2023年05月22日 10:21 弁護士ドットコム
「私はこのままずっと寝ているだけの生活でいいんだろうかと思った時、やっぱりそれは嫌だと思ったんです」
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46歳で重症筋無力症を発症して、移動が困難になった山本順子(よりこ)さん(55)は、遠隔で操作できる分身ロボット「OriHime」を活用したカフェの接客や業務支援に関わるようになり、今はテレワークでIT企業に勤めて活躍している。
テクノロジーの進化やテレワークの普及で、移動しなくても仕事ができるようになる中、障害のある人たちが活躍できる時代がくるためには、何が重要になるのだろうか。(編集部:新志有裕)
山本さんはもともとシステムエンジニアとして日々ハードに働いていたが、病気を発症してからは、何もできない状況が続き、「毎日テレビを見ているだけの生活だった」という。障害者手帳2級に認定され、毎日2時間半くらい、ヘルパーの介助を受けて生活している。
寝たきりの生活になって50歳を迎えたことをきっかけに、「また働きたい。まだ頭で考えることはできるはず」と思うようになった。山本さんには4人の子どもがいるが、発症当時に一番下の子どもはまだ3歳。自分が働いている姿を見せたことがなく、「子どもに頑張っているところを見せたい」という思いが芽生えてきた。
そんな時に見かけたのが、分身ロボット「OriHime」の製品開発やサービスを手がけるオリィ研究所が、「OriHime」を活用した「分身ロボットカフェ DAWN ver.β」を始めるという話だ。山本さんが思い切って連絡をとってみたところ、2019年にカフェの「OriHime」パイロットになることが決まった。自宅から「OriHime」を操作して、料理を運んだり、客と会話をしたりする仕事だ。
「結構緊張が伴う仕事で、大きな声も出して会話をするので、知らないうちに力が入って、すごく疲れました。私にとっては2時間が限度でしたね」
カフェではたくさんの分身ロボットが動いていて、オペレーションは複雑だ。これをいかにうまく動かすか。その下支え役を担う業務改善の仕事をするようになった。
「私の場合、パソコンに向き合って、考えたことをまとめたり、資料を作ったりする仕事だと全然疲れないということがわかりました。こういう仕事なら結構やれるということが実感できたんです」
自分の力を生かせる仕事を見出し、自信もついてきたところで転機が訪れる。オリィ研究所のテレワーク人材紹介サービス「FLEMEE」を利用して、2022年12月からは、クラウド人事労務ソフトを展開する「SmartHR」にアルバイトとして入社した。
入社後は、SmartHRのアクセシビリティ機能のテストを担っている。障害がある人にとって、どういうところが使いにくいのかをテストして、報告する仕事だ。毎日6時間程度、フルリモートで働いている。会社自体がテレワーク中心なので、コミュニケーションにも支障はないそうだ。
「ロボットカフェの業務改善の時もそうでしたが、言われた仕事をやるのではなく、自分で考えてやっていく仕事なのでとても楽しいです」
体調がしんどい日もあり、入社前は不安に感じていた面もあったが、勤務時間がフレキシブルであるため、続けることができているという。
山本さんは「私は本当にラッキーでしたが、実際はまだ門が狭くて、チャレンジさせてもらえないこともあると思います。今後は、障害があっても、働くうえではマイナスではないということを発信していきたい」と語る。
山本さんのケースは、カフェで経験を積んでから、テレワークの新たな仕事へと進んでいった形だ。障害がある人の働く場をどうやって増やせばいいのか、オリィ研究所でFLEMEE事業を担当する加藤寛聡氏に聞いた。
分身ロボットカフェでは、移動困難な人たち約70人が「OriHime」のパイロットとして働いているが、パイロットを募集するたびに多くの応募があり、約600人が登録している。そこで、障害者手帳を持っている人を対象に、これまでの遠隔コミュニケーションのノウハウを生かして、テレワーク紹介事業「FLEMEE」を今年1月から正式に開始した。
「『OriHime』を介さない形でのテレワークを拡大していきたいと考えています。身体障害者の就労は少しずつ進んでいますが、精神障害や発達障害がある人はまだまだです」
オリィ研究所では、移動困難な人のために分身ロボットを開発してきたため、身体障害者が主な対象になることが多かったが、「FLEMEE」には、精神障害や発達障害の人の登録も増えている。
「例えば、発達障害があり、音などの周囲の環境に過敏になってしまい、体力を消耗してしまう人がいます。身体障害に限らず、テレワークを希望する方は多くいます」
テクノロジーの発達で、テレワークが可能になったとしても、受け入れ側の企業が環境を整えないと、就労機会は拡大しない。最近では、障害者雇用の法定雇用率を満たすために、事業とは無関係の農園で働くことを前提に、企業が障害者を雇用するケースが問題視されている。
加藤氏も、「農福連携の動きもあるため、農園ビジネスを一概に否定するわけではないですが、インクルーシブではない場合がありますね」と語り、雇用した障害者が企業の現場に入ることの重要性を指摘する。
「企業の現場の人たちが足踏みしてしまうので、(障害者の中には)どういう人たちがいて、どういう配慮が必要か、伝えることに取り組んでいます。無理矢理な形で現場に入っても、うまくいかないでしょう」
また、テレワークで働く際には、コミュニケーションがうまくいかないことや、人間関係のトラブルが生じることもある。この点については、分身ロボットカフェを通じて、フルリモートでのコミュニケーションを成立させてきたノウハウを伝えていくという。
制度面の課題としては、現状では週30時間以上働ける人が障害者雇用としてフルカウントされる一方、短時間(週20~30時間未満)だとカウント数が0.5になるなど、長く働ける人が優遇される構造になっている。しかし、体力的な問題で長く働けない人でも、好きな時間に働ける「ギグワーク」のような短時間の働き方を、もっと制度面でカバーできないのか、といった問題意識もあるという。
冒頭で取り上げた山本さんの事例のように、段階的に仕事の幅が広がっていることが理想的だが、障害者雇用では、働きがいがある仕事をすることができず、低スキル労働にとどまるケースも多い。
加藤氏はステップアップの機会として、例えば、分身ロボットカフェでの勤務を経験して、社会人としてコミュニケーションのやり方を学び、新たなテレワークに取り組むような、学びの場が重要だと認識している。
そこに新たなテクノロジーを生かすチャンスもあり、「今後は、口頭でのコミュニケーションが苦手な人が、ChatGPTの力を借りて、テキストだけでうまく人とやりとりができるような、新しい働き方が生まれるかもしれません」と語る。
筆者は、現在の障害者雇用は、段階的なキャリアの形成に困難を抱えていることが、大きな問題だと考えている。一気に解決することは容易ではなく、社会環境や技術の変化を取り込みながら、モデルケースを作っていくしかない。
冒頭の山本さんが笑顔で語っていた、次の言葉が印象に残っている。
「一つでもできることが増えると、すごく嬉しかったんです。これもできる、あれもできるようになった、という実感ですね。一つずつ段階が進んで、次へとつながる感じがするんです」