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『ゲームの歴史』販売中止へ 膨大な資料集めと見識を要する「通史」執筆の難しさ

2023年04月07日 15:41  リアルサウンド

リアルサウンド

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■『ゲームの歴史』ついに販売中止に


 2022年11月に出版された『ゲームの歴史』(岩崎夏海、稲田豊史/著・講談社/刊)が販売中止になることが4月7日にわかった。Amazon上では、中古本がプレミア化し、新品は事実上購入できない状況が続いていたが、回収、しかも改訂版の制作などは行わないという悲しい結果になってしまった。


 『ゲームの歴史』はゲームにそれほど詳しくない人でも突っ込みができるほど初歩的な間違いが多く、発売直後からネット上でゲーム愛好家や岩崎啓眞ら業界人から指摘が相次ぐ事態となった。本書を改訂するとなれば、事実上すべて白紙に戻して書き直すレベルの修正が必要とみる識者もいた。


 今回の事態で、歴史書、特に通史を執筆する難しさが浮き彫りになったといえる。通史はその分野を俯瞰的に見るためには必要な本である。特に専門性を謳う研究者やライター、文筆業にとっても通史を出すのは一種の夢といえるが、一朝一夕でできるほど簡単な仕事ではない。


通史執筆には資料集めとインタビューが必須


 立花隆が著した日本共産党の通史『日本共産党の研究』は傑作であるが、膨大な資料をかき集め、編集部内にチームを結成して執筆にあたった。また、寄せられた膨大な批判にも徹底的に言論で対抗し、そうしたやりとりも『日本共産党の研究』の中にまとめられている。


 ゲームの通史を書くとなれば、それこそ一政党の歴史よりもはるかに広範囲を扱うことになる。膨大な資料を集め、相当な手間をかけなければ書けないテーマだが、果たしてそれが行われていたのかどうか、疑問を抱かざるを得ない。


 本来であれば、インタビューも膨大な数を行わなければならないだろう。丹下健三の評伝をはじめとする日本の近代建築の通史を執筆した建築史家・藤森照信はインタビューの名手であり、数々の建築家本人や遺族のもとを訪ね、極めて貴重な証言をとっては書籍にまとめてきた。藤森はそうした経験から、関係者が存命なうちに話を聞いておくことの重要性をたびたび説いている。


 しかし、『ゲームの歴史』では、思い込みによる記述と、独自研究が散見される本になり今回の発売中止を招いてしまったといえるであろう。さすがにこれでは批判は免れないであろう。


■ゲームの通史は誰かが書かなければいけない本だ


 『ゲームの歴史』という企画自体は素晴らしいだけに、絶版本、回収本の“歴史”に名を残してしまったことが残念でならない。


 インベーダーゲームやファミコンが発売されてから、何十年という時間が過ぎ去っている。ゲーム業界には既に60歳を超えたクリエイターが多く、人気のあるクリエイターほど多忙だった時期の記憶が薄れていることが少なくない。ゲームの正確な歴史を後世に伝えるためには今がラストチャンスであり、『ゲームの歴史』は編集チームを結成してでも作成する価値のある本である。


 できれば早急に、誰かがゼロベースで『ゲームの歴史』を執筆して世に出すべきではないか。現在の騒動を忘れた20年後、50年後の人が、本書を参考に論文などを書いてしまう恐れがあるためだ。『ゲームの歴史』の内容をもとにした歴史が、100年後、200年後に定説化してしまったら、どうなるだろうか。


 通史は、後世の研究者に参考にされることが多い。それほど重い仕事なのである。本書の後、誰もゲームの通史を執筆しないままになることが一番危険であろう。


 日本のゲームは世界に誇る文化である。これほど広がりを持った文化を後世に伝えることが絶対に必要であることは、論を俟たない。繰り返すようだが、ゲーム業界のキーパーソンの多くが存命である今こそ、丹念な資料集めとインタビューを行ったうえで記録を残すべきだ。記者はゲームに関してはニワカなので難しいが、ゲームを愛し、精通するライターや研究者が今こそチャレンジしてほしい。後世の人々から感謝される、歴史に残る本になるのは間違いない。


文=山内貴範