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起訴状から被害者の氏名や住所が消える… 刑訴法改正で秘匿可能に 弁護活動に支障も

2023年05月18日 10:51  弁護士ドットコム

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改正刑事訴訟法(刑訴法)が5月10日、成立し、犯罪被害者の個人情報が秘匿できる制度が新設された。


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2012年の逗子ストーカー殺人事件では、1年半前に脅迫容疑で逮捕された男性に対し、県警が被害女性の結婚後の名字や住所の一部を読み上げたことが問題になった。2次被害を避けるための匿名化が求められていた。



想定されるのは、ストーカーや性犯罪などだが、刑事弁護手続きや裁判に影響はないのだろうか。刑事弁護に詳しい神尾尊礼弁護士が解説する。



●広く認めすぎると十分な弁護ができない可能性

今回、創設されたのは「勾留状や起訴状、判決書に個人特定事項(氏名や住所など)を記載しないことができる」という規定です。



勾留状とは、逮捕された後、原則10日間身柄拘束できるようにするための裁判官が発する許可状です。勾留状には被疑事実(疑われている事実)が記載されていますので、被疑者や弁護人は、そこから被害者を把握します。否認事件ではどの範囲で争うか決めますし、自白事件では示談をする手がかりとします。



改正法では、性犯罪のほか、被疑者に知られると被害者等の名誉又は社会生活の平穏が著しく害されるなどのおそれがある場合に秘匿できるとされています。また、秘匿される情報も、被害者に限らず、名誉又は社会生活の平穏が著しく害される人も含まれます。



ただ、勾留状は弁護方針を決める上で重要なものです。「被疑者の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあるとき」などは、被疑者や弁護人の請求により開示が認められる場合があるとされています。



勾留段階は捜査が始まったばかりで、「名誉又は社会生活の平穏が著しく害される」かどうかもよく分かっていない状態であることも多いはずです。また、弁護側には証拠も開示されておらず、適切に「防御に実質的な不利益がある」ことを主張できないことも考えられます。広範に秘匿が認められてしまうと、十分な弁護ができなくなるおそれがあります。



現在も、被害者の情報(連絡先など)は、弁護人に限って開示されることがあります。「示談のため」がほとんどで、自白事件ではそこまでの影響は出ないことも考えられます。否認事件ならば防御の対象もよく分からないまま弁護しなければならないことにもなり得ます。



しばらくは、どのような事件で秘匿されるのか、どの程度で「防御に実質的な不利益がある」と認められるかを見守る必要があると考えます。場合によっては、身柄拘束を争う、不起訴を争うのほかに、「秘匿を争う」という観点も追加されるかもしれません。



●起訴状抄本が認められる場合とは

起訴状の段階では、被告人には個人特定事項がないもの(=起訴状抄本)を渡す、(弁護人には個人特定情報があるものを渡す)という措置が講じられます。



現在も、被害者の名前をAと呼称して明らかにしない、起訴状に記載されている住所なども読み上げない(被告人に目で確認してもらうにとどめる)などの措置が講じられることがあります。ただ、被害者の情報を被告人が全く分からないということはありませんでした。



被害者の情報が全く分からないと、やはり特に否認事件で弊害が大きいように思います。 「2件起訴されているが1件しかやっていない。昔の事件でどちらがどちらか分からない」という場合には、被害者の情報がとっかかりになるかもしれません。



従前の秘匿を超えて起訴状抄本が認められるのはどのような場合か、実務を注視する必要があります。



●「秘匿を争う」という新たな弁護活動もあり得る

今回の改正では、開示される証拠について、弁護人に対しても個人特定事項を閲覧すらさせないことができるとされました。



現在も被害者の連絡先などはマスキングされた抄本として開示されることが多く、実務に与える影響は大きくないかもしれませんが、例えばアリバイの立証のために個人特定事項が必要な場合もあり、秘匿が争点になる事件も出てくるかもしれません。



また、判決書でも秘匿が可能です。審理が終わっていますので、勾留状や起訴状などと比べると弊害は小さいでしょう。上訴審を考えた時に問題が出てくるかもしれません(逆の立場からみれば、上訴審の弁護人のために一審段階で秘匿を争っておくといった弁護活動も行われるようになるかもしれません)。



被害者情報の秘匿は以前から行われてきましたが、さらに一歩進んで、被疑者被告人が一切情報に触れられない事件も出てくるということになります。



否認事件などでの弊害があり得るので、それぞれ弁護人の請求が認められれば秘匿が解除される制度も実装されていますが、裁判での遮へい措置の運用をみるにつれ、秘匿解除はほとんどされないのではないかという懸念もあります。



まずは運用がどうなるかみていこうと思っていますが、(被害者保護の観点も尊重しつつ)事件によっては秘匿をきちんと争っていくというのも大事になってくると思います。




【取材協力弁護士】
神尾 尊礼(かみお・たかひろ)弁護士
東京大学法学部・法科大学院卒。2007年弁護士登録。埼玉弁護士会。刑事事件から家事事件、一般民事事件や企業法務まで幅広く担当し、「何かあったら何でもとりあえず相談できる」弁護士を目指している。
事務所名:弁護士法人ルミナス法律事務所
事務所URL:https://www.sainomachi-lo.com