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上下関係を悪用して性行為に持ち込む…「エントラップメント型」の性暴力とは?

2023年04月13日 10:01  弁護士ドットコム

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演劇や映画界のハラスメント撲滅活動で知られた馬奈木厳太郎弁護士に、代理人という立場を悪用した性行為を強要されたなどとして、依頼人だった女性が慰謝料を求めて裁判を起こしている。


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訴状によると、女性は不愉快に思いながらも、20歳も年上で演劇界の権威でもある馬奈木弁護士に対して、強く拒絶できなかったと主張。女性の代理人弁護士は、提訴後の記者会見で、今回の行為について「暴行・脅迫がなくとも、上下関係や当事者の弱みにつけ込む形で性交を強要する、典型的なエントラップメント型のハラスメント」と指摘した。



「エントラップメント型」は、望まない性交が起こるプロセスの一種。精神的に・物理的に徐々に逃げ道をふさいでいき、明確な暴力がなくとも逃げられない状況に追い込み性交を強要するというものだ。語源は英語のentrapmentで、「罠にはめる」という意味がある。



被害当事者への調査研究で「エントラップメント型」の存在を明らかにし、提唱した上智大学総合人間科学部心理学科の齋藤梓准教授は「望まない性交が起こる最も典型的なプロセス」だと話す。詳しく話を聞いた。



●加害者は自分を権威づけて逃げ道をふさぐ

——「エントラップメント型」というプロセスは、どのようにして逃げられない状況に追い込むのでしょうか。



望まない性交はどのように発生するのか、被害当事者への質的調査をおこなったところ、突然襲われる「奇襲型」、「飲酒や薬物を伴う型」、「家庭内性暴力型」、そして、徐々に罠にはめていくような型があることがわかりました。その型を、被害当事者の方のアイデアから、「エントラップメント型」と名付けました



調査で最も多かったのが、「エントラップメント型」でした。加害者が見知った人でも見知らぬ人でも、普通の会話から始まり、その中で加害者は自分の価値を高めて権威づけていきます。そうして逃げ道をふさいだうえで、性的な話題にすり替え、性交を強要するというものです。





加害者と被害者には力関係の上下があります。元々、上司と部下という上下関係があったり、もとは知らない関係性でも、加害者が「自分は君の所属するコミュニティにも顔が利く」と言ったりして、被害者は「(加害者に)逆らってはいけない」と思うようになる。この上下関係を利用する形で、性交がおこなわれます。



●心理的にも逃げられない状況に追い込まれている

——「エントラップメント型」のプロセスは、上下関係を作った後に「性的な話題にすり替える」という流れになっています。これは、一体どういうことですか。



調査などでは、悩み相談をしていたら「性行為したことある?」と突然聞かれた、部活や学業の指導などでそれまで普通だったのに教員から突然性的な接触をされた、といったようなエピソードがありました。



被害者は、物理的に逃げられないかどうかに限らず、心理的にも逃げられない状況に追い込まれている中で、突然性的な話題が出されて、驚いてどうしていいかわからない。相手のほうが立場が上なので明確に抵抗できず、やんわり「やめてください」と抵抗しても、聞き入れられず、性行為を強行されることがあります。



被害者にとっては突然だけれども、加害者は「今がいい雰囲気なんじゃないか」「チャンスなんじゃないのか」と都合の良いように思っていることもあるかもしれません。



●されたことが性被害だと気づきにくい

——望まない性交のあと、被害者は自分の身に起きたことを、すぐに性被害だと認識できるのでしょうか。



すぐに警察などに相談する人もいますが、相談できる人のほうが少ないです。事前に人間関係があるときは、されたことが性被害だと気づきにくいと思います。



被害後も加害者のいる職場などのコミュニティで生活をしていかなければならないとなると、されたことを性暴力と認識すれば、キャリアを、人生を捨てなければいけなくなります。だから、性暴力だと思うことが難しいのです。



被害者の中には、「何かの間違いだったんじゃないか」「自分に隙があったんじゃないか」「自分が悪い」と思う人もいます。「大したことない」「こんなのなんでもない、よくあることだ」と思おうとする人もいます。ただ、そう思っていることと心身の反応は別で、翌日がんばって出社したら、会社に行くだけで気持ち悪くて仕方がなかった、というエピソードもありました。



また、加害者が被害者に「これは指導だ」「君のためにしたこと」「恋愛だ」「ちょっと好きだった」などと言うこともあります。



生きていくために、こうした加害者の正当化を一時的に受容せざるをえない人もいれば、受容していなくても関係性を続けざるを得ない人もいます。そのため、自分の身に起きたことを性被害だったと認識するのにすごく時間がかかることもあります。しかしこれは、心身に深刻な影響を及ぼす性暴力です。被害だと認識できなかったとしても、被害者が悪いわけではありません。



たとえば、厳しい部活動やパワハラでも、加害者に「愛情だ」「一人前になるために必要だ」と飲み込まされて、ハラスメントを受け続けることが起きていますよね。構図としては似ていると思います。



●自分の持つパワーに自覚的でないといけない

———なぜ、こうした上下関係のある中で性暴力が起きやすいのでしょうか。



性暴力に限らず、あらゆるハラスメントは、権力構造の明確なところで起きやすいです。また、関係が上の人が下の人をモノ化しやすいということも、よく言われています。



上の立場の人が自分の権力の強さに気づかず、相手が断れない状況にいることに無自覚な場合があります。また、相手が断れないことをわかってやっている人もいます。



たとえば、成績評価が存在するために、学生は教員に逆らいづらいですし、機嫌を損ねてはいけないと思い、教員に合わせようとすることがあります。教員は、自分の持つパワーに自覚的でないといけない。自分が上の立場にいるから合わせてくれているのであって、それは人間としての好意とは違うかもしれません。



エントラップメント型の性暴力は、被害者が被害を認識しづらく、認識しても周りに相談しにくい暴力です。周りが敏感に気づいて、止めることが必要だと思います。また例えば、上司と部下などの上下関係がある中では、指導は外から見えるところでおこなうとか、誰がどこの部屋で指導しているかわかるように部屋使用リストを作るとか、暴力が発生しにくい環境を作るために、周りができる工夫もたくさんあると思います。



【プロフィール】
齋藤梓(さいとう・あずさ)。上智大学総合人間科学部心理学科准教授。臨床心理士、公認心理師、博士(心理学)。共著に「性暴力被害の実際―被害はどのように起き、どう回復するのか」(金剛出版)。