Text by 猿渡由紀
Text by 生田綾
アメリカの脚本家ら1万人以上が加盟する全米脚本家組合(WGA)が、映画やテレビ、配信作品の製作者たちの団体、映画製作者協会(AMPTP)を相手にストライキを始めて、半月が経過した。初日から毎日のように、パラマウントやワーナー、ディズニーなどメジャースタジオ、NetflixやAmazonなど配信会社、NBCやCBSなどテレビ局の前で、脚本家たちがプラカードを持ってマーチを行なっている。
ストの影響は大きく、人気ゲームが実写ドラマ化し話題を呼んだ『THE LAST OF US』シーズン2のキャストオーディションが延期になり(*1)、『ストレンジャー・シングス 未知の世界』最終シーズンの製作が延期になるなどあらゆる方面で波紋が広がっている。収束する気配がみられないストライキの背景に何があるのか。
ストライキがいつまでも続けば作家・製作者側の両者ともに困るが、より困るのは、日々の生活がかかった脚本家たちだ。ストをやっているかぎり、仕事ができず、収入がとだえる。
一方、製作者側は、このストが起こることは早くから予想されており、ある程度撮りだめができているとみられる。現在、メジャースタジオや配信会社の多くはコスト削減という大きな課題に直面しており、ストという「不可抗力の事態」を理由に、特定の脚本家との長期契約を切ろうとしているのではないかとの憶測もあるほどだ。
コメディ映画のヒット作で知られる脚本家のジャド・アパトーは、「彼ら(製作者側)はいつこのストを終わりにするか決めているんだ」とコメントしている(*2)。つまり、映画製作者協会側はわざとライターらを苦しめるために歩み寄りをしないのだと示唆し、批判している。アパトーのようなエグゼクティブ・プロデューサーも監督もする人や、ライアン・マーフィ、ションダ・ライムスのようなドラマのクリエイター、ショーランナーを名乗る人は、現状でも十分すぎるほどお金をもらっており、いまの状況でもそう困ってはいない。
今回の争いは主に、近年、業界の構造が大きく変わったせいで収入が減った中堅かそれ以下の脚本家のためのものだ。それらの人たちがキャリアアップしづらい状況になり、さらにAIの脅威も出てきて、脚本家という職業の存在そのものが脅かされるようになった。そういった将来的に生じる大きな問題を危惧しているため、トップクラスの脚本家もデモに参加し、強い抗議の声を上げているのだ。
脚本家というのは、昔から不安定な職業ではあった。しかし、配信ストリーミングサービスがなく、日本でいう地上波にあたるメジャーネットワークしかなかった時代は、そんななかにもある程度の安定が担保されていた。
日本のテレビは1年に4クールあるが、伝統的にアメリカのテレビのシーズンは、9月か10月に始まり、5月に終わる1クール。その間、ドラマやコメディ番組は22話前後がつくられる(昔は、シーズンオフの夏になると、プライムタイムでも再放送ばかりというのが普通だった)。
そして、それらのテレビ作品では、脚本家らが共同執筆するため「ライターズ・ルーム」が立ち上げられ、12人ほどの脚本家が常時雇われる。ヒットすれば番組は10年でも続くし、その間、最初は下っ端だったライターもチームのベテランやプロデューサーらの指導を受け、撮影や編集の様子を知り、経験を積んでいける。そして優秀な人はいつしか自分の企画を立ち上げ、成功させて、ショーランナー、クリエイターという肩書きを得るようになる。そういう可能性や道があった。
もちろん誰もが何年も続く人気番組の仕事を得られるわけではない。アメリカは視聴率が悪いとシーズンの途中でも平気で番組を打ち切るため、突然仕事がなくなることもある。
しかし、そうやって仕事がなくなったとしても、「レジデュアル」と呼ばれる再使用料がある。メジャーネットワークで放映された番組が地方局やケーブルチャンネルで再放送されたり、DVDになったりするたびに、監督、脚本家、出演者らは、レジデュアルを受け取る。この収入は一生手元に入るし、目に見える。
しかし、この構造を大きく変化させたのが、Netflix、Amazon Prime Videoなどの配信ストリーミングサービスだ。
配信サービスは、自身のスタジオでつくったものは基本的に自身のプラットフォームでしか配信せず、こういった従来のステップがない。つまり、同じだけの仕事をしたとしても、脚本家らが長期的にもらえるお金はずっと少ないのだ。現在ではメジャーネットワークより配信のほうがずっと本数が多いので、そうしたケースが圧倒的に多くなった。
今回のストで、脚本家たちは、全体のレジデュアルの金額を上げるだけでなく、配信会社に対して視聴回数によって報酬を支払うことを求めている(*3)。現在、配信会社は視聴回数を公表していないが、これに合意するとその情報を公開しなければならなくなるため、ここは最も厳しい争点のひとつだ。
そしてレジデュアル以前に、本来のギャラそのものも、配信の登場で変わった。
そこには作品のつくられ方も大きく関係している。新たな企画が立てられると、配信サービスは実現する価値があるかどうかを見るために、4人程度の脚本家を安いギャラで雇い、2か月ほど集中作業をさせ、第4話くらいまで書かせる。
これは、業界で「ミニ・ルーム」と呼ばれる、過去になかったやり方だ。この「ミニ・ルーム」に入る脚本家のギャラは基本的に全員同じ(*4)。ベテランには高く払うということはしないため、当然のことながら経験のある人が選ばれる。つまり、経験豊かな人のギャラは引き下げられ、経験のない人が仕事を得るのがより難しくなってしまう。
そうやってきつい仕事をこなしても、結局ボツとなれば、彼らが受ける報酬はそれで終わりだ。ゴーサインが出たとしても、メジャーネットワークと違い、配信は1シーズンが8話から10話程度で、もらえる額は少ない。
また、配信は、シーズンとシーズンのあいだが長く、仕事がない時期が長い。次のシーズンがなく、5回や6回程度で終わるミニシリーズも、近年ますます増えている。つまり脚本家は、やっと仕事をもらえてもすぐに終わってしまって次を探さねばならず、仕事がない時期に入ってくるレジデュアルも過去の基準より低いという生活を強いられるようになっているのである。
全米脚本家組合(WGA)は、企画にゴーサインが出る前の「ミニ・ルーム」に雇うべき脚本家の最低人数と、企画が通った後にライターたちを雇用する最低期間を新たなルールとして設定するよう求めている(*5)。
仕事を得られるライターを増やし、彼らの負担を軽減し、雇用期間を少しでも安定させたいからだ。だが、映画製作者協会(AMPTP)は、どの作品にも一律に同じ人数を雇えというのは非現実的だと強く反対している。
有名な脚本家1~2人でシリーズ全話を書いてしまうケースもあるのに、そこに余計な人を入れる必要はないというのだ。特にいまはNetflixやメジャースタジオが大幅なレイオフをし、コスト削減をしている。そんな状況で、とてもじゃないが金銭的な負担を増やすことはできない。これもまた、両者の隔たりが最も大きい部分のひとつである。
とにかく、配信会社がつくり上げたいまのシステムは、意図的ではないにしろ、脚本家への支払いを抑えるようになっている。
配信会社は伝統的なやり方のように、脚本家を撮影現場に送り込んだり、編集作業に立ち合わせたりすることはしないという。現実には、撮影当日に現場で脚本が書き替えられることは日常的に起こるというのに、脚本を書き終えた後は、「そこは心配しなくていい」と言われるのである。
それは収入にも直結するし、何より脚本家は、自分たちの仕事がリスペクトされていないと感じている。
それはAIの使用の問題にもつながる。ライターたちは、AIに脚本を書かせたり、脚本の書き直しをさせたり、自分たちの書いたものをAIの学習に使ったりしないことをルールにするよう求めている。それに対し、製作者側は、この件については定期的に話し合うと述べるにとどめている。より安くできる可能性があるかもしれないなら、道を閉ざしたくないのだろう。
だが、いまでも安い金額で使われているライターたちよりももっと安価なAIが台頭してきたら、脚本家という職業そのものが消滅してしまう。
再利用料の引き上げを求めて2007年から2008年にかけて脚本家が起こしたストライキは100日続き、地元経済は大きなダメージを受けた。当時、今回のストで焦点となっているこれらの問題は、どれも存在していなかった。この15年に、すべてがひっくりかえったのだ。
このストライキの行方は、これからの15年を左右するだろう。そんな大きなことをめぐる両者の我慢比べは、はたしてどこに落ち着くのだろうか。