Text by 川谷恭平
Text by 中村寛史
Text by 小松翔伍
瞬く間に移り変わるファッショントレンドは、SNSの普及によってさらに加速した。そのなかで世界から熱心線を浴び続け、日本のファッションシーンを牽引する1つに数えられるのが「BEAMS」だ。
著書『UNLIKELY THINGS(シリーズ:I AM BEAMS)』を上梓したBEAMSクリエイティブディレクターの中田慎介は、これまで数々のブランドとの別注を実現させ、フィッシングブランド「DAIWA」のアパレルコレクション「DAIWA PIER 39」ではディレクターを担当している。
都市生活とフィッシングを共存させたラインナップをプロデュースし、それが釣り人以外にも響き、入手困難が続いたほど話題に。近年、BEAMSが力を入れるB2B事業の代表格となっている。
なぜBEAMSはこうも別注やB2B事業で成功を収めているのだろう。中田に著書の紹介をはじめ、自身が担当したプロジェクト、印象に残っているアイテム、仕事の話、BEAMSで働いた仲間たちについて、たっぷり語ってもらった。
1977年、栃木県出身。大学生のころ、古着MIXなど新たなスタイルを提案していたBEAMSに憧れて入社を決意。新卒で採用試験に挑むも不採用となる。諦めきれず、2000年に新たに設立したレーベル「BEAMS PLUS」のオープニングスタッフとしてアルバイトで入社。2012年にBEAMS PLUSディレクターに就任し、「BEAMSメンズカジュアル」チーフバイヤーも兼任。2015年にはBEAMSメンズカジュアル統括ディレクターに就き、その後はクリエイティブ ディレクターとして活躍。2023年3月でBEAMSを退職するも、引き続きBEAMSの事業に携わっている
―「BEAMS」スタッフのパーソナルブックシリーズ第一弾として、2月に『UNLIKELY THINGS(I AM BEAMS)』(世界文化社)を刊行されました。この本には、中田さんが持っているモノの選び方が独自の視点で語られています。
中田:序文に書いていますが、「UNLIKELY」を直訳すると、「ありそうもない」「普通じゃない」という意味。ぼくにとって、個性的と言われるのは、最高の褒め言葉なんです。
子どものころからあまのじゃくな性格で、人と同じは嫌でした。そうした自分のアイデンティティーともいえる視点からみて、愛着のあるアイテムを紹介しています。
中田慎介著『UNLIKELY THINGS(I AM BEAMS)』(世界文化社)
―書籍を読んでみると、細かい部分を審美していたり、違った視点から魅力を感じたりしていますよね。なにごとも深掘りするタイプですか?
中田:深掘りするのは好きですが、する部分と、しない部分の差が激しいかもしれません。気分屋だから、急にスイッチが切れちゃうこともあるんです。いろんなものを深く知りたい気持ちは大きいんですけど、それ以上に新しいものに食いついてしまう性格。流行りものが大好きで、ミーハーなんですよ(笑)。
興味あるものが多すぎて、選別できないんです。調べて深掘りすることも大好きですが、それ以上に想像することが好き。これはこういう思いでつくられたんだろうな、って一度予測を立てて、正解を確かめる。
先に情報だけを頭に入れちゃうと、自分の想像力が停滞しちゃう気がするんです。まずは自分なりの考えを取り入れてから、答え合わせをしています。
―書籍で紹介している愛用品からは、どれもルーツを大事にしていることが伝わってきました。
中田:ファッションもカルチャーもルーツが重要だと思います。BEAMSで働いた22年間で、ルーツを紐解く重要性を学びました。
―そこにアイテムに対する愛を感じました。
中田:そう言っていただけると、すごく嬉しいです。BEAMSで学んだ大切なことの1つが「愛」なんです。一緒に働く仲間に対する愛情はもちろんのこと、洋服にも愛情を持って接しないといけません。コーディネートで、ブランドの組み合わせを考えたり、年代や背景を踏まえたりするのも愛だと思います。
―今日はこれまで携わったプロジェクトのなかから、代表的なアイテムを持ってきてもらいました。印象に残っているコラボレーションを教えてください。
中田:たくさんありますが、一番は2012年の「BEAMS PLUS」のディレクター時代に果たせた、「L.L.Bean」の別注。その当時、L.L.Beanはほかのブランドとほとんどコラボレーションした実績がなく、自分たちが納得できるものを、自分たちのキャパシティーのなかでつくっている印象でした。
そんなアメリカのアウトドアブランドの重鎮と日本のセレクトショップがコラボレーションした、歴史的な出来事だと思っています。じつは、BEAMSはこれまでL.L.Beanに何度もオファーしていたけど、叶えることができなかったんです。
L.L.Beanで人気の「Boat and Tote Bags」のボトムを深いデザインに変更して、2トーンに彩った
―どのように実現したのですか?
