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アニメスタジオクロニクル No.2 WIT STUDIO 中武哲也(共同創設者 / 取締役)

2023年05月22日 14:07  コミックナタリー

コミックナタリー

アニメスタジオクロニクル No.2 WIT STUDIO 中武哲也
アニメ制作会社の社長やスタッフに、自社の歴史やこれまで手がけてきた作品について語ってもらう連載「アニメスタジオクロニクル」。多くの制作会社がひしめく現在のアニメ業界で、各社がどんな意図のもとで誕生し、いかにして独自性を磨いてきたのか。会社を代表する人物に、自身の経験とともに社の歴史を振り返ってもらうことで、各社の個性や強み、特色などに迫る。第2回には、昨年創立10周年を迎えた、WIT STUDIOの中武哲也氏が登場。2012年にProduction I.Gから独立した中武氏らによって設立され、デビュー作となる「進撃の巨人」で瞬く間にその名を広めたWIT STUDIOが、わずか10年で急成長した経緯に迫った。

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取材・文 / はるのおと 撮影 / 武田和真

■ Production I.Gからの独立、そして鎌倉パスタ事件
目下放送中の「王様ランキング-勇気の宝箱-」「絆のアリル」を手がけるWIT STUDIOは、2022年6月に創立10周年を迎えた。これを記念し、同社は10周年までの1年間に展覧会やリアルイベント、毎月の配信イベントなどの催しを実施。2010年代以降に誕生した中では有数の実績と知名度を誇るアニメスタジオらしい、充実のアニバーサリーを迎えていた。

「今は11年目に入っていますけど、10周年に向けてはいろいろやりましたね。YouTubeで毎月配信した番組はリクルートにもつながったし、観た人が『楽しそう』『仲がよさそう』と言ってくれて。つらそうに見えてなくてよかったです(笑)。僕や社長の和田丈嗣、アニメーターの浅野恭司といったスタジオの初期メンバーが割と仲がよく、けっこう密に会話ができていて。それが会社全体の雰囲気につながっている気がします」

そんなWIT STUDIOの創立は2012年6月1日のこと。中武氏がプロデューサーとして率い、「君に届け」や「戦国BASARA」などのアニメーションを制作していたProduction I.Gの6課で芽生えたある思いが、独立につながる。

「今も仕事をご一緒している荒木哲郎さんとの最初の作品『ギルティクラウン』を作っているときに、チーム内で『この作品で今の我々が出せるクオリティの1つのピークがくるだろう』という直感があったんです。そこで新しい環境で新しい作品を作るため、自分たちで会社を立ち上げようと考え、我々が勤めていたProduction I.Gの石川光久社長に思いを打ち明けました。

そして我々の記憶に強く残った『鎌倉パスタ事件』とのちに呼ばれる出来事が起こります。ある日、石川さんから『和田・中武、今時間ある? じゃあ、鎌倉に行くか』と言われて『うわあ、いきなり鎌倉に行くなんて粋だな』と喜んでおしゃれな外車に乗せていただき辿り着いたのが鎌倉パスタだったのでした(笑)。そこで、石川さんに『会社を作りたいのか、作品を作りたいのか。どっちだ?』と問われ『作品です』と答えたところ、石川さんからの提案で『もう(親子の)血のようなものだと思って出資させてくれ』と言われて、I.Gのグループ会社としてWIT STUDIOを作ることになりました。設立当初の経理、総務、システム関連といったバックオフィス回りの大きな意味でのカバーをI.Gチームが担ってくれることになり、大きく救われました。そのフォローがなければアニメ作りどころではなかったなと思います。この事件以来、僕らにとっての鎌倉といえば、鎌倉パスタのことです(笑)。

そんなこともありながらWIT STUDIOができたんですけど、アニメスタジオって経営と制作のバランスがなかなか難しいんです。序盤は僕が制作現場を担当し、社長の和田のビジネス的な感覚と、武蔵野で1位とのちに呼ばれることになる調整能力の高さをもって会社と作品運営を保ち、そしてアニメーターの浅野が取締役にいることでクリエイターの皆さんが会社の方針に賛同する。クリエイターは能力のある人を認めるところがあるから、社内のクリエイターも凄腕の浅野がいることによって話をスッと聞いてくれるんです(笑)。このバランスが割と安定して10年以上続けてこられたポイントかもしれません」

