キャリコネニュース編集部に届いた数多くの「電車で寝過ごした」という投稿の中で、とりわけ目立っていたのが「南栗橋」という駅名。埼玉県久喜市にある駅で、東武線の1日の乗降客数が7000人程度のなんてことはない存在なのだが、東京メトロと乗り入れているので「南栗橋行き」の電車はよく見かけたりする。おそらく多くの人が「名前だけは聞いたことがある」状態なのではないか。
そんな、寝過ごした人たちの心に刻み込まれがちな「南栗橋」だが、実際に行き着いたという人の投稿では「何もなくて困った」という声が相次いでいた。そう言われると気になってくるのが「本当に何もないのか」ということだ。その真実を確かめるべく取材班は、真っ昼間の南栗橋駅へ向かった。(取材・文:昼間たかし)
駅名表示から既に「場末感」
今回、南栗橋へは地下鉄半蔵門線経由で向かうことにした。平日の午前中、ラッシュも過ぎた清澄白河駅のホームで電車を待つこと15分、ようやく目的の電車がやってきた。やたらと見かける気がする「南栗橋行き」だが、実は本数そのものは多くなくて、平日の日中だと1時間に3本程度。ちなみに、清澄白河駅からの終電は23時41分で、南栗橋駅への到着は0時49分である。
路線図にすら入りきらない最果ての地。こんなところまで出かける用事を思いつかない(写真:昼間たかし)
路線図を見てみると、押上駅から先、東武スカイツリーラインに入ってからも多くの駅がある。気になったのは、後からシールで継ぎ足したために南栗橋駅の部分が「はみ出ていた」こと。この雑な扱いも「地の果てへの旅」感を演出してくれている気がして、なんとなく盛り上がる。
といっても、いったん電車に乗ってしまうとスムーズで、特筆すべきことがなにもない。ローカル線の旅なら地元の人に話しかけられることもあったりするが、この路線にそんな情緒はない。そもそもが都心へと労働者を運ぶ鈍色の通勤路線である。平日の下り列車に人の数は少なく、僅かな乗客も東武動物公園駅と幸手駅で大方が降りたが、南栗橋まで乗っていた人も十数人はいた。
さて、初めてたどり着いた南栗橋は、橋上駅舎にトイレがあるのに、なぜかホームの真ん中にもトイレが鎮座するという、ちょっと変わった駅だった。首を傾げながら改札をくぐると、さっそく「新たな街づくりへのスローガン」みたいなヤツに出迎えられた。
これから先話題のニュータウンになるのか? フロンティア精神だけは確かにあるようだが(写真:昼間たかし)
「BRIDGE LIFE Platform構想!」
この言葉は改札の上と、さらに改札を出たところにも掲示されていた。東武鉄道やトヨタホーム、早稲田大学などが連係した都市開発構想で、住宅と商業地区、医療や生活関連施設を一体開発して最先端技術で利便性を高めようというものらしい。そんな構想が立ち上がる場所というのは、基本的に土地が余っているはず。つまり何もないというのも、事実なのかもしれない。
既に新しいライフスタイルが始まっている(写真:昼間たかし)
西口の階段を降りていくと、ロータリーこそ美しく整備されていたが、飲食店はわずかに居酒屋が1件あるのみである。タクシー乗り場はあれど一台も待機はしていない。しかし、駅前には分譲中の新しいマンションもあって、開業医や学習塾の看板が目立つ。今後の人口増を目指し、フロンティア精神溢れる人が移住しているのは確かなようだ。
新しいライフスタイルが完成するまでは、まだ時間がかかるようなのだが期待はできるか(写真:昼間たかし)
ここまで確かに徒歩9分なのだが途中には、コンビニすらない。どうすればいいんだ(写真:昼間たかし)
並木道を、件の構想地へと歩くも人影はない。たどり着いたそこでは、まさに住宅建設が真っ最中である。スーパーは「イオンスタイル南栗橋」や「マルヤ南栗橋店」がすでに営業中で、薬局やクリーニング店などもあるので日常生活は成立しそう。ただ、「建設予定」状態の空き地も多く、周辺が本格的に便利と言えるようになるまでには、まだ時間がかかりそうだ。
駅周辺には、既に完成した住宅地も多いが、あるのは住宅だけ。僅かに開業医や保育所の看板はあるもののコンビニも見当たらない。ここに住むなら、クルマとAmazonはほぼ不可欠だろう。
殺伐としたロードサイド
一回りしたあとは駅に戻らず北に向かった。Googleマップに久喜市栗橋総合支所の表示を見つけたからだ。ここは旧栗橋町時代の町役場。その周辺ならば、なにがしかの賑わいはあるのではなかろうかと思った。ほぼ畑しかない田舎道を歩くこと15分あまり。途中に神社や墓地があるので、古くから人が住んでいた土地であることはわかる。
そんな風景にも飽きた頃に、ようやく役所にたどり着いた。町役場をそのまま引き継いだような、昭和感満載の建物である。その一角には久喜市の観光資料も展示されていた。だが、観光の目玉である「日光街道の栗橋宿」は、北に数キロも離れている。これはつまり、南栗橋駅の徒歩圏内には「観光スポットはなにもない」ということだろう。
その役場が面するのは県道125号線。埼玉県を東西に貫く道路のため交通量は多い。大型トラックがひっきりなしに走り抜ける道路には「ガスト」や「バーミヤン」「すき屋」「吉野家」などのチェーン店が揃っている。南栗橋に住めば、ちょっとした外食はこれらの店ということになるのだろう。
語られない栗橋の「名所」
県道125号線は、利根川の手前で国道4号線に合流する。利根川を渡った先は茨城県古河市である。国道と合流するT字路は、駅から離れているにもかかわらず、既に完成した住宅地だ。スーパー「ベイシア栗橋店」を中心とした生活圏が形成されている。国道を挟んで北側には建売住宅が密集している一方で、南側は工場や田園が広がっていて、庭に社を持つ歴史のありそうな農家が目につく。この新旧が入り交じった様子が、独特の空気感を生んでいる。
真実の南栗橋は欲望まみれの土地である(写真:昼間たかし)
これ以上見るものはなさそうだ……と南栗橋駅へ戻ろうと国道に沿って続く脇道を歩いていると、バラックのような建物の前に多くのクルマが止まっている風景が目に止まった。看板には「ライブシアター栗橋」の文字がある。どうやら、ほぼ絶滅したような「ストリップ劇場」の生き残りの一つらしい。平日日中から10台以上のクルマが停まっているあたり、根強い人気があるようだ。その劇場と道路を挟んだところには、「ボートピア栗橋」があった。競艇の場外舟券発売場である。
南栗橋には「なにもない」どころか、畑と工場に囲まれて、こんなわかりやすい欲望の集積地が形成されていたのだ。
ついに終電を乗り過ごしてもなんとかなる街に変貌しつつあるのだ!(写真:昼間たかし)
しばらく歩いて帰ってきた駅も、東口は一見「済生会栗橋病院」があるぐらいでなにもなさげにも見えるが、駅前から続く通りのエステ店には「24時間仮眠OK」の文字が高らかに掲げられている。ロータリーには「ポートピア栗橋」へと客を運ぶマイクロバスが佇んでいた。南栗橋のもう一つの顔をうかがい知るヒントは、駅付近にもあったわけだ。
ただ、真新しい周辺住宅地が完成すれば、この街の微妙な空気感はだいぶ薄まってしまうだろう。これで見納めと思うと少し寂しいような気もするが、たぶん二度と降りることもない駅だから関係ないか。もちろん、電車で寝過ごさない限りはだけど。