2023年04月13日 10:01 弁護士ドットコム
新型コロナウイルスの感染症法上の分類が、いよいよ2023年5月より5類に移行される。出社する人が増えてきたためか、通勤時間帯の電車の混雑ぶりはコロナ禍前に戻りつつある。新入社員が多く出勤したとみられる4月3日には、Twitterのトレンドに「満員電車」が入った。
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過酷な通勤ラッシュを避けるため、ビジネスパーソンや学生たちが編み出した方法のひとつが「Uターン乗車」「折り返し乗車」だ。名称は複数あるようだが、始発駅や空いている駅まで乗車し、本来の目的地まで向かうというもの。
ここで問題になるのが、乗車料だ。折り返し先から目的地までの実際に乗った乗車料ではなく、乗車駅から目的地までの乗車料しか支払わないため、折り返し先~乗車駅までの料金を支払わないことになる。
適切な支払いをしなければ、当然、不正乗車となるはずだ。法的にはどんな問題があるのか。また、過酷な満員電車を避けるため、各鉄道会社はどのように対策をしているのだろうか。甲本晃啓弁護士に聞いた。
——まず、折り返し乗車は、不正乗車になるという理解でよいでしょうか。
はい、原則としてその通りです。鉄道の利用は、実際に乗車した経路に応じて運賃を支払うというルールです。始発駅まで戻って乗る場合は、乗車駅から始発駅までの乗車券と始発駅から目的地の下車駅までの乗車券、この2つの乗車券が必要です。
乗車駅から始発駅までの往復部分は無賃乗車となります。このような不正乗車が発覚した場合、鉄道会社からは、正規運賃+増運賃で合計運賃相当額の3倍の支払いを求められます(鉄道運輸規程第19条を受けて、各社の旅客営業規則などに定められています)。
また、犯罪として電子計算機使用詐欺罪(自動改札の場合)に該当する可能性があり、1か月以上10年以下の懲役刑が定められています。
——例外もあるのですか。
はい、いくつかの区間外乗車ができる特例があります。代表的なものを紹介します。
(1) 公式に区間外乗車を認めている例(大阪メトロ)
まず、大阪メトロの旅客営業規則第67条第4号は「定期券を使用する旅客が途中乗降することなく、指定経路外を乗車する」ことを、つまり折り返し乗車を認めています。定期券に限っての特例ですが、このような規定は他の事業者では調べた限りでは見当たらないので、珍しいと思われます。
(2) 経路が自由に選択できる特例(JRの大都市近郊区間内、東京メトロなど)
JRの場合、通常の乗車券(きっぷ、ICカード)で東京・大阪など「大都市近郊区間内」の駅であれば、同じ区間を重複して乗らず、別ルートで始発駅に辿りつけば、不正乗車にはなりません。
たとえば渋谷駅から八王子駅にJRでいくのには、通常は最短経路となる新宿駅まで山手線(外回り)で行き中央線快速に乗り換えますが、逆方向の山手線(内回り)で東京駅まで行き、そこから始発の中央線快速に乗るというのは、問題ありません。
定期券にはこの扱いはないので、新宿経由の定期券でこの経路を使うときは、渋谷駅から(定期券の経路に入る)新宿駅までの乗車券が別途必要となります。
また、東京メトロの都心部は路線がネットワーク状に絡み合っていますが、その範囲内であれば、乗車経路は自由選択になっています。従って、例えば、新宿三丁目駅から銀座に行くのに丸ノ内線で直行しても良いし、副都心線で渋谷駅や池袋駅に出て、始発の銀座線または丸ノ内線で銀座駅に向かっても構いません。
(3) 分岐区間の区間外乗車の特例
乗換駅を通過する列車の場合、やむを得ず折り返し乗車せざるを得ないので、Y字の経路で乗車できるという特例を設けている区間があります。
例えば、水戸駅から常磐線の特急列車で上野駅に向かい、高崎線・宇都宮線方面の列車で折り返し大宮駅まで行くといった場合、乗車券は乗換え駅である日暮里駅経由となりますが、日暮里駅は停車しないので、日暮里駅~上野駅の間は区間外乗車の特例が認められています。
このような、Y字の経路で通し運転される特急列車でも、列車ごとに同じような区間外乗車の特例があります。
(4) 間違えて乗ってしまった場合や気付かずに乗り過ごした場合
この場合は不正乗車とならず、無賃で目的の駅まで戻ることができます。
——不正乗車が発覚することはあるのでしょうか。車内検札をしている路線はほとんどないと思いますが、実際はどうなんですか
終着駅で係員が声かけをして増運賃の請求をしている例や悪質な不正乗車については書類送検されたというニュースも時々耳にします。犯罪として処罰される刑事事件と扱われることもあるのでしょう。
不正乗車の状況は入場記録や駅構内の防犯カメラの映像で明らかになり、常習的に行っているなど悪質であると判断されれば、法的な責任が発生し処罰を受けるものです。
また、正しく運賃を払っている乗客が座れなくなるという点でも大いに問題のある行為ですから、他の乗客から鉄道会社にクレームが入る可能性もあります。なお、実際に特定の区間で折り返し乗車が多発していることを告発するような動画もYouTubeで公開されており、いつ取締りを受けてもおかしくないと思われます。
——当たり前のことですが、きちんと乗車券を買い、マナーを守って乗らなければいけないですね
はい、そうなります。事前に折り返し乗車の区間の往復の切符を買っていなければ、折り返し駅の改札を一旦出て、再度入場するか、その旨を窓口で申告して運賃を精算します。
また、通勤定期の場合、折り返し区間を含めた経路で購入しても構いません。なお、折り返し駅での引き続きの乗車はマナー違反となりますし、混雑時は整列乗車を実施している場合もあるので、一旦降車して列に並ぶようにしたほうが良いでしょう。 また、鉄道事業者のなかにはそう言ったニーズを捉えて、通勤定期券向けに、始発駅から乗車ができるオプションを設定している事例もあり、2つほど紹介します。
(1) 相鉄「YOKOHAMAどっちも定期」の例
相鉄・新横浜線経由のIC通勤定期券が対象で、本線の始発駅である横浜駅での乗降が可能とするサービスで、追加料金は不要です。東急線方面への通勤旅客が、東横線経由(別途運賃が必要)で横浜駅に立ち寄り、相鉄線で座って帰れるよう、絶妙に配慮されたものといえます。
(2) 西武「だぶるーと」「ONEだぶる♪」の例
西武池袋線の所沢方面から小竹向原駅を経由して東京メトロ有楽町線へ直通するIC定期券について、少額の追加料金を払えば、始発駅である池袋駅での乗降を可能とするサービスです。こちらも通常に比べ少額の追加料金ですむ料金設定となっており、帰りに始発駅から座れるメリットは絶大でしょう。
西武新宿線では、新宿方面に向かう連絡定期券について、高田馬場駅でも西武新宿駅でも乗降可能な「ONEだぶる♪」というサービスもあります。このような通勤定期向けに利用者の利便を図り、複数ルートを認めているサービスは、東京メトロへの直通列車が路線の途中駅から分岐する東武鉄道、小田急電鉄でも同様の制度があります。
このような始発駅から座れるサービスを導入しているのは一部の鉄道事業者に限られますが、まだ導入がない事業者についてもホームページ等で利用者の声を届けることでニーズに合致したサービスが実現されるかもしれませんね。
——お金を払ってでも座りたいという人には、他にどういったサービスがありますか。
一部の路線限定ですが、着席保証型のライナーや、グリーン車等をつかう方法があります。
鉄道会社は着席ニーズに着目して古くから様々な手を打ってきました。
着席保証型の列車サービスの代表例である通勤ライナー列車(以下「ライナー」といいます。)は、1984年に国鉄が車庫への回送となる特急列車を利用して始めたのが始まりと言われていますが、その後、ライナー運行はクロスシート(進行方向に向いた2列+2列のシート)のJRの各路線や、有料の座席指定特急専用車を持っている私鉄を中心に広がりました。
他方、古くから有料特急を運行してない私鉄では京浜急行が着席保証型のライナー「ウィング号」を運行していましたが、近年では東武東上線の「TJライナー」を皮切りに、多くの私鉄で「デュアルシート車」と呼ばれるロングシートとクロスシートが転換できる列車が採用されるようになり、これをライナー運行に充当するという例もみられるようになりました。
例えば、京王電鉄の「京王ライナー」は、平日は朝夕の通勤需要に向けられ、休日は都心から高尾山への観光需要向けにダイヤが組まれています。
他方、「グリーン車」は、列車の一部に追加料金が必要なクロスシートの特別車両とした備えたもので、首都圏では東海道線、横須賀・総武快速線、高崎・宇都宮線、常磐線の普通・快速列車に「グリーン車」が2両連結されています(一部列車を除く)。
ただし、自由席なので混雑時は着席できないことがあります。一方、全列車に連結されているのでライナーに比べると事前予約なしにすぐ乗れて、一日中運行されているので、着席機会も多いです。
中央線快速は、2024年春から既存の10両編成に追加する形でグリーン車2両の連結が開始される予定です。普通車の連結両数は変わらないため、普通車の混雑緩和も期待されます。また、関西圏では、2019年から一部列車に着席保証型のシートサービス「Aシート」が開始され、拡充されつつあります。首都圏の私鉄路線でも、東急大井町線で2018年から一部の編成中に1両のデュアルシート車「Qシート」を組み込んだサービスがはじまり、今後東急東横線でも同様のサービスが開始予定です。このように新しい形の着席保証サービスが着々と進んでおり、使える路線も広がりつつあります。
更に番外編として「新幹線」という選択も路線によってはあると思います。通勤として大宮駅や新横浜駅から東京駅まで新幹線を使う方も少なくありません。
例えば、東海道新幹線の新横浜駅では、朝は自由席車両を多く連結した「こだま」が約10分おきにやってきますし、午前9時までに発車する「のぞみ」「ひかり」の普通車指定席であれば、指定券なしで乗車できるという特例もあり、通勤需要に応える形となっています。
——混雑を減らす取り組みは他にもありますか。
はい、JR東日本では、この春から首都圏の一部範囲でオフピーク定期券を開始しました。朝の混雑時は駅ごとに決められた時間内は通常運賃が徴収され、それ以外の時間であれば通常の定期券として使え、やや割引があるというものです。
オフピーク利用についてポイント付与などをしている事業者もあり、あの手この手で分散利用による混雑の緩和を図っています。
——究極の事例は、通勤しない「リモートワーク」ですよね。
おっしゃるとおりです。身も蓋もなくなってしまいますが、職住近接以外の方法で通勤の負担を減らす最適解はリモートワークという選択です。コロナ禍でリモートワークを経験し、日々の通勤による時間や体力的負担について疑問を感じる人もいらっしゃると思います。
コロナ禍を経てリモートワークが受け入られやすい社会に変化はしたと思いますが、まだまだ業種によりリモートワークに馴染むもの、馴染まないものがあります。とは言え、より多くの人がリモートワークを取り入れることになれば、通勤をする人にとっても、混雑緩和というメリットを受けることにつながりますね。
リモートワークが主体の会社に転職したという話もよく聞きますし、その影響からか地方移住という選択も増えてきた印象です。
身内の話で恐縮ですが、一例を挙げると、私の事務所は仕事に影響がなければ地方移住も許容するという立場で、スタッフの一人は、昨年、地方移住を決断して、朝に畑に出かけて農作業を終えてから自宅でリモート勤務に入り、昼休みはヤギの世話をするなど充実した生活を送っているようです。東京にあるオフィスへの出勤は月数回ですが、むしろ業務の効率が上がったことを実感しています。
折り返し乗車の話題からかなり広がってしまいましたが、ホームページや駅や列車内の案内などで、鉄道事業者のさまざまなサービスが紹介されていることがあります。注意をしてみると自分にあったものに出会えるかもしれません。
【取材協力弁護士】
甲本 晃啓(こうもと・あきひろ)弁護士
理系出身の弁護士・弁理士。東京大学大学院修了。丸の内に本部をおく「甲本・佐藤法律会計事務所」「伊藤・甲本国際商標特許事務所」の共同代表。専門は知的財産法で、著作権と特許・商標に明るい。鉄道に造詣が深く、関東の駅百選に選ばれた「根府川」駅近くに特許事務所の小田原オフィスを開設した。
事務所名:甲本・佐藤法律会計事務所
事務所URL:https://ksltp.com/