中田:実現できた背景には、 BEAMSの大先輩の一人、舘野史典さんの功績が大きいです。舘野さんは2020年にお亡くなりになりましたが、BEAMSのレジェンドバイヤーで、鋭い審美眼を持ち、現在BEAMSで取り扱っている数多くの人気ブランドを最初にバイイングしてきた方です。
舘野さんはL.L.Beanに何度もコラボレーションを打診し続けていました。それでも、あきらめずに30年以上やりとりを続けていて、そうするうち、アメリカ本社で直談判できるチャンスが巡ってきたんです。
L.L.Beanの1960年代の商品カタログを舘野さんがたくさんお持ちだったので、それをコピーして切り貼りして資料をつくり、プレゼンに挑みました。
―L.L.Beanに対する愛情をぶつけたと。
中田:そうです。結果的にコラボレーションできることになり、本当に達成感が大きかった。舘野さんの功績が大きいし、L.Aに在住している「BEAMS PLUS」顧問の福嶌勝敏さんやチームの皆が熱意を持って、力を合わせたからこそ実現できました。
ぼくも微力ながら貢献できたプロジェクトで、BEAMSで働いた22年間のなかで、誇れる仕事のひとつに挙げられます。
―L.L.Beanは中田さんにとってどんな存在でした?
中田:ぼくは昔からファッションに取り入れていました。L.L.Beanはアウトドアブランドのパイオニアで、BEAMSからは少し遠い位置にいるようにも感じていましたが、シグネチャーアイテムはいまも変わらずアメリカ国内で生産し続けていて、芯のあるカッコいいブランドという印象です。
「Bean BOOTS」の愛称で親しまれている名作「Maine Hunting Shoes」をL.L.Beanを象徴するネイビーのワントーンで別注
―ほかに思い出深いコラボレーションをあげていただくとすれば?
中田:「VANS」のスニーカー「AUTHENTIC」です。これはぼくがBEAMS PLUSのディレクターから、「BEAMSメンズカジュアル」のチーフバイヤーに異動するきっかけとなったコラボレーションです。
ヒールパッチはVANSの前身である「VAN DOREN」のロゴを採用
中田:ぼくは2008年に鎌倉へ引っ越したんですが、鎌倉には同じくBEAMSの大先輩の一人、「SURF&SK8」部門のバイヤーの加藤忠幸さん(現在はブランド「SSZ」のディレクターを兼任)も住んでいて、よく一緒に帰っていました。そこでいろんな話に花を咲かせていて。
2010年のある日、ぼくが大学生のころに買ったユーズドの70年代のAUTHENTICの話題になり、それを復刻したら反響が大きいんじゃないかと提案したら、加藤さんが面白がってくれて、VANSとのコラボレーションに漕ぎ着けてくれたんです。
―ひと目見ただけでは普通のAUTHENTICですが、ヒールのパッチや縫い目が少し違いますね。細かいディテールの違いにグッとくる人が多かったんじゃないでしょうか。
中田:第一弾から予想を大幅に上回る反響があり、カラーや素材を変えて何シーズンも続けてコラボレーションすることになりました。コラボレーションのファーストモデルはいまだに履けず、大事に取っているほど、ぼくにとって特別な一足です。
かかとの縫製は現行品とは異なり4本のステッチがあしらわれている。インソールにレザーが施され、オリジナルは接着されているだけだが、しっかりと縫い付けてアップデート。70年代当時を彷彿とさせる、やや細身のフォルムの木型を使用
―こちらの「LEVI'S®︎」のデニムジャケットは?
