2023年05月11日 09:51 弁護士ドットコム
イラスト投稿サービス「pixiv」を利用するイラストレーターが「自分の作品を画像生成AIの学習素材として扱われたくない」として、次々とpixivにアップしたイラストを非公開としたり、新規投稿を停止したりする事態が起きている。
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これはツイッター上で、pixivにアップされたイラストが画像生成AIによって「悪用されている」という指摘が相次いだためで、現に「AIイラスト量産」の仕組み作りを公開するツイートもあった(現在は削除)。
pixivを運営するピクシブ社は5月2日の時点で、画像生成技術を悪用して特定のクリエイターの利益を著しく阻害する行為について、5月中に利用規約やガイドラインの改定を予定していると発表。以下のような行為は利用制限する予定としている。
・運営者、他のユーザー、その他の第三者になりすます行為、またはそのように誤認されるおそれがあると当社が判断する行為 ・特定のクリエイターの画風・作風を模倣した作品発表を、反復・継続して行うことで、当該のクリエイターの利益を不当に害すると当社が判断する行為 ・特定のクリエイターの画風・作風を模倣した作品発表を幇助するツール等を配布・販売することで、当該のクリエイターの利益を不当に害すると当社が判断する行為
自分の作品がAI学習に使われることについて、クリエイターはどう捉えたら良いのだろうか。AIの著作権にくわしい福井健策弁護士に聞きました。
——今回のpixivの対応についてどのような感想を持ちましたか?
対応はやや遅れたと思いますが、改訂の方向性はおおむねバランスが取れていると感じます。
——誰かの作品を画像生成AIの学習素材として使うことは、著作権侵害になるのでしょうか?
AIと著作権で発信を始めた10年前とは見違えるほど、現在の状況はあらゆるセクターの人々が発言をはじめ百花繚乱と言えますね。
気を付けたいのは、(1)AIによる既存の作品などの学習がどこまで許されるべきかという「開発」の問題と、(2)学習したAIによって既存の作品と作風や表現がそっくりの作品が量産されるなどの「利活用」の問題を、しっかり分けて考えることです。
たとえば、各国の著作権法は多かれ少なかれ、AIによる既存の作品の「学習」は 認めており、日本でいえば「著作権者の利益を不当に害しない限り」AI学習は認められています。
——多くのイラストレーターがpixiv上でイラストを非公開にしたとツイートしています。
クリエイターの方々の異議申立てを見ると、そこに (2)のAIの悪用に対する危惧や反発が多く含まれているように感じます。
研究開発(学習)そのものに反対しているというよりは、AIによってそっくりな作品を生み出されてしまうとか、クリエイターを搾取したAI生成物によって 「機械失業」が生まれるのではないかというものです。
今回の非公開化の根底にも、AI絵師たちによる悪用への不安や危惧があるように感じますし、米国で現在大きな社会問題になっているシナリオ作家1万人以上の大規模ストライキでは、「AIが人間から学びつつ人間の作家にとって代わる」ことへの反対がはっきりと述べられていますね。
——クリエイターは画像生成AIにどう向き合えば良いのでしょうか。
3つあります。まず1つ目は、現状の正しい把握です。作品を学習したAI はクリエイターによる創作や展開をサポートする力でもあるはずですが、ツールとしてどこまで有用であるか。逆に、人間のクリエイターに代替してしまう事態は、一体どの領域でどういう形で起きているのか。そっくりな作風やなりすましによる被害は、どのレベルで実際に起きているのか。
日本で最近騒ぎになった例では、自称AI絵師が学習元のクリエイターをわざわざ挑発するような、一体(炎上させたいという動機以外の)何が動機でそんな発言をおこなったのかさっぱりわからない、しかも元の発言はすでに削除されているような真偽不明の情報も見られるようです。
そんなものに煽られ踊らされるだけではかえって損をしますので、メディアは、現状の実態をしっかり伝え続けるべきでしょう。
——2つ目はどういうものでしょうか?
2つ目として、残念ながら日本の法律を変えても、AI学習の本丸への影響はあまりないだろうということです。
現在、ChatGPTにせよStable DiffusionやMidjourneyにせよ、主要な生成系AIは米国など海外で開発されています。画像生成系AIでいえば、LAION-5Bという58億点もの学習用データセットなどを使い、主に海外拠点で学習しています。そこには日本の公開イラストやマンガなどのリンクも大量に含まれますが、適用されるのは基本的に現地の著作権法です。
たとえば米国では現在、主要な画像生成AIを開発したOpenAIやスタビリティーAIに対して、彼らの学習が著作権侵害であるという大規模訴訟が起こされていますが、争点はこれらの学習が米国著作権法のフェアユース(公正な利用)として許されるか、です。
さすがにAI学習をすべて禁止するような判決は予想しづらいので、米国で日本作品の学習と大規模AI開発が続くならば、日本の法律を変えたところで影響はかなり限定的でしょう。 ただし、日本はOECDでのAI原則の議論では積極的な役割を果たしました。
まだまだその程度の影響力は持っていますので、国際的なAI開発ルールの議論に向けて、日本政府やクリエイター団体が発信していくことは大切でしょう。
——3つ目はどういうものでしょうか?
3つ目に、では日本国内でのAIルールに向けた議論に意味はないのかといえば、もちろん意味はあります。
実際、日本の著作権法でもAI学習は無条件に認められているのではなく、「ただし、著作権者の利益を不当に害する場合は除く」という限定がされているのです。これは合理的な限定ですが、現在、このただし書は活用されていない状況です。
一体、どういう目的のどんな学習だったら著作権者の利益を不当に害するのか 、また、どういうAI利用は危険であり権利侵害のリスクが高いのか、官民でガイドラインの議論を始めるべきです。それが、有益な研究開発と創作者の保護を両立するために重要でしょう。
たとえば、商用目的のAI学習の場合、「権利者に相当な収益を還元しないなど、権利者が学習からの除外(オプトアウト)を求めている場合、それ以降の学習は権利者の利益を不当に害する可能性が高い」。あるいは、「特定のクリエイターの作風を学び再現することを特に目的とするような学習は権利者の利益を不当に害する可能性が高い」、といったガイドラインが考えられるでしょう。
——ほかに進めるべき方策はありますか?
攻めと守りを両立する方策として、日本において良質なデータセットを構築し管理することは重要です。今後、世界のAIは、良質な大規模データセットへの適法なアクセスを求める競争が激化すると思われるからです。
そのときに単にバラバラにネットで公開されているだけの作品は、多かれ少なかれ欧米のAI巨大企業の「草刈り場」になってしまう可能性が濃厚です。
良質な大規模データセット、すなわち「デジタルアーカイブ」です。それを関係者の手で構築し、クローリングに対するプロテクションや利用規約を施す。アクセスを希望するAI企業には、権利者のオプトアウトや収益の還元をしっかりと約束させる。
このようなデジタルアーカイブの戦略は、今後のAI覇権競争に対して少なくとも打てる有効策の一つではあるでしょう。
【取材協力弁護士】
福井 健策(ふくい・けんさく)弁護士
骨董通り法律事務所 代表
弁護士・ニューヨーク州弁護士。日本大学芸術学部・神戸大学大学院・iU ほか 客員教授。専門はエンタテインメント法。内閣府知財本部・文化審議会ほか委員。「18歳の著作権入門」(ちくま新書)、「ロボット・AIと法」(共著・有斐閣)、「インターネットビジネスの著作権とルール(第2版)」(編著・CRIC)など知的財産権・コンテンツビジネスに関する著書多数。Twitter:@fukuikensaku
事務所名:骨董通り法律事務所
事務所URL:http://www.kottolaw.com