■ 後半、奇跡的なフィルムが連続で出てきた「進撃の巨人」
WIT STUDIOが当初手がけた作品は、「ギルティクラウン」の遺伝子を受け継いだ2作。1つは同作の演出担当・牧原亮太郎が監督を務めた劇場中編アニメーション「ハル」。そしてもう1つは今もシリーズ作品が続く、荒木哲郎監督による「進撃の巨人 Season 1」だった。設立当初から代表作と言える作品を生み出し外からは順風満帆の船出のように見えるが、制作現場はそうでもなかったようで……。

「作っている最中はみんなとにかく必死で、『進撃の巨人』が人気だとあまりわかっていませんでした。『作画兵団』なんて言葉も『まあ、ネットに書かれているけど、どうせ嘘だろう』みたいな(笑)。最終話の納品が終わったその日の夜にイベント上映があって、そこにみんなでボロボロになりながら登壇して、初めて『あれ、みんな我々のアニメを喜んでくれていたんだ』と実感できました。

『進撃の巨人 Season 1』を振り返ると、第17話以降に急激にフィルムのクオリティがアップしたのが印象的です。それまで一緒に付き合ってくれた仲間たちや、新しく僕らに関わってくれた人たちが集結したタイミングです。例えば第17話『女型の巨人-第57回壁外調査①-』は、のちに『終わりのセラフ』で監督をやっていただく徳土大介さんによる革命的な絵コンテで、攻め気の内容でした(笑)。作っている我々の実感としてもできあがって観た後に『めっちゃ面白かったな』となるような素晴らしさだったんです。

第18話は荒木さんがベストコンテとして挙げる回で、作画カロリーを抑えつつすごく面白いという、 非常にコストパフォーマンスがいい内容でした。第21話のミカサがエレンを救出しようとする際の驚異的な作画も、みんなが急場の中で生み出してくれたものすごいアクションシーンで……そんなふうに奇跡的なフィルムが連続で出てきたんですけど、いや、本当にすごいこう……いろんな大変だった記憶が蘇って、ちょっと申し訳ない気持ちになってきました(笑)」

デビュー作「進撃の巨人」で早々に名を挙げたWIT STUDIO。だがその裏では、会社として地道な成長をしていくために人材を増やしていた。

「設立当初からアニメーターのみんなは若くて技術力もあり、すごい集中力で仕事をしてくれていました。でも制作やバックオフィスは急造でチームを編成しなければならず、しばらくはその影響が制作体制に出ていたんです。その問題を解決するべく初年度から積極的な採用をしていましたが、ようやく問題解決の兆しが見えてきたのが『甲鉄城のカバネリ』が放送されていた2016年くらい。

制作面で言うと強いアニメーションプロデューサーが充実してきたのがその頃。近年だと『王様ランキング』や『GREAT PRETENDER』を手がけた岡田麻衣子さんのような強いプロデューサーが入社したり、『SPY×FAMILY』や荒木監督と映画『バブル』を一緒に作った山中一樹くん、ストップモーションスタジオのリーダーをやっている山田健太くんといった世間に名が高まっていない人たちが偶然入社してくれたことで、一定以上のクオリティでアニメを納品し続けられるようになったんです」

■ 「SPY×FAMILY」で芽生えたCloverWorksという制作会社との仲間意識
こうして会社として盤石な体制を作り上げる中で、ターニングポイントになった作品を聞いてみた。すると中武氏が挙げたのは「進撃の巨人」と「SPY×FAMILY」の2作だった。

「『進撃の巨人』でスタジオの仕事の路線が定まり、それから10年経って『SPY×FAMILY』が仕事の幅を広げてくれました。それに、10年の間にスタジオの中心メンバーに家族ができたり子供が生まれたりして、かねてより『お父さん、お母さん、子供たちにも観てもらえるアニメーションを作りたい』という願いがあったんです。そこで奇跡のような『SPY×FAMILY』という原作と出会えた。アニメ化を任せてもらえて、しかもヒットしたので幸せなことです」

中武氏がターニングポイントとして挙げた「SPY×FAMILY」はWIT STUDIOとCloverWorksとの共同で制作されている。彼はこの試みが同社にとっても、アニメ業界的にもエポックメイキングだったと強調する。

「CloverWorksとの共同制作は新しい取り組みでした。現在、TVアニメをコンスタントに作り続けることは非常に難しい状況になっていますが、毎年『SPY×FAMILY』を世の中に送り出すことができるのは、ひとえにCloverWorksとの協業でできたから。そのおかげで2023年にTVシリーズのSeason 2と映画をお届けできるように、みんなに楽しんでもらう期間が増やせています。

かつてうちとCloverWorks、コミックス・ウェーブ・フィルム、MAPPAの4社でやっていた『アニスタ』というイベントがあり、そこでCloverWorksのプロデューサー・福島祐一さんと親しくなったのがこの試みのきっかけです。そしてCloverWorksの清水暁社長が大きな調整をしてくださって、一緒に『SPY×FAMILY』を作れることになりました。こうした体制を作れたのは、業界的にも革新的だったはずです。

今後は、こうした戦略的な動きやどういうビジネスを思い描くかがアニメスタジオにとって一層大切になるはずです。限られた社内のリソースをどういう形で割り振るか。その判断によって5年後、10年後の展開が大きく変わるでしょうから、そこは経営チームで毎週相談しています」

全25話のうち奇数話をWIT STUDIO、偶数話をCloverWorksが作成し、高いクオリティを保ちつつ制作された「SPY×FAMILY」は、多くの読者がご存知の通り大ヒット。その連携の秘訣は、密なコミュニケーションにあった。

「CloverWorksとはめちゃくちゃコミュニケーションを取っています。向こうのデスクさんや設定制作さんが語る悩みを聞いたりそれを解消することも(笑)。それはお互い様で、おかげで制作上のリスクを分散できました。共同プロジェクトなので、CloverWorksはもはや仲間です。その一方で別の意識もあって、TVシリーズで特に見どころのある話数が送り出せたのもCloverWorksさんと一緒にやれたから。お互いに、相手がいい話数を出してきたら、もう一方が『もっといい話数を作ってやるぞ』みたいになるわけですよ(笑)。口には出さないけど競い合っていた気がします。」

他社との連携という面では、少し違った試みになるが「進撃の巨人」も同様だろう。WIT STUDIOは「Season 3」までを制作し、同作の大きな転換点となるマーレ編以降を描く「The Final Season」をMAPPAが制作することになった。

「MAPPAには設定なども含めて資料を全部渡し、スタッフ同士の交流会みたいなこともやりました。そこでは悩みごとを聞いたり、聞いてもらったりして(笑)。我々としても『進撃の巨人』が高いクオリティでいい着地をするのが幸せなことに決まってますから。画面に対するアプローチは会社によってかなり違うので、結果的にはそれぞれの味わいが出てよかったと思います」

■ スタジオ内で良質なアニメーションが生み出せる環境作り
WIT STUDIOと言えば多くのアニメファンが思い浮かぶのが作画の充実ぶりだろう。同社はその武器を伸ばそうといくつかの試みを行っている。その1つが2021年から開始したアニメーター育成プログラム・WITアニメーター塾だ。

「アニメ業界で、育成に集中してくれる現役のアニメーターはすごく貴重です。WIT STUDIOだとこれまで作画監督として『進撃の巨人』なども死ぬほど支えてくれた手塚響平さんというアニメーターがいて、彼が教育に専念すると言ってくれたことでこのプロジェクトを始めることに踏み切れました。

WITアニメーター塾では書類審査や面接を経て、真面目で一定以上の速度を出せそうなアニメーターになりそうな方を対象にWIT STUDIOがお金を支払い、研修してもらっています。まずは動画研修としてササユリ動画研修所の舘野仁美さんが動画を教えてくださるんですが、研修という短い期間でプロのアニメーターになるためのイロハを学ぶわけですから、なかなかシビアです。そこを乗り越えて手塚さんによる原画指導を受け、ようやく育った人材が現場に投入され始めたのが今年の1月でした。

現在は6人が現場に入っており、『SPY×FAMILY』にも参加してもらっています。まだフリーのアニメーターさんに協力してもらうことも多いですが、今後はよりスタジオ内で良質なアニメーションが生み出せる環境にするため、5年後には社内アニメーターが50人以上、10年後には100人以上増えている想定で育成していきます」

新人育成を目的としたWITアニメーター塾だけでなく、既存のスタッフの飽くなき挑戦も見逃せない。彼らは現行シリーズ作品やその他のさまざまな映像作品などで映像的実験を繰り返している。

「例えば今年の3月に公開された『TOHO animation ミュージックフィルムズ』の『COLORs』には実験要素も多分に盛り込まれています。荒木監督のこれまで蓄えてきたアイデアがありつつ、彼がこれまでと違うスタッフとフィルムを作ったらどうなるかというチャレンジもしていて。そのおかげでこれまでのWITでは出なかった画面設計に仕上がっていると思います。ほかのスタッフも含め、こういった映像的な技術革新や試行錯誤はこれからもどんどんやっていきます」

■ アニメ会社がオリジナルストーリーを生み出すため…Webtoonを制作中
今やWIT STUDIOは業界屈指で注目を浴びるアニメスタジオの1つとなっているが、設立11年目を迎えても成長/挑戦しようとする心を忘れていないようだ。そういった意味で近年の印象的な作品を聞いてみた。

「『子供向けのアニメを作りたい』という願いが叶ったという点では『おにぱん!』もそうでした。『王様ランキング』もそうです。僕は制作進行時代に毎週号泣できる映画を映画館に観に行って気晴らししていたんですけど、あれはまさにあの頃の僕が『こういうアニメを作りたい』と願っていたアニメ作品でした。

ただ、1作品だけ挙げるとすれば『バブル』かな。『バブル』は川村元気さんという稀代の映画プロデューサーと仕事をして、スタジオに映画制作のノウハウが溜まったと感じたし、さらに映像面のテクノロジーも進化ができた。そういったポイントにおいて素晴らしい仕事できましたし、今後に非常に活きる仕事でした」

WIT STUDIOは作品単位だけでなく、会社としても挑戦を続けようとしている。2020年には「PUI PUI モルカー」で知られる見里朝希を迎えてストップモーションスタジオを発足させた。最後にここから先の10年の展望を聞いてみると、これまで築いてきたアニメスタジオ・WIT STUDIOのイメージからは少し離れた、意外な回答があった。同社の変化は、今後もまだまだ続きそうだ。

「これまで一緒にアニメを作り続けてきた監督やアニメーターたちと、みんなが見たことがないような新しく高品質なアニメを作るというのはこれまでと変わらずやっていくとして。10年というスパンだと、社長の和田がProduction I.Gの社長にも就任したことが、WIT STUDIOにも影響が出そうです。WIT STUDIOにはCGチームや撮影チームのリソースがないため、そこでProduction I.Gとリソースを共有しながら映像制作をすることになるでしょうし、グループ全体で相乗効果を生み出しながら効果的にアニメ制作を進めたいです。

あとWIT STUDIO単体では現在Webtoonの開発もやっていて、2023年にリリースする予定です。弊社はこれまでマンガの制作経験などはないですが、WITで面白い作品を作りたくって。アニメは1つタイトルを制作するとなるとコストが大きく、伴ってマーケティングの規模も拡大していきます。なので、アニメスタジオ主体でオリジナルストーリー作品を開発できない。その点、Webtoonは海外に比べてまだ普及していない日本ではこれから盛り上がるはずだし、制作工程が割とアニメに近くて親和性があり、参入しやすいと考えました。ストーリー作成のノウハウを蓄積するという点だけでも充分なメリットがあるでしょうけど、もちろん皆さんに楽しんでいただくのが前提です。制作ラインを整備して、ある程度年数が経ったらコンスタントに作品を作っていきたいですね」

■ 中武哲也(ナカタケテツヤ)
1979年11月16日生まれ、茨城県出身。WIT STUDIO取締役。2000年にアミューズメントメディア総合学院を卒業後、株式会社Production I.Gに入社。2012年に和田丈嗣らと、Production I.G のスタッフとともに独立し、WIT STUDIOを設立する。また2022年5月30日に、株式会社JOENの代表取締役に就任している。