2023年05月23日 11:51 弁護士ドットコム
ジャニーズ事務所の創業者、ジャニー喜多川氏(享年87)による性加害問題が大きな議論となっている。
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藤島ジュリー景子社長は5月14日夜、サイトで謝罪動画とQ&Aを発表。この中で「コンプライアンス委員会」の設置、社外取締役を迎え入れて経営体制を抜本的に見直すことなどを発表した一方で、第三者委員会は設置しないとの意向を示した。
この内容で対応は十分と言えるのか。第三者委員会の設置は不要なのか。企業会計やコンプライアンスが専門の八田進二・青山学院大学名誉教授に聞いた。
——ジュリー社長は「心よりお詫び申し上げます」と謝罪しながらも、性加害の事実認定については明言を避けました。14日の動画発表をどう評価しますか
こうした問題が起きた時の初期対応は、会見で大体決まると思っていますが、今回は大失敗したと思いますね。
情報化社会という新しい時代では、昭和の時代のように隠し通して逃げることはできません。表に出て謝るべきことは謝り、そして再出発をしなければいけない。
しかし今回の発表は、記者会見ではなく動画での配信、ウェブサイト上でQ&Aを掲載するという一方通行なものでした。発表も日曜日の21時という遅い時間で、翌日は新聞の休刊日ですからね。説明をしたというアリバイを作っているだけに見えます。
発表まで時間がかかったのも「個人のプライバシーにも関わる非常にデリケートかつセンシティブな問題」だと理由にあげていましたが、どんなに世間が騒いでも、「人の噂も七十五日」で、黙っていれば3カ月も経てば日本は忘れてしまうだろう、と軽く見ていたのでしょう。
ジャニーズ事務所は、これまで疑惑が出てもずっとその姿勢で乗り切ってきたという実績もある。さらにメディアも味方につけているわけですから、黙っていても乗り切れるだろうと。ある意味で、世間を甘く見ていたんです。
——再発防止策については「コンプライアンス委員会」を立ち上げたとし、また社外取締役を迎える方針も示した一方で、第三者委員会による被害の実態究明については行わないとの意向を示しました。それについてどう考えますか
不祥事が起きたら、どんなケースでも「とりあえず第三者委員会を作る」というやり方は、決して評価していませんが、今回のケースでは設置すべきだと考えています。
身内の「コンプライアンス委員会」で、形だけの議論をして、お茶を濁してはいけません。ジュリー社長は性加害問題について「知りませんでした」と答えたわけですが、「知りたいと思わなかったから知らなかった」「知らなかったのではなくて知ろうとしなかった」という意味だったのではないでしょうか。
この案件は、事務所の屋台骨を揺るがす重大な案件です。自分たちが売り出しているタレントさん、青少年に対する卑劣な犯罪的行為です。心ある経営者、事務所の責任者であれば、疑惑が出た段階でリスクを払拭するために、納得いくまで調べてもらいますよ、当たり前のことです。
裁判や雑誌報道などで知る機会は多くあったのにもかかわらず、非常に長期間にわたり組織の上層部が関わっている不正を放置してきた。そのメンバーは今も経営陣に残っています。したがって、このような体制の組織の中で自浄作用を期待するのはもはや無理でしょうね。ここまで放置していたのだから、今更できるわけがないでしょう。
当面は緊急避難的に外の力を借りる必要があります。誠実かつ公正な委員長を迎えての第三者委員会を作って、その上で被害者のプライバシーに十分に配慮した上での調査報告書を公表することが求められます。
——第三者委員会による被害の実態究明については行わないとの意向を示しました。理由として「ヒアリングを望まない方々も対象となる可能性が大きい」「ヒアリングを受ける方それぞれの状況や心理的負荷に対しては、外部の専門家からも十分注意し、慎重を期する必要があると指導を受けた」の2点をあげています。
ジャニーズの組織や会社、社長、今までの関係者の影響力を逃れた公正中立な人たちが相談役、聞き役となってヒアリングしていかなければいけません。
ヒアリングする人たちは教育問題に精通した人、あるいは人権に精通した人、カウンセラーや児童心理学を扱ってきたような信頼が寄せられる人を選ぶ。そしてその調査には、会社も一切関与しませんとする。事実関係を調査するものだから、匿名での証言を認める。
このまま疑惑としてくすぶり続けることの方が、現在頑張っている人たちに後ろめたさを感じさせるのではないでしょうか。事務所としてしっかり調査、対応し、再出発するという状態にすることが、その人たちのためにもなると考えています。
——第三者委員会を設けることに反対する声として「加害者は亡くなったのだから再発はない」「現役のタレントさんも被害者かもしれない」という批判もあります。
それは違うと思います。ジャニー喜多川氏が亡くなっても、それを見ないフリをしてきた人間、組織は変わっていないわけですから、内容は変わっても、また違った不祥事が起きる可能性はあると言っていいでしょう。
反省材料や失敗から学ぶということが大事です。不信感や信頼を失墜するような行為が、なぜ隠蔽され、世の中に明らかにされなかったのか。どこに問題があって、何が手薄だったのか。その組織内の問題だけでなく、法改正が必要な点はないのかなども考えていかなくてはいけない。
権力を持った男性が、日頃は優しくしながら、裏では10代の子どもたちを相手に自分の欲望を満たしたわけですから、彼らは本当に犠牲者です。多感な時期に、人間の汚い部分に触れることで将来的にもトラウマとして残ってしまう。その人たちに対するケアも必要です。
従来、タレントを育成する立場の人が子どもに対して人権侵害を行っていたというのは想定していなかったわけです。だからこそ、何が起きたのか、なぜ放置されてきたのかを検証する必要があります。また今回はジャニーズ事務所で起きた問題ですが、当然、他の世界でも、起きてはいけないことです。それに対する警鐘を鳴らす必要性もあります。
調査でも発表でも当然、被害者の名前は出しません。匿名でいいんです。慎重な対応を講じた上で、結果だけは明らかにする。たとえば、このぐらいの犠牲者が実はいた、と。それを踏まえて、大変申し訳なかったと誠実に謝罪した上で、新しい組織に生まれ変わると誓約することが必要です。
——第三者委員会はどのようなメンバーで構成するのが望ましいのでしょうか
とりあえず弁護士を選定すればいい、というわけではありません。第三者委員会を立ち上げるならば、その案件にふさわしい委員長、委員を選ばなければいけない。
今回のケースで言えば、芸能界についてある程度客観的に物を言える人や児童や子どもの心理学、いじめや虐待に対する見識のある人、さらにはマスコミの世界における倫理に精通している人などでしょう。
誰が委員長に選任されたかで、その委員会の評価は8割、9割決まると言っていい。ジャニーズ事務所からの独立性があって、この問題に関する専門性がある人。誰がそれを仕切るか、そしてなぜその人が選ばれたのかなども透明性をもって説明しなければいけません。
【プロフィール】 八田進二(はった・しんじ) 会計学者。青山学院大学名誉教授、大原大学院大学教授、金融庁企業会計審議会委員、第三者委員会報告書格付け委員会委員など。著書に『「第三者委員会」の欺瞞 報告書が示す不祥事の呆れた後始末』(中公新書ラクレ)など多数。