中田:これはLEVI'S®︎とコラボした「スーパーワイド コレクション」です。「LEVI'S®︎」が最初につくったデニムジャケット、通称「ファースト(※)」の着丈をそのままに、身幅やポケットなど、すべてを横に伸ばしたスーパーワイド仕様にしています。
LEVI'S®︎は、ぼくが入社したときにはすでに何度もコラボレーションをしていて、「BEAMS」にとって欠かせない大事なブランド。お互いの信頼関係がなければ、成り立たないコラボレーションでした。
ジャケットの胸ポケットに備わっているタグには信頼の証として、前面はLEVI'S®︎カラーのレッドで、裏面はBEAMSカラーのオレンジにしていただきました。本当に名誉なことです。
LEVI’S®︎をはじめとしたブランドは、そう簡単にはコラボレーションできる相手ではありませんが、わがままをいわせてもらってディテールを変更できるなんて、夢のようなプロジェクトです。
アメカジがベースにある「BEAMS」にとって「LEVI’S®︎」は重要なブランド。右が「スーパーワイドコレクション」、左が「ハーフ&ハーフコレクション」
―書籍で足し算にはロマンがあると記されていましたが、単純にデザインをプラスしていくだけではかっこよくならないと思います。でも、このデニムジャケットの足し算は絶妙です。
中田:おっしゃるとおりです。ただ、デザインや機能などの足し算についてはずっと勉強中です。BEAMSは東京発祥であり、東京には江戸の名残で「粋」の美学があると思います。粋と思える差し引きが重要で、絶妙なセンスが求められる。やりすぎは良くないし、もの足りないのも良くない。
その塩梅を感じる線引きは、センシティブに考えています。ぼくは田舎出身なので、いまも勉強していることです。
―言語化するのも難しそうですね。
中田:そうなんです。だからこそ、皆でよく話し合っていて。いろんな人の意見を聞くのが重要で、最終的に皆が納得できる着地点で提案するようにしています。
―次にあげていただいたのが「DAIWA PIER39」。これまで紹介していただいたBEAMSの別注とは異なり、釣具メーカーの大手「DAIWA」とのB2B事業として取り組んだブランドですね。
中田:はい。BEAMSがB2B事業に注力していく方針を執り、本格的にブランドをプロデュースした最初期のプロジェクトになります。ビームスがコラボレーションとしているという点ではこれまで紹介した別注の仕事と同じですが、B2B事業ではビームスの名前はあまり表には出ません。
―ファーストコレクションから、かなり注目されていましたが、そもそも、なぜDAIWAとタッグを組んだのですか?
中田:DAIWAにとってフィッシングウエアは十八番ですが、デイリーウエアは専門外。でも、釣りもできるデイリーウエアの新しい展開をして、もっと幅広い層に「DAIWA」を認知してもらいたかったそうです。そこで白羽の矢が立ったのがBEAMSで、声をかけていただきました。
―中田さんは釣りというより、フィッシングベストと親和性が高かったそうですね。
中田:手放してしまったビンテージウエアも多いけど、なぜかフィッシングやハンティングウェアには愛着を持っていて、ほとんどは手元に残しているんです。
―その機能美のデザインがDAIWA PIER39にも反映されていると思いますが、どのようにデザインを考案しましたか?
中田:釣りに特化したフィッシングウエアのディテールをデイリーウエアに使えないか、すべてを逆の発想で考えていきました。たとえば、このジャケットは、内側にルアーケースが入るポケットを内包していて、見た目は普通だけど、釣りの要素を取り入れています。
また、海水や潮風で錆びないようにメタルパーツを使用せず、プラスチックパーツにしたり、吸水速乾や撥水の素材を使っていたり。タウンユースしてもアウトドア感は少ないけど、実際のフィールドでも着られることを考えました。
ファーストコレクションでリリースした2つボタンのジャケットとカーゴパンツ。素材は速乾性のあるポリエステルを使用
―DAIWAのルーツを汲み取って考えた部分も大きいんですね。
中田:そうです。DAIWAが持つフィッシングのルーツをベースに、ぼくが20年以上BEAMSで培ってきた、アメリカンユニフォームのルーツをプラスしているので、元ネタがあるアイテムが多いんです。
フィッシングウエア以外のディテールも採用していますね。たとえばハンティングだったりワークだったり。それらをファッションに落とし込める自信がありました。
―DAIWAはどんな反応を示していましたか?
中田:新しい分野を開拓したいという思いで声をかけてくれたものの、正直不安は大きかったと思います。ぼく自身もめちゃくちゃ不安でしたね。皆がどんな反応するのか、見当もつきませんでしたので。でも、BEAMSのことを信頼してくれて、バックアップしてくれたことに感謝しています。
―その不安をよそに大反響でしたね。2022年からパリコレにも出展していますが、海外での反応はいかがでした?
中田:思っていた以上に海外の認知度が高かったことを実感しました。説明せずともDAIWA PIER39のことを知ってくれていて嬉しかった。DAIWAがフィッシングシーンで積み重ねてきた信頼があるからだと思います。
―別注のアイテムを考えるときと、DAIWA PIER39をはじめとするB2B事業では向き合い方や考え方は異なりますか?
中田:別注の場合は、BEAMSのフィルターをとおして、コミュニケーションすることを軸に考えています。BEAMSがきっかけで別注するブランドのことをお客さまに知ってもらったり、すでにそのブランドを知っている方には付加価値となるアイデアをプラスしたりするように心がけています。
B2B事業のプロデュースにおいては、オファーいただいたクライアントのニーズを満たすために寄り添う姿勢と、「驚き』をクライアントと消費者であるお客さまの双方に提供することを大切にしています。向き合い方は少し異なりますが、どちらもワクワクするアイデアの提案が必須という点は共通しており、とても大事にしております。
―なるほど。とはいえ、中田さんのアイデアをすべて受け入れてもらえるわけではありませんよね。クライアントとの擦り合わせはどのようにしましたか?
中田:B2Bに限らず、どんなコラボレーションにも、先方には先方の考え方があって、ぼくらが踏み込んではいけない聖域があります。でも、そこに触れないといいモノづくりが成立しない部分もある。お互いに譲歩し合って、歯車を噛み合わせるのは大変ですが、調整力を身につけられる大切な仕事です。
BEAMSに声をかけてくれるということは、ぼくたちに対してポジティブな印象を持ってくれているという証拠なので、うちの良さとクライアントの希望、その2つが交わる点を見極めて提案していますね。
―ここまでお話を聞いて、書籍でも書かれていた「守破離」の考え方が中田さんの根底にあることを感じました。基本やルーツを守る「守」、基礎を破って自分らしさを追求する「破」、それまで学んだ固定観念から離れてオリジナリティを確立する「離」。その3つの過程が愛用品のセレクトから、コラボレーションやB2B事業にまで活きていると思います。
中田:守破離は自分の人生において大事にしていることです。BEAMSのさまざまなレーベルを跨いで、さまざまな事業に携わったからこそ柔軟な考え方を持てたのかなと。そこから学んだ基礎をアップデートしたり、独自の表現を加えたりできるようになったと思います。
―これまで紹介いただいたアイテムはその都度ファッションシーンでは大きな話題を呼びました。もちろん一人で実現したわけではなく、チーム一丸となって取り組んできたはず。仲間と意見が対立した際はどうしていましたか?
中田:何事も「答えは1つじゃない」ということもBEAMSで学んだ大切なことです。BEAMSは今回のようなスタッフのパーソナルブックが出るほど個性的な人たちが集まっている会社なので、意見が異なってあたり前ですし、それを尊重し合えば新しいことが生まれることもあります。
チームで進む道は広くていいから、同じ方向を見ていればいいという考え方をとるようにしています。右端と左端を歩く人では、見える景色がまったく違うけれど、目的地が一緒ならゴールできますので。
―そのために心がけていたことは?
中田:徹底的に話し合っていました。それが成り立っているのは、皆仲がいいから。四六時中一緒にいて、仕事が終わってからお酒を飲んでいると、最初は3人だったのが、気づけば20人くらいになっていることもあります(笑)。男女も世代も関係なく、熱く語れるチームだったから、なんのストレスもありませんでした。
結局は皆話し足りないんです。考え方や好みが個々で違うのはあたり前。本当は皆、それを話したいはずなんです。それを伝えて、答え合わせをしたいけど、話す機会がないとコミュニケーション能力が鈍くなる。ぼくらはとにかく喋るので、円滑にいくことが多いと思います。
―中田さんは今年3月に退社を発表されました。今後もBEAMSとは深いつき合いをしていくと思いますが、部下の教育はどのように考えていましたか?
中田: 22年間いましたが、じつは後進のメンバーを育てたことなんてないですよ。約3年ごとに役職が変わっていったので、自分自身がその環境の変化に慣れることに必死で、後進の指導はできていませんでした。
―直接的な指導がなくとも、中田さんの背中を見て学んでいたと思います。
中田:裏でめちゃくちゃ悪口を言われていた可能性もありますけどね(笑)。