2023年04月19日 10:11 弁護士ドットコム
岸田文雄首相の選挙演説会場で爆発物が投げ込まれた事件で、実行犯とみられる男性は威力業務妨害の疑いで現行犯逮捕された。
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報道などによると、爆発物は、管の中に火薬などを詰め込み、発火装置や導火線で着火する仕組みのパイプ爆弾とみられる。男性はライターを所持していたという。
岸田首相に怪我はなかったものの、警察官と聴衆が軽傷を負った。爆発物の殺傷能力などの詳細は今後の捜査で調べられるとみられるが、今後男性が殺人未遂の罪に問われるようなことになることはあるのだろうか。元警察官僚の澤井康生弁護士に聞いた。
——男性が殺人未遂などに問われる可能性はあるのでしょうか。
事件現場ではとりあえず現行犯逮捕しなければならなかったことから、その時点において明らかに成立が認められるであろう威力業務妨害罪を適用しました。
現在、警察は鉄パイプ爆弾とみられる爆発物を押収して内容、構造を分析するなどして殺傷能力の有無を捜査しているところだと思います。
殺人未遂罪の成立が認められるためには殺人の実行行為、すなわち殺人の結果を生じさせる具体的現実的危険性のある行為がなければなりません。
たとえば、ある相手に対して、拳銃の銃口を向けて引き金に手をかける、包丁で切りかかる、飲もうとしているドリンクに毒物を混入するなど、客観的に見てそのような行為をしたらその人を殺害するに十分に危険な行為でなければならないのです。
殺人の危険性のある行為であれば殺人未遂罪となりますが、危険性がなければ傷害罪の成立にとどまります。
本件において、爆発物に十分な殺傷能力があったということが判明した場合には殺人未遂罪になりうるので、同罪で再逮捕、起訴される可能性が高いでしょう。
——火薬の量が足りないなど爆発物に殺傷能力がなかったという場合はどうでしょうか。
人を殺害するだけの具体的・現実的危険性が認められないので、殺人未遂罪は成立せず、傷害罪が成立するにとどまります。首相は怪我をしていませんから、軽傷を負った2人を被害者とする傷害罪ということになります。
犯人が首相を狙ったのに狙いがはずれて他者に怪我をさせた場合でも傷害罪が成立するのか、という点も一応問題となります。
判例実務上は「人」に怪我をさせようとして「人」に怪我をさせた場合、実際に怪我をさせた人に対する故意を認めて傷害罪の成立を認めています。
もっとも、本件の場合には「爆発罰取締罰則」(爆発物取締法)1条違反が適用される可能性が高く、罰則は「死刑または無期もしくは7年以上の懲役または禁錮」なので、裁判で有罪となれば、殺人未遂罪の適用がないとしても重い刑が科されることになります。
——2022年7月の安倍元首相襲撃事件を想起した人も多いかと思いますが、そういった事情(過去の事実)は犯罪の成否に影響しないのでしょうか。
過去の事件と相まって社会に与えた影響は大きいと思いますが、それ自体が犯罪の成否に影響することはありません。
仮に今回の犯人が過去の事件を再現することによって、社会に大きな衝撃と不安を与えることを目的としていた場合には不利な情状として量刑に影響を与えるかもしれません。
——爆発物の殺傷能力のほか、今後の捜査・公判に影響しうる要素は何でしょうか。
やはり動機、計画性、パイプ爆弾の作成経緯でしょうか。
犯人はまだ若く、無職ということのようですから組織的な背景はないと思われます。選挙制度への不満があったなどとも報じられていますが、なぜこのような凶行に走ったのか、共犯者がいないのになぜ黙秘を貫いているのかなどの詳細は気になるところです。
【取材協力弁護士】
澤井 康生(さわい・やすお)弁護士
警察官僚出身で警視庁刑事としての経験も有する。ファイナンスMBAを取得し、企業法務、一般民事事件、家事事件、刑事事件などを手がける傍ら東京簡易裁判所の非常勤裁判官、東京税理士会のインハウスロイヤー(非常勤)も歴任、公認不正検査士試験や金融コンプライアンスオフィサー1級試験にも合格、企業不祥事が起きた場合の第三者委員会の経験も豊富、その他各新聞での有識者コメント、テレビ・ラジオ等の出演も多く幅広い分野で活躍。陸上自衛隊予備自衛官(3等陸佐、少佐相当官)の資格も有する。現在、朝日新聞社ウェブサイトtelling「HELP ME 弁護士センセイ」連載。楽天証券ウェブサイト「トウシル」連載。毎月ラジオNIKKEIにもゲスト出演中。新宿区西早稲田の秋法律事務所のパートナー弁護士。代表著書「捜査本部というすごい仕組み」(マイナビ新書)など。
事務所名:秋法律事務所
事務所URL:https://www.bengo4.com/tokyo/a_13104/l_127519/