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「閉じ込められたら生きた心地しない」エレベーターで聴覚障害者を助ける「切り札」はメールアドレス

2023年05月18日 10:11  弁護士ドットコム

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乗っているエレベーターが急に停止したら、耳の聞こえない人はどうしたらいいのだろうか。緊急用のボタンを押しても、外部との音声コミュニケーションは困難だ。


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生まれたときから聴覚障害のある「まみねこ」さんは今年4月上旬、横浜市にある「桜木町駅」のエレベーターで「音声による会話が難しい人」のために用意されたメールアドレスを見つけた。



「普段なかなか目にすることのない珍しい取り組みです。多くのエレベーターに広がってほしい」



ほとんどお金のかからないローコスト・ローテクながら、実効性のある対策を調べたところ、ある法律の施行とともに7年前に生まれた取り組みだったことがわかった。(編集部・塚田賢慎)



⚫️「桜木町駅のエレベーターに貼られてた!いいぜ…ありがたい…」

ろう者の「まみねこ」さんは4月、友人との約束のため、JR桜木町駅に向かった。通路(野毛ちかみち)のエレベーターで、メールアドレス(とQRコード)を発見した。「緊急時にエレベーター監視室に連絡ができます」とあり、聴覚障害者など音声による会話が難しい人に向けたものだった。







まみねこさんは普段、対面でのやりとりには手話と筆談を用いている。



弁護士ドットコムニュースの取材に、このような取り組みは「珍しいものです」と話す。



かつて、古いビルのエレベーターの中で「ガタン」という衝撃とともに止まってしまう経験をしたという。



このときは幸い、少し経つと動き出したものの、「古いので電話もなく、緊急連絡用のボタンだけだったので生きた心地がしませんでした」。



それ以来、階段を使ったり、1人きりのときは乗らないようにするなど気をつけているという。



「多くのエレベーターには、何かあったときのためのボタンや電話が備え付けられていますが、通話先の相手の顔が見えないものがほとんどです。ボタンを押しても、相手からの声が聞こえないし、聞こえたとしても何と言ってるかわかりません。



こちらからの反応がなければ、ただのイタズラと誤解されてそのまま放置されることもあるかもしれません。



そういうリスクがあるので、エレベーターに1人でいるときに、万が一何かあったら?と考えるととても怖いです」





緊急ボタンを押せば、誰かが来てくれる仕組みになっていたとしても、相手からの応答が聞こえなければ、乗客はそもそも「来てくれるのかもわからない」「ボタンの向こうに誰かいるのかどうかもわからない」「到着にかかる時刻もわからない」という不安を抱えながら待ち続けることになる。



「ですので、途方もない時間が経っているかのように感じると思いますし、これが震災などであれば尚更すごく孤独で怖いだろうなと思います」



⚫️緊急ボタンの先にいる人の顔が見える安心感がほしい

だからこそ、「目に見えて反応が感じられる」メール対応やカメラ付きの電話などを全国のエレベーターの標準にしてほしいとまみねこさんは話す。



「ボタンを押せばカメラで相手の顔が見えるというのもある程度は安心できます。紙とペンがあれば、紙に文字を書いてカメラ越しに相手に伝えることもできますし、相手からもカメラ越しに紙で文字を書いて見せてもらうなどやり取りが可能なこともあります」



駅の通路にあったエレベーターの取り組みは、誰が主体となっておこなっているのか。調べたところ、管理しているのは横浜市だった。



市の担当者は、2016年6月に市が管理する「道路施設」としての位置付けにあるエレベーター110台に、メールアドレスを掲示し、監視室とやりとりできる取り組みを開始したという。





きっかけは、同年4月に施行された障害者差別解消法にあった。



法律の施行に先立ち、障害者差別に関する事例を集めたところ、「エレベーター停止の連絡手段が電話のみ」という意見が聴覚障害者から寄せられたことがきっかけだった。開始にあたっては、市の聴覚障害者協会も協力したという。



⚫️導入コストは携帯電話だけで済む

担当者は「正直なところ、このメールが使われることはほぼない」と話す。その理由が、もともと事故が少ないからか、取り組みが知られていないだけなのかはわからないという。ただ、予算をそこまで必要とせず、スマホ1つで導入できる取り組みであることから、全国の自治体でも手軽に採用できるのではないかと話す。



なお、対象のエレベーターには監視カメラもついており、中の様子がわかるという。



エレベーターなど昇降機の業界団体「一般社団法人日本エレベーター協会」によれば、国内で生産されるエレベーターの約2割程度は「車いす兼用仕様」になりつつあるというが、ビデオ通話などの聴覚障害対応の設備が備えられたものの台数は把握していないという。



「『液晶インジケーター』(エレベーター内外にある液晶の表示)への情報表示などは、聴覚障害者向けの機能ではないものの、他の利用者にもメリットはあると思われます」(同協会)



健常者には気づきにくいことだが、エレベーターの定員オーバーを知らせるブザーが鳴っても、聴覚障害者は聞こえないと、まみねこさんは指摘する。



「だから、1人のときは、定員ギリギリだと乗らないように注意したりしています」



なお、残念なことに、アドレスがイタズラに使われるケースは存在する。緊急時に困ったときのためのメールだ。イタズラが増えてアドレスが貼られなくなってはもともこもない。連絡手段はほかにもスマホの音声認識アプリや電話リレーサービスもあるが、お手軽な「メールアドレス方式」の存在と意義を広く知ってもらえたらうれしいとまみねこさんは話した。