電車でうっかり寝過ごすことはあっても、たどり着いた土地で民家に泊めてもらうという経験はめったにないだろう。東京都内で暮らす40代後半の男性(ITエンジニア/システム開発・SE・インフラ/年収1600万円)は、15年ほど前に飲みすぎがたたり、見知らぬ駅で降りるはめになった。
ホームに次や戻りの電車は来ないことを察した男性が、スマホの地図アプリで確認すると、そこは山梨県上野原市の四方津(しおつ)という場所だった。飲んでいたのは立川で、男性の自宅は神楽坂にあるというのに……。
改札を出て立ち尽くす男性だったが、そこに救いの手が伸ばされる。「飲み帰りの工務店の社長風の方とその部下みたいな2人(男性談)」が通りかかり、事情を話すと「そりゃかわいそうだな、ウチ来るか?」と自宅に招いてくれたのだ。(文:福岡ちはや)
「『何飲む?ビールでいい?』とどこまでも優しい社長。3本くらい飲みました」
寝過ごしで四方津にトリップしたのは男性だけではなかった。社長は男性と同じく呆然と立ち尽くすもう1人の男性にも声をかけ、4人で社長宅へと向かった。
「家に着いたところ、奥さんが現れて、『あら、あんたまた連れて帰ってきたの?』と言ってたので、よくあることなのかもしれないなと」
社長と奥さんは相当に良い人なのだろう、男性を泊めるだけでなく手厚くもてなしてくれた。
「寒かったのでこたつに入ったところ、『何飲む?ビールでいい?』とどこまでも優しい社長。いや、飲みすぎでここにいるのに、まだ飲ませるか?と思いながらも、厚意はしっかり受け止め、3本くらい飲みました」
「僕は社長と何の話をしたか覚えてないけど話し込んで、1時間以上くらい飲んで寝ました。『XXさん、朝ですよ』と起こされ、『なに人の家で熟睡して起こしてもらってるんだ』と恥じながらも、用意してもらった朝ごはんを食べて帰ろうとしたところ、『駅まで送ってくよ』と奥さんに言っていただいて、また甘えて送ってもらいました。山梨の人、優しすぎる……」
「帰り道も寝過ごしてしまい、家に帰ったらカミさんにしこたま怒られました」
こうして男性は帰路についたが、なんとスマホを社長宅に忘れてしまったことに気づく。しかも、男性のミスはこれだけではなかった。
「家に帰ったらカミさんにしこたま怒られました。なぜなら帰り道も寝過ごしてしまい、帰る時間を大幅に過ぎてしまっていたのです。嗚呼」
結局、男性のスマホを見つけた社長が連絡をくれ、「着払いで送ってください!」という男性に、“元払い”で送り返してくれたという。一体、社長はどこまでできた人なのか。男性は寝過ごしによって得た、かけがえのない出会いをこんな風に懐かしむ。
「ギンダラ、真鯛とか粕漬けをたくさん買って、お礼として社長と奥さまに送りました。あのときはご迷惑かけました。元気にしてますでしょうか。四方津の寝過ごし者を今も救ってるでしょうか。会いたいなぁ」