファンの方が杉村さんに贈ったりと、密接なやりとりがうかがえます。
ジャンルによって違いはもちろんありますが、昔から距離が遠くない面もあり、そうした部分がSNSによって顕在化したと言えるかもしれません。ただやっぱり若い歌舞伎役者でSNSを使いこなしている人は凄いなと思います。
―SNSを活用される方もいるんですね!
赤井:幕間にSNSで返事をすることもあるみたいですよ!
前田:逆に遠くなっているように感じる世代もいないでしょうか? SNSってツールが間にあることで、リアリティーが感じられないという・・・。
赤井:でも世代や人によってはSNSがリアルだったりもしますよね。推しの話だけでなく、世代ごとのSNSの使い方の話にもつながりそうですね。
前田:世代によってもSNSでの人とのつながりの捉えかたが違う気がしますね。スマホや携帯がなかった世代からすると、SNSで推しの方とつながって、「すごく近い」と感じる10代20代の方に比べて感じ方が違うのかもしれないです。
推しとの距離が以前と比べて「遠くなった」と感じる人が多い世代もいれば、「SNSの発達で接点が持てるようになった」と感じる人が多い世代もいる。推し活と一口に言っても、そういった部分に世代間における文化的な違いが出てきているのかもしれません。
赤井:年配の方でもSNSを活用して推し活をしていることもありますしね。あとは、やはりジャンルによる違いは大きいと思います。当館は歌舞伎をはじめとした舞台芸術の資料が多く収蔵されており、今回の展示でもそういった資料が主となっていますが、演劇のように観客の前で生で行われるジャンルの方が資料として残りやすいのかもしれません。
『支える』セクションでは、シェイクスピアとパトロンに関する展示や歌舞伎の「贔屓連」など、時代や地域を超えてさまざまな形で演劇文化を支えた人々に関する資料を紹介。
幕末期から流行した「生人形」
―推し活の良い面とは裏腹に、金銭的な問題や人権的な問題など「推し」に関するさまざまな弊害もあると感じています。
赤井:近年の推し活には金銭的な負担が多くなるケースがありますし、何事も良い面と悪い面、ポジティブな面と、そうではない面、両方あると考えます。それはもちろん過去の時代においても同様です。現代の推し活の問題については今後幅広く議論されていくのではないでしょうか。
―展示を見ていても、推し活によって遠くの人とつながったり、人生をかけて熱中したりする人々の楽しそうな姿が伝わってきました。
赤井:推し活は人生を支える生きがいだけれど、行きすぎたらダメだという、ある程度の線引きは昔も今も変わらない問題のように感じます。
前田:度を過ぎたら悪いというのはどんなものでも同じですからね。
―私自身、たくさん推しがいるのでその感覚はよくわかります……!
赤井:今回の展示では現代の推し活について、ひとりひとりの〈声〉を拾いたいということで、事前にアンケートを行いました。もちろん、ごく一部の方々の反応に過ぎませんが、「推し活」という言葉の裏にもそれぞれの人生があり、それぞれが様々な想いを抱えている。そういう、個別のあり方についても記録として収集したいと考えました。今後、観客に焦点を当てた研究がさらに進んでいくことが期待されますが、その際、これらの記録が貴重な資料になると考えます。
早稲田大学演劇博物館が実施した「推し活」に関するアンケートをもとに「あなたの推しは誰ですか?」「あなたにとって推し活とは?」「推し活を通してあなたの人生や生活にどんな変化がありましたか?」などの質問とそれに対する回答がパネル展示されている。
来場者が推し活や推しについてメッセージを残せるコーナーも。