タワマンが乱立する湾岸エリア。快適・便利に思えるが、「都心へ行くならバス」という建物も多い。
そういう建物にとって、「バス停」はかなり重要なインフラのはずなのだが、タワマン住民の中には、謎に「自宅のすぐ目の前にあるバス停を嫌う住民」がいるのだという。どういうことなのか、湾岸エリアのタワマンに夫婦で暮らす40代男性に教えてもらった。(取材・文:広中務)
エントランスのすぐ前にあるバス停
男性が暮らすのは湾岸エリアにあるタワマンの中層階。最寄りの地下鉄駅からは徒歩15分かかる。
周囲には昨年、大きめのスーパーができて便利になった。しかし、そもそもの店舗数が少ないため、ちょっとした買い物や外食をしたいと思ったら、必然的に都心に出かけることになる。そんなわけで、必然的にバスを多用することになるのだが……。
「銀座経由で東京駅までのバスがあります。バス停があるのもマンションを出てすぐの道路です。大手町に勤務しているので、まったく不便だとは思いませんでした」
タワマンの人がみんな乗るので、当然ながらバスは混雑する。しかし、満員バスに乗車するのは20分程度なので、問題なく利用できると考えていた。ところが、引っ越してしばらくすると、男性は「バス利用の思いがけない問題点」に直面することになった。
「雨の日のことです。低気圧が近づくと湾岸エリアでは急に風が強くなるんです。それも、ビル風になって突風になることも。バス停に並んでいる時に、傘をさしているのは無理ですしずぶ濡れになってしまいました」
この初めての雨の日に、男性は「愛用していたイギリス製の高級傘が瞬く間に折れ曲がった」という。
「同じマンションの住民に聞くと、雨が降らなくとも風が強くでバス停で待っているだけでメガネが砂埃でザラザラになることもあるといいます。ならば、どうしているのかと思えば、みんなマンションのエントランスのところで待機していたんです」
ようは雨風が強いときには、自宅タワマンのエントランスが避難場所になっているわけだ。エントランスは見通しがよく、バスが近づいてくるのもわかるので、快適にバスを待っていられるのだという。そこまではいいとして、話がややこしくなるのは、その中に「よそのマンション住民」も混じっていること。
「うちのマンションのエントランスがバス停に一番近いんです。なので周囲のマンションの住人なんかも、うちのマンションのエントランスで待機しているんです。外のひさしの下で待っているならともかく、寒い季節には住民に交じってロビーの中に入って暖を取ろうとする人までいたんです」
ちょっと気になったが、実害はないのでスルーしていた男性だが、心の狭い住民はけっこう多かった。
「住民以外が入ってくれば治安が悪化するとかいうんです。中には、うちのマンションの前にあるバス停だから自分たちが優先的に乗車できるようにするべきだなんて人も。優先的に乗れたところで空席があるわけでもないんですが……」
いよいよ問題が苛烈になったのは、マンションで運行していた住民用シャトルバスの存廃が議論になったときだそう。
「シャトルバスは時間も本数も限られていて、使い勝手が悪かったんです。なので、いっそ廃止してしまってバス停を敷地内に誘致してはどうかという意見が出たんです。そうなれば、雨の日にも濡れずに乗車できるから願ったりかなったりじゃないですか。なのに、反対する人は多かったんです」
反対していたのは、やっぱり「マンションは自分たちの敷地」だと排他的な住民たち。敷地内にバス停ができれば、よそのマンションの住民も敷地にはいってくるようになる。それが許せないというのだ。
「このあたり、どこのマンションも建物の周囲に庭園を整備しているので、お互いに散歩で入ったりするのは当たり前なんですけど。なんで、そんなに反対するのか理由がよくわかりません」
結局、シャトルバスの本数は減ったがバス停が敷地内にできることはなかった。そんなマンションだが、いま盛り上がっているのは地下鉄の建設だという。昨年11月に東京都が計画を発表した東京駅から勝どき・晴海を経由して有明へ向かう新線のことだ。
「完成するのは30年後といわれているのに、今からマンションが値上がりすると取らぬ狸の皮算用で色めきたっている人が大勢います。当然、地下鉄の出口は近くに欲しいといってますけど、やっぱり敷地内ではなく目の前の道路に欲しいという人が多いんです。どれだけ、自分たちの敷地に他人が入るのが嫌なんでしょうか」
外から見ると「スマートな沿岸タワマン」でも、中に一歩入ってみると、そこにあったのは殺伐として閉鎖的な村社会だった。男性は「このままだと自分も汚染されてしまいそうなので、船橋に引っ越す予定」だと話